子供が誘拐されるという事件が頻発した。偶然かもしれないが、なぜか連れ去られた子供たちはみんな黄色い帽子を被っていた。二つの理由からこの誘拐事件は身代金目当てや営利誘拐ではないことが判っていた。一つは、しばらくすると必ず無事に戻ってきたということ。もう一つ理由は犯人が巨大な鳥であったということだ。

 

姿は鷲に似ている。判っているのはそれだけで、どこに巣があるのか。何を食べているのか。他にも仲間がいるのかなどは一切判っていなかった。特にサイズは桁違いだった。目撃者によると、翼を広げたときのサイズは10mあったとも20mあったも言う。学者達の間では太古の生き残りではないかという説まで持ち上がっていた。

 

しかし、なぜ子供たちがねらわれるのか。最初有力だったのは獲物としてさらって行くというものだったが、無事に帰ってくることによりその説も無くなった。その答えは未だ謎のままだった。

 

冒険クラブのメンバーは今日も集まっていた。もちろん話題は今世間を騒がせている巨大な鳥のことだった。メグロ君が言った「なあ、俺達であの鳥を退治しないか?」「ええ!いったいどうやって?」とムタ君。「それを今から考えるのさ。」とマナタ君。「何か良い方法ないかな?」。モモタ君が言うと「気球なんてのはどうかな」ミノル君が言った「それ、いいかも!」。早速気球を飛ばしてあの鳥の巣を探すことにした。

 

材料はいつものようにムタ君がどこからか集めてきた。設計図は発明の天才ミノル君が作り、それにしたがってみんなで作業していく。そして出来上がった。いつもの広場で気球を膨らまし、巨大な鳥探しの冒険に出発した。

 

五人の乗った気球はどんどん上昇していった。しばらくはおだやかに上昇していったが、やがてものすごい速さの気流にぶつかってしまった。風の波に揺さぶられて乗っているカゴが大きく揺れる。マナタ君が叫んだ「あぶない!みんな何かにつかまれぇぇぇぇぇ!」

 

激しくゆれたのは多分20分位かもしれない。しかし気球は元居た場所より遥か遠くまで運ばれてしまった。マナタ君が言った「みんな大丈夫か?」モモタ君が言った「ここはいったいどこかなぁ?」ムタ君はカゴのふちから下を見下ろし、時間と太陽の位置を計算しながら言った「たぶんあの山は月影山だ!」ムタ君は地図が大好きでほとんどの場所を記憶しているのだ。

 

みんなが一斉にふちから除くとそこにはごつごつとした岩場の目立つ険しい山並みだった。ムタ君が言った「ここは山が険しすぎて道がほとんどないんだ。ここに来るのは登山家くらいだよ」メグロ君が言った「あの鳥はこういう人気の無いところに居るんじゃないか」「探してみよう」マナタ君が言った。

 

気球で山の周りを回ってみた。裏まで回ったところでかすかになにかの声が聞こえてきた。もっと近づいていってみると、どうやら子供たちの声のようだ。みんなはどこから聞こえてくるのか一生懸命に耳を澄ました。「どこだ、どこだ」「あっ、あそこだ!」岩肌にぽっかりと開いた洞窟のようなところから子供たちが顔を出して叫んでいる。

 

「よし行こう」その洞窟に向かって降りて行った。もう少しと言うところまで近づいたとき、「ブアサッ、ブアサッ」という音が聞こえてきた。音のする方を見ると、あの巨大な鳥がこちらに向かって猛スピードで飛んでくるのが見えた。「うわぁ、鳥が来たあぁぁぁ」巨大な鳥はあっという間に側まで来ると気球の周りをぐるぐる回り出した。

 

どうやら気球が珍しいらしくどうしたらいいのかも判らないようだ。しばらく遠巻きに見ていたがだんだんと近づいてきた。そしてなんということか気球を鋭い爪のついた脚で一蹴りした。プシューッ!そのせいで大きな穴があいてしまった。気球はだんだん下がり始めた。「このままじゃ墜落するぞー!」冒険クラブのみんなが慌てているのを覗き込むかのように鳥が近づいてきた。

 

ちょうどかごと同じくらいの高さで通り過ぎようとした鳥にムタ君がいきなり飛び移った。「えい!」飛び乗られた鳥は驚いたように羽をばたつかせた。そして一旦離れたがふらふらとまた戻ってきた。どうもムタ君がこちらへ来るように仕向けているらしい。近くまで来たときにマナタ君が言った「僕たちも飛び移るぞ!」「えいっ!」「とぉーっ!」掛け声と共にみんなは飛び移った。

 

そして所かまわずしがみついた。目の端に力尽きたように落ちて行く気球が見えたがそんな事気にしている余裕はなかった。みんなにしがみつかれた鳥も大きいとは言え、さすがに飛びつづけることが出来ずだんだんと落ちて行った。

 

「うわあ、こっちも落ちちゃう!」誰かが叫んだ。鳥とみんなはまっさかさまに落ちて行った。地面が急速に近づいてくる。そのとき大きい声が言った「おい、そこの翼にしがみついてるお前、もっと真ん中に移動しろ、そこじゃ落ちてしまうぞ。」

 

翼にしがみついていたメグロ君はびっくりしながらも首のほうへと移動した。その間もどんどん地面が近づいてくる。やっと移動し終えたとき地面はもう目の前だ。ぶつかる。そう思ったとき巨大な鳥が信じられないほどの力強さではばたいた。

 

マナタ君が気がつくとみんな地面に倒れていた。巨大な鳥が最後にはばたいた時の急激なショックで気絶してしまったようだ。他の仲間達も順々に気がつき始めた。そうだ鳥は?周りを見回してみると、居た!鳥はすぐそばで巨大な身体の上からみんなを見下ろしていた。

 

みんなもそれに気がつき、怖くなって一塊に寄り添った。しかし、巨大な鳥は何をするでも無くじっと見ているだけだった。もしかしてみんな食べられちゃうんじゃないか?そんなことをこそこそ話しているとき、そこでふとメグロ君がさっきの声のことを思い出した。

 

「さっき誰か俺に翼から動けって言ったか?」「僕も聞いたよ」「俺も聞いた」でも誰も言った者はいなかった。「もしかして・・・」巨大な鳥のほうを見る。すると巨大な鳥が「ああ、俺が言ったんだ」と言った。「えっ、言葉が話せるの?」モモタ君が言うと「話せる」と答えた。

 

マナタ君が「もしかして僕たちがしがみついて落ちたんじゃ無くて、そのまま羽ばたいたらメグロ君を落としちゃうからわざと羽ばたかなかったんじゃ?」「・・・」「やっぱりそうだったんだ」「優しいんだね」モモタ君が言うと、巨大な鳥はバツが悪そうにそっぽを向いた。

 

みんなはその様子を見て、もう怖くなくなっていた。そうなると聞きたいことがたくさん出てきた。「何を食べたらそんなに大きくなるの?」「外国とかにも行けるの?」「好きな色は何?」色々な質問攻めにあった強大な鳥はいきなり大声で「うるさい!」と怒鳴った。

 

それを聞いてみんなはびっくりしてまた寄りそった。でもどうしても聞きたいことがあったのでマナタ君は恐る恐る聞いた「なんで子供をさらったりしたの?」そして巨大な鳥をじっと見つめた。すると巨大な鳥は恥ずかしそうな小さな声でボソッと言った「…友達が欲しかった」

 

それを聞いたマナタ君は「でもいくら友達が欲しくたって無理矢理連れてきて友達になんかなれるわけ無いよ。」「そうかもしれないな・・・長い間俺はずっと一人だった。初めは同じ鳥達と話そうとした。しかし、この大きな体を見るとみんな逃げて行った。他の動物達もそうだった。

 

なのでもうずっと一人でいることを覚悟し始めていたある日のことだ。俺は目も良いし、耳も良く聞こえる。空を飛んでいても地上のことが判るんだ。そして聞いた。俺が飛んでいる姿を見ていた小さな子供が、“わあ、大きな鳥が飛んでる。あの鳥の背中に乗って空を飛びたいなぁ”と言ったのを。

 

俺は嬉しかった。その子供を俺の背中に乗せてやろうと思った。しかし、人間は危険だ。近づいてはならない。これは今は亡き兄の口癖だった。俺はそのまま飛び去った。だがその子のかぶっていた帽子は覚えていた。黄色い帽子だった。

 

俺は、何日も迷った。あの子を背中に乗せてやりたい。しかし、人間には近づいてはならない。迷っていたが決めた。俺はあの子供を背中に乗せてやることに。」「だから黄色い帽子の子ばかりをさらってたんだね・・」ミノル君がつぶやいた。

 

鳥はまた話し始めた。「探し始めてみると黄色い帽子をかぶった子供はたくさん居すぎてどの子供がこの間の子か判らなくなってしまった。そこで俺は一人づつ連れて空を飛んでみようと思った。

 

しかし周りにはたくさんの大人が居た。俺は大人がテッポウというもので鳥を撃つのを何度も見ている。だから撃たれない様に急降下で子供をつかんで舞い上がることにした。だがそうやって、空を飛ばせてやった子供たちは皆泣くばかりであまり楽しそうじゃなかった。

 

連れてきた子供は皆この間の子供ではなかったのだろう。しかし、落ち着けば俺のことを好きになってくれるかもしれないと自分の巣まで連れてきた。果物もたくさん用意してやった。しかし怖がるばかりで俺に近づこうとはしなかった。

 

仕方なくその子供は元の場所にもどしてやり、また別の子供を連れてきた。だが、次の子もまたその次の子も同じだった。そして今はもう判っている。あの時の子供の言葉はただの気まぐれだったのだと…本当は俺の背に乗りたい子供なんていなかったのだと・・・な。」

 

みんなはいつの間にか巨大な鳥を囲んで話を聞いていた。メグロ君が言った「鳥さんは友達が欲しかったのか?」「僕、君のこと恐くないよ!」モモタ君が言った。「僕も恐くないなあ。」ミノル君も言った。

 

それを聞いて巨大な鳥は「嘘を言うな、この大きな鍵爪を見ても、この鋭いくちばしを見ても恐くないと言うのか。」そんな言葉にも怖がらず「ねえ、僕らと友達になろうよ。」モモタ君が言った。

 

巨大な鳥は信じられないと言うような目をしてみんなを見回し、どの顔にも恐怖がまるでないことを知ると、ポツリと言った「…本当なのか?」「本当さ!なあみんな?」マナタ君が言うとみんなは大きく頷いた。

 

「おおっ!こんな子供たちが居るとは!」鳥は体を震わせて言った。マナタ君は「だからもう子供たちを無理やり連れてきちゃダメだよ!」「・・・判ったもうしない」「わ〜っ!」子供たちは歓声を上げた。

 

 

「ところで君、名前はなんていうの?」ミノル君が言った。少し考えて巨大な鳥は答えた「…名前は…無い…」「そうか無いんだ?」メグロ君が言った。「じゃあ僕らがつけてあげるよ」モモタ君が言った。

 

「どういうのが良いかなあ」ムタ君が言った。「そうだ、“そらどん”っていうのはどう?」マナタ君が言うと「カッコ良いじゃん!」「それがいいよ!君はどう思う?」鳥は言った「……良い名前だ」「良し、決まり!」

 

「おまえ達のような子供に出会えると思ってもいなかった。」そらどんが言った。「そうだ、おまえ達にこれをやろう。」そういうとそらどんはくちばしで羽を一本づつ引き抜いてみんなに渡した。

 

「そいつは笛だ。俺に用があるときにはそれを吹いてくれ。どこにいても必ず駆けつけよう。」メグロ君が試しに吹いてみると「ピーッ」と澄んだ美しい音がした。「うわあ、きれいな音だなあ」マナタ君が言った。「ありがとう、そらどん!」みんなは礼を言った。

 

そのあと連れてこられた子供たちはみんな家に帰してもらった。気球が壊れてしまったみんなもそらどんの背中に乗せてもらい家まで帰ることになった。「大丈夫なの?また落ちちゃうんじゃない?」モモタ君が心配そうに言うと「大丈夫、大人しくしていれば落ちることはない」そらどんは力強く言った。

 

そして冒険クラブに新しい仲間が増えた。