飛空挺を手に入れて間もない頃。
俺は船内の自室にて装備の点検をしていた。
ふと、その手を止めて考える。
俺がファリスを初めて好いたと自覚したのはいつのことだっただろうか? と───。
ファリスと最初に逢ったのは、タイクーン領内の北西部にあった海賊のアジトでのことだ。
俺とレナとガラフの3人は風の神殿に行くために船が必要で、それをこっそり拝借しようという作戦に出たのだが、見事に失敗してしまう。
「何をしてるっ!!」
俺はヤバい、と思った。
見つかってしまったからには逃げるなんて絶対に不可能だった。
そんな時───。
目の前に現れた、1人の青年。まるで女であるかのように美しい紫の長い髪が、俺の脳裏に焼き付いてはなれなかった。
俺は剣を抜いて応戦する間もなく、無抵抗のまま捕らえられた。
ファリスが仲間に加わった後も俺はあいつにどんどん惹かれていった。あいつは男だというのにも関わらずに、だ。
「いや・・・何でも・・・頭がおかしくなっちまったかな?」
俺は慌ててレナとガラフに弁解した。ファリスの部屋を覗いたところ彼は寝ている最中で、しかも寝顔が妙に艶っぽかった。
「綺麗じゃ・・・ドキドキするぞい!」
ガラフも俺と同様の感想を持った。それだけファリスは人を惹き付ける力を持っていた。外見は勿論、内面的な要素についても、だ。
さすがの俺も驚いたのが、船の墓場でのことだ。
「ファリスが女だったとはな」
「何だ、悪かったな。女で」
さっさと寝るぞ! と言って真っ先に寝てしまったファリスだが、やはり同様は隠せなかったらしい。レナとガラフが寝静まった後、こっそり俺に声をかけてきた。
「いや、俺は・・・ファリスが女でよかったと思ってる」
「はぁ・・・!? 何言ってんだお前??」
これで俺はファリスのことを堂々と好きになれる、と思った。男に恋をするなんて趣味ないしな。
「何でもない。男だろうと、女だろうとファリスはファリスだからあまり気にするなってことさ」
「・・・・・・サンキュ」
男ばかりのむさ苦しい中にずっといたファリスの心情はかなり辛いものだったのだろう。いつからか時折、俺はあいつの強さの中に孤独の香りがするのを感じていた。かつての俺と、同じように・・・。
ファリスのことを護ってやりたいと思ったのはこの頃からだった。あいつに俺と同じ孤独を味わせたくなかった。
だが、それでもさらに悲劇は起こった。
それは唯一無二の親友───シルドラの死だった。
俺は無理をして水平線の彼方を眺め続けているファリスの冷えきった心を少しでも温めてやりたかった。
「ずっと我慢してたんだろ、だったら───」
「我慢なんかしてないっ!!」
強情なあいつはそうピシャリと言ってのけた。だけど、俺は知っていた。ファリスの固く握った拳が、戦慄いて(わなないて)いるのを・・・。
「意地を張るなよ、泣きたい時には泣け。お前は泣くことを格好悪いと思ってるのかもしれないけどな、泣いた分だけ人は強くなれる・・・。それに、シルドラもそんな無理をしているファリスを見たいと思うか?」
ファリスは無言だった。ただ、目の端に今にも零れ落ちそうな涙を溜めて俺の方を向いた。
「・・・泣くことは、弱味を・・・見せることだ」
やっとのことで、ファリスは口を開いた。
海賊の頭として生きてきたファリスにとっては泣くという行為が自身のプライドが許さなかったのだろう。
「なら、この旅の間だけでもいい。この旅の間だけは『海賊の頭』じゃなくてただのファリスになれ。俺達は仲間だ。だから、弱味を見せることは決して悪いことなんかじゃない」
俺はついに我慢できなくなってファリスを自分の元へと引き寄せる。ファリスは一瞬、びくっと身体を震わせたが特に何もせず、為すがままにされていた。普段の彼女なら間違いなく怒っただろう。
「俺はシルドラの代わりにはなれない。だけど、ファリスの辛さを軽くしてやることはできる。だから、苦しくなったら何でも相談に来いよ」
その言葉が引き金となったのか、ファリスは俺の胸に顔を埋めると静かに涙を零した。
それは俺が完全にファリスに恋をした瞬間だった───。
(ファリスは俺がこんなこと思ってるなんてこれっぽっちも気づいてないだろうな)
ファリスは海賊達の中で小さい頃から育ったために、その手のことにはとても疎かった。
俺は暫くボーッとしていたが、親父の形見のマントを取って羽織ろうとした時───。
「バッツ、そろそろ行くぞ!」
威勢のいい、ファリスの声がドア越しに聞こえた。
「ああ、今行く」
まだまだ旅は終わらない。だから、じっくりとファリスを好きになっていこう。
俺は壁に立て掛けてあった珊瑚の剣を手に取り、自分の部屋を後にした───。
Fall in love