様々な方面から集められた情報は、複雑に絡み合い、一見何の意味も持たないように見えた。しかし辛抱強く一つ、また一つと解きほぐしていくと、それはすべて一つの場所を指し示していた。間違いない、この雪深い森の中に必ずサンタは居る!

 

 疲れきった表情で5人は歩いていた。聞こえるのは5人が踏みしめる雪の音だけだ。はじめのうちは快晴だった空が、いつのまにか曇り空に変わったかと思ったのも束の間、やがて吹雪になった。すぐ目の前を歩く仲間の背中すら見えにくいほど激しく降る雪。しかし立ち止まることは出来なかった。

 

本来であれば早々にテントを張り、その中で吹雪やり過ごすべきだが、出来ない理由があった。森に入って5日ほど歩いたところに開けた場所を見つけた。そこは湖だった。でも今の時期は湖面凍りただ平らに開けた風景だけが広がっていた。

 

一行はそこをベースキャンプとしてその周りで調査を行うことにした。収穫らしきものもないまま、あっという間に1週間が過ぎた。「情報ではこの辺りのはずなんだけど・・・」「まだ時間はある、あきらめないで探そう。」励ましあいながら探索は続いた。

 

そして事件は2日前に起こった。朝早くから二手に分かれて調査し、昼過ぎにキャンプに戻ってくると信じられない光景が待っていた。

 

キャンプは荒らされ、テント、食料その他一切合財が持ち去られていた。みんなで手分けして周囲を調査してみると、キャンプしていた場所からそんなに遠くないところで、ズタズタに引き裂かれたテントや寝袋、そして食い荒らされた食料の残骸が見つかった。そしてその周りには大きな足跡。

 

「熊だ・・」ミノルがつぶやいた。「この時期は冬眠しているんじゃないのか?」とマナタ。「ここのところ暖かかったのと、毎日煮炊きしていたからその匂いで起きだしてきたのかもしれない。」一行は全てを失ってしまったのだ。しかもまた襲ってこないとは言い切れなかった。ここに居ては危ない。残骸の中からわずかばかりの燃料や食料を携え、一向は出発した。残った物資だけでは引き返すことも出来ない。候補地はもう一つだけあった。進むしかなかった。

 

わずかに残った食料も今朝無くなった。最後の食事は一人当たりビスケット2枚だった。燃料はその前の晩に尽き、身体を温めるものは今来ている服だけだった。

 

5人はただひたすら歩き続けるしかなかった。立ち止まれば体温を奪われやがて死が訪れる。だが限界はもうすぐ目の前まで来ていた。ミノルが昼を過ぎた辺りから右足を引きずるように歩き出した。何度か何かにつまづいて倒れたが、そのたびに立ち上がって歩き続けた。

 

しかしとうとうみんなのペースについてこられなくなった。肩で息をしながら歩くミノルに「大丈夫か?」マナタが声をかけると「全然平気だよ」と無理に強がって答えてはみたものの、それからまもなくまた倒れ、今度は起き上がれなくなった。その先はマナタとメグロが無言でミノルの両脇を支え進んだ。

 

一番きついとされる先頭は、地理と方向性に抜群のセンスを持つと自他共認めるムタが常に務めていたが、急に立ち止まったかと思うと、まるで棒切れか何かのようにいきなり倒れた。ムタを立たせようとかがんだメグロもそのまま立てなくなり、ミノルを支えきれなくなったマナタも同じく倒れた。すぐ後ろを歩いていたはずのモモタは既に居なくなっていた。

 

大声を出して呼ぼうと口を開けた。しかし声が出てこなかった。ふと、周りに倒れている仲間たちを見回した。雪に半分埋もれ、誰が誰なのかよく判らなかった。そこに自分も倒れた。

 

不思議なことに寒さは気にならなかった。ただどうしようもなく眠かった。“なんだか気持ちがいいな・・みんな一緒だし、このまま眠ってしまうのも悪くないな・・”まぶたを閉じ、眠りにつこうとしたその時、なんだか鈴の音を聞いたような気がした。そして何も判らなくなった。

 

マナタは気がつくとベッドの上だった。暖かい布団にくるまり眠っていたようだ。「いったいここは・・・?」まわりを見回すと仲間たちも全員いた。みんなぐっすり眠っているのが寝息で分かる。あらためて部屋の中の様子を見てみると、どうやら山小屋のようだ。部屋の隅では大きめの暖炉に火が赤々と燃えている。誰かに助けられたようだ。

 

そのときドアが開き、一人のおばあさんが部屋に入ってきた。「あら、気がついたの」と優しい声でたずねた。「あの、ここはいったい…」マナタはまだ口がこわばっていてうまく話せない。「私の家よ」全部言い終わらない内に老婆は答えた。「おばあさんが助けてくれたんですか?」「いいえ。うちのおじいさんがあなたたちを見つけて連れてきたのよ。

 

そうそう、お友達はみんなそろってる?」まなたはみんなの方を振り返り、全員を確認して「はい、みんな居ます」「おじいさんが言ってたわ。初めあなたたちを見つけたとき4人だったらしいの。そしてその4人をそりに乗せて帰ろうとしたら、急にあなたが目を覚まして、まだ1人いるから探してくれって言ったそうよ、そしてそれだけ言うとまた気を失っちゃたんですって。それは大変と探してみるとちょっと離れたところあなたが言った通り1人が倒れていたそうよ。」マナタにはまるで記憶に無かった。

 

「お腹空いてるでしょう?いま熱いスープを持ってきてあげるわね」大き目のボウルに入れてもらったスープを少しづつ冷ましながら飲んでいると、その良い香りに誘われたのか他の四人も目を覚ましだした。「あれ、ここはどこだ?」「何してたんだっけ?」「あ、マナタ君何食べてるの?僕もお腹空いたなぁ!」急ににぎやかになってきた。おばあさんはそんなみんなのために大急ぎで人数分のスープを用意し、配ったスープをみんなが美味しそうに飲む姿を目を細めながら見ていた。

 

スープを飲み終え、やっと人心地ついたとき、部屋に一人のおじいさんが入ってきた。年齢はおばあさんと同じくらいかもう少し上のように見える。「おお、気がついたかね?」入ってきた老人を見るとみんなの動きが止まった。

 

でっぷりと太ったお腹、優しげな目、そして顔中を覆う白いひげ。しかし赤い服でなく、紺色の上下のジャージを着ている。しかしもはや見間違え様は無かった。マナタは聞いた「もしかしてサンタクロース??」すると老人は「ん?そうじゃよ」こともなげに答えた。「でも、赤い服を着てない!」ミノルが言うと「ああ、あれな。仕事用じゃ。普段はいつもこれじゃよ。」少しジャージの裾を引っ張りながらサンタは言った。

 

想像していたのとかなりギャップがあったが、すぐに実感が伴ってきて「うわぁ、本物のサンタだ」「やっと会えたぞ!!」みんなは歓喜の声を上げた。「ぼくたちあなたを探してここまで来たんです」とマナタは言った。「ふむ、それで、あんな所に倒れていたというわけじゃな。」「サンタさん、助けてくれて本当にありがとうございました!」口々に礼を言った。

 

ふと気がつくと、一番会いたがっていたはずのムタが仏頂面をしていた。そしていきなり「本当に本物?なにか証拠はあるの?」「おまえ、そんなこと言ったら失礼だぞ!」メグロが言った。「でも知りたいんだ!本当なのかどうか!」「もう、やめなよ。」モモタがサンタとムタの両方の顔をおろおろと見ながら言う。

 

「いいんじゃよ、いきなりサンタですと言われてもムタ君が信じられないのは当たり前じゃ」笑いながら老人は言った。それを聞いてムタはびっくりしながら聞いた「何で僕の名前を知っているの?」「わしは世界中の子供の名前を知っとるよ。それが仕事じゃからな。」といいながらウィンクした。びっくり顔がみるみる笑顔に変わった。ムタもやっと本物だと納得したのだ。「疑ったりしてごめんなさい。本当のサンタさんなんですね。」ムタは素直に謝った。

 

「そうだ、助けてくれたお礼に何か手伝わせてください。」マナタが言うと、「ホッホッホッ、そんなこと気にせんでいいよ。それより折角こんなところまで来たんじゃ、おもちゃ工場でも見るかな?」「はい、是非!!」みんなは喜びの声をあげた。

 

案内されたのは2階の小さな工場だった。壁際には天井まで届く棚があり、そこには出来上がったばかりのおもちゃがおいてある。しかし、なにか変だ。数が少なすぎる。モモタが「他のおもちゃはどこにあるの?」と聞くと、「これで全部じゃよ」サンタは答えた。

 

「えっ、だって世界中の子供に配るんでしょ?」メグロが言うと、「今年はこれで全部なんじゃよ」サンタは少し肩をすくめ、寂し気に言った。「なにか理由がありそうですね?」マナタが言うと

 

「長年の相棒であるトナカイ達もわしと一緒でもう歳でなぁ、最近は足腰がめっきり弱ってしまって、一晩で世界中を周るなんてことはもう無理なんじゃよ。」「だったらもっと若いトナカイを探せば良いじゃないですか。」とミノルが言うと、「空を駆けることの出来るトナカイを探すのは簡単じゃが、一晩で世界中を周れるようなヤツともなるとなかなかいないんじゃよ。

 

知らないかもしれんが、そんなことが出来るのは飛ぶことの出来るトナカイの中でもエリート中のエリートだけじゃ。そいつを見つけるには世界中を探さなくちゃならん。しかし、わしもこの通りの年寄りじゃ、世界中を探し回るような元気がなくてな・・・。」

 

「それじゃ、プレゼントを待っている子供達はどうなるんです?」ミノル言うと、「可哀想じゃがもう全員には渡せん。ここにあるのは世界中でもっとも貧しい子供たちの分だけじゃ」それを聞いたみんなは初めてサンタの苦労が分かった。「あとは好きに見ておくれ、わしは疲れたんで早めに休むよ。」そういうとサンタは下へと階段を降りていった。

 

「このままじゃサンタさんも世界中の子供たちも可哀相だよ」ムタが言うと、みんなもうなずき、何か良い方法が無いかと相談した。激しく言い合ったり、首をひねって黙りこくったりしながらそれは明け方まで続いた。

 

翌朝、サンタに会うとマナタが言った「おもちゃはいまでもたくさん作れるんですよね?」「全部となると今からじゃちょっときついかもしれんがまぁなんとかなるじゃろ」「サンタさん僕たちにも手伝わせてください!」ムタが言った。

 

サンタは驚いた顔で、「昨日も言ったが作ったところで配ることなんて出来ないんじゃよ?」「それは僕らが何とかしますから、サンタさんはおもちゃ作りを急いでお願いします。」「あ、僕たちもおもちゃ作り手伝います」モモタとムタはおもちゃ作りを手伝うことになった。残りの3人、マナタ、ミノル、メグロはトナカイの居る納屋に入って行って何かを作っているようだったが、サンタにはなにを作っているのかまるで見当がつかなかった。モモタやムタに聞いても「良いから、良いから。僕らはおもちゃをいっぱい作りましょう」というばかりだった。

 

久しぶりのおもちゃ作りは楽しかった。サンタはいつの間にか世界中の子供たちの顔を思い浮かべながらおもちゃ作りに集中していた。途中食事を運んできたおばあさんは、そんなサンタを嬉しそうに見ていた。

 

そして今日はいよいよクリスマスイブ。おもちゃ作りはなんとか仕上がった。丁度そのとき、トナカイ小屋でなにやら作業していた3人が部屋に入ってきた。部屋中にあふれているおもちゃを見て、「おぉ、こっちも出来ているみたいだな」メグロが言う。それを聞いて、「そっちの方はどうなんだい?」ムタが言うとミノルが親指を立てて、「バッチリ!」と言った。

 

訳が分からない顔をしているサンタにマナタが言った。「サンタさん、いつもプレゼントをありがとう。今日は少しまだ時間が早いけど僕たちからプレゼントをさせてください。」サンタはみんなに手を引かれるままに納屋まで行った。

 

するとそこにはソリがあった。しかし、普通のソリと違うのは車体の下になにやら円筒形の大きな筒が4本ついている。驚いたことにそれはジェットエンジン付きのソリだった。もちろんソリの前には二頭の等身大トナカイのオブジェがついており、車体には小さな鈴もたくさんついている。

 

「いったいこれは?」サンタは驚いた顔をして聞いた。「これだったら今まで通り世界中の子供たちにプレゼントを配ることが出来ますよ」ミノル達は納屋にこもってこれを作っていたのだ。

 

初めはトナカイのロボットを作りそれにソリを曳かせるつもりだったが、計算してみるとあまりの出力にソリが持たないことが分かり、急遽ソリ自体を改造することにしたのだ。

 

サンタは「すばらしい!なんとお礼を言ったら良いんじゃ?ありがとう、本当にありがとう。これでまた世界中の子供たちにプレゼントを配れる。」サンタは何度も何度も礼を言い、涙で汚れた顔を袖でごしごしと拭いた。

 

そしてソリの御者台に近づいて行き、ソリをじっと見つめていた。みんなも役に立てたことが嬉しくて、いつまでもソリを見ているサンタの後姿を見守っていた。

 

するとくるりとサンタが振り向き「わし、車はオートマしか運転できんのじゃが・・・」と少し困った顔で言った。そう、ソリには今までのような手綱はなく、代わりに車のハンドルが着いていた。それを見てサンタは急に不安になってしまったのだ。

 

するとミノルがすかさず「安心してください、もちろんオートマです!」と言った。それを聞いたサンタはホッとした顔でまたみんなに礼を言った。

 

プレゼントを全部ソリに乗せ終わり、暗くなる前にみんなは帰ることにした。サンタとおばあさんが新しいテントや食料を用意してくれたので、もう吹雪でも遭難することはない。おばあさんに礼を言い、サンタにもお礼を言おうとしたのだが、トナカイの納屋でなにやら探しものがあるらしく、しばらく待っていたが、忙しそうにしていて出てこない。仕方なく出発しようとしたとき、やっと納屋からサンタが出てきてみんなを呼び止めた。

 

息を切らしてみんなのところに走ってくると「待たせてすまんかったな。君らのおかげで、今年も子供たちにプレゼントを贈れるようになった。本当にありがとう。そこでじゃ、これはわしから君らへのプレゼントじゃ、どうか受け取っておくれ。」

 

手には5個のバッジが乗っていた。「これは?」マナタが聞くと、「少し汚れてはいるが、これはサンタクロース見習いを証明するバッジじゃ。」「サンタクロース見習い?」声をそろえて聞き返すと「そうじゃ、見習いじゃ。君らをいまからサンタクロース見習いに任命する!」

 

「おおぉぉ」みんなはいきなりの任命に少し驚きながらも、なにやら誇らしい気持ちになった。そして一つづつ受け取りながら口々に礼を言った。するとサンタは急に声をひそめて「これは秘密なんじゃが、実はこのバッジには不思議な力があってな、つけているとたくさんいるトナカイの中から、空を飛ぶことの出来るトナカイを見つけることが出来るんじゃよ。」と言った。

 

「すごい!!」ムタが思わず叫んだ。「君らならきっとすごいヤツを見つけられるじゃろう。」「こんなすごいものを貰ってしまっていいんですか?」ミノルが聞くと、「当たり前じゃ!君らのおかげでこれかもらずっと世界中の子供たちにプレゼントすることが出来るんじゃからな。」「サンタさんありがとう。」みんなは声をそろえていった。

 

サンタとの別れの挨拶も済み、5人は家を後にした。来たときとは打って変わって抜けるような青空が広がっていた。かなりの距離を歩き、やがて日が暮れ初めたので、テントを用意し、早めの食事を済ませた。

 

空には星がびっしりと輝き、白い息を吐きながらみんなで星空を眺めていた。「今日はサンタさん大忙しだな」ムタが言うと「でも嬉しそうだったよ」とマナタ。「でも最後にすごいもの貰っちゃったね」というモモタに「今度はトナカイ探しに行こうか」とミノル。「見つけたは良いけど、乗って空から落っこちるなよ」とメグロが言うと、みんなは楽しそうに笑った。

 

そのとき北の空から大空へと駆け登っていく、シャンシャンという鈴の音が微かに聞こえたような気がした。