冒険クラブのみんなは山に来ていた。今日は冒険ではなくただのハイキングだ。とは言っても、もちろんハイキングコースなんかじゃなく道無き道を歩いていた。

 

 だいぶ山深くまで入ってきた。時計を見るともう昼を過ぎていたので昼飯を取ることにした。ワイワイガヤガヤと楽しく食べながら話していると、急に山がざわついてきた。

 

風だ。いきなりものすごい突風が吹いてきた。周りの木が風にあおられてギシギシと音を立ててしなり、葉がザザーッと一斉に鳴り出す。時間にして30秒くらいの事だろう、風は吹き始めたときと同じように急に止んだ。

 

「なんだ、なんだ、今の風は?」ムタ君が言うと「つむじ風ってやつかな?」とメグロ君が言う。「つむじ風ってあんなにすごいの?」というモモタ君にミノル君が「つむじ風は竜巻の子供だからね」と答えた。マナタ君はじっと辺りを窺っていたがその後は何もなさそうなのを確認すると「さあ、それじゃそろそろ出発しようか!」とみんなに声をかけた。

 

 気を取り直してまた歩き出した5人は、しばらく行ったところで突然幅の広い真っ直ぐな道に出た。「いままで、あんなに細い道しかなかったのに何でここからはこんなに広いんだろう?」ミノル君が言った。「もしかしたら、知らぬ間に人里に出たのかも」とモモタ君。「それよりこの先には何があるのかな?」マナタ君が言ったので、この道に沿って進んでみることにした。

 

 ずいぶん歩いたが、道はまだまだどこまでも伸びている。それなのに誰一人出会う人も無く、近くに村が在りそうな気配は全然無かった。「どこまで続いているのかなぁ」メグロ君が言うと、「俺も山の中まではさすがに分からないなぁ」とムタ君が言う。その時突然マナタ君が「あっ!」と声をあげて前方を指差した。みんながその指差す方を見てみると、そこに木の影からこちらを覗うように小さな子供がこちらを見ていた。

 

歳は4歳か5歳くらいの女の子だ。こんなところでいきなり女の子が現れたので驚いたがすぐに気を取り直したモモタ君が「あれえ、こんなところにあんな小さい子がいるなんて。やっぱり近くに村があるんじゃないの?」みんなが話していると、女の子が急に道の先に向かって走り出した。

 

 近くに家があるのかもしれない。しかしこんなところで小さな子供が一人で遊んでいては危険だ。「みんな、あの子を放っておいたら危ないから、話を聞いてみて、なんだったら家まで送ってあげよう。」マナタ君が言うと、みんなも賛成し、女の子を追うことにした。

 

みんなは、走って追いかけたが、どういう訳か女の子との距離が全然縮まらない。一番足の速いムタ君ですら追いつけない。それどころか離されていく。

 

広かった道は途中からまるで行き止まりのように終わり、そのあとに道は無く森だけが広がっていた。みんなは走りにくい森の中を出来るだけ速く走っているためすぐに息が上がってきた。それなのに、女の子は走り始めた時と同じように楽々と走りつづけている。はぁはぁと荒い息をつきながら「いったいどうなってんだよぉ!」とメグロ君が言った。

 

20分ほど走った頃、やっと女の子が立ち止まった。みんなもやっと追いついてきた。しかしすぐに口をきく事が出来るはずも無くにその場に座り込んで、貪るようにして空気を吸い込んだ。そうしながら目を上げると、そこには今まで見た事も無いくらい大きく立派な木が立っていた。一番下の枝でさえ5mくらいの高さのところにある。木の下には今まで通ってきた道に生えていたような丈の高い草も無くちょっとした広場のようになっていた。女の子はその木の前で、息が切れた様子も無く、静かに立ち、じっとこちらを見ていた。

 

 肩で息をしながらもじっと女の子を観察していたマナタ君がみんなの方を向いて言った。「気をつけろ!この子人間じゃないぞ!」それを聞いた他のみんなは驚いたように女の子を見た。すると女の子はにっこりと笑って言った。

 

「いかにも。わらわはこの齢700年を経た木に宿る精霊じゃ。この山に来ていたおまえたちのことは調べさせてもらった。それでお前たちならと思ってここに呼んだのじゃ。」「あ、もしかしてさっきのつむじ風?」ミノル君が言うと、精霊はニッコリと笑って続けて言った。

 

「おまえ達をここに呼んだのは頼みが有るからじゃ。」「頼みってなに?僕たちに出来る事?」マナタ君が聞くと精霊は話し始めた。「少し前までこの山は緑にあふれ、鳥や獣が住み大きな木もたくさんあった。しかし、10年ほどの前から人間たちがこの山にやってくるようになった。

 

人間たちは山に道を作り、どんどん木を切り倒してはどこかへ運び去っていった。そしてその道を使い、山に入ってきたもの達は何年たっても土に返る事の無いゴミをたくさんばらまいていった。そのために山は汚れ、物珍しさからそれを口にした動物達は死んでいった。

 

やがてその道をクルマというものが通るようになると、今度は毒を撒き散らし、そのせいでまたたくさんの木が枯れた。ほかにもこの木のように樹齢が高く立派な木ばかりをねらって切り倒し山から盗んでいく者どもも後を絶たない。そのために昔はあんなに大勢居た精霊達が今ではわらわを残すのみになってしまった。」

 

「僕たちに出来ることって何なの?」モモタ君が言った。「森を、獣や鳥達を助けて欲しいのだ。」「どうすれば良いの?」ミノル君が言った。「それは、わらわには判らん。おまえ達が良いと思う事をしてくれればそれで良い。このままでは、わらわも長くは持たない。どうか、よろしく頼んだぞ。」そこまで言うと精霊はみんなの前から姿を消した。

 

「ちょっと待って!そんな事言われたって困るよぉ!」モモタ君が言った。しかし、返事はなかった。「いったいどうすれば良いんだろう?」ミノル君が言った。「そんなの判らないよ。とりあえず戻って何が出来るのかを考えてみよう。」マナタ君が言った。

 

みんながもと来た方向に見当をつけて歩き出すと、さきほどは気がつかなかったが、細い道のようなものが出来ていて、迷う事無く先程通ってきた元の広い道まで戻る事が出来た。

 

何が出来るのかをみんなで考えながら山道を下っていくと、下の方から4人の男達が山を登ってきた。背にはなにやら大きな袋を抱えている。すれ違うとき、男たちは5人をジロリと睨んで通り過ぎて行った。

 

「こんな時間から山に登っていって何をするんだろう?」辺りはまもなく夕暮れにさしかかろうとしている。「それより、早く帰ろう。暗くなったら道に迷って返れなくなっちゃうぞ!」マナタ君に言われて、みんなは足を速めて歩き出した。

 

それから10分ほど歩いたとき、声が聞こえたような気がした。マナタ君が振り返ると、すぐ後ろに居たミノル君も妙な顔をしていた。「なんか聞こえなかった?」とマナタ君が言うと「聞こえたような気がする。」ミノル君は答えた。他の3人も「うん、何か聞こえたよね。」と言い始めた。

 

「何だったんだろう?」そうはなしているうちにまた聞こえた。「あっ、また!みんな静かに!」マナタ君は言った。みんなは、息を潜めて耳をすました。「ヤ…メロ、ヤメ…、た…す…けて…」という声が聞こえた。

 

「いまの声・・・あの子の声だ!」モモタ君が言った。みんなもうなずく。「何か起こったみたいだ」ミノル君が言った。「あっ!さっきの奴等だ!きっと、精霊の木を切りに来た奴等だったんだ!」メグロ君が言った。「みんな、行くぞ!」マナタ君が叫ぶと同時にみんなは再び上に向かって駆け出した。

 

 みんなは今日一日歩いて疲れきっていたにもかかわらず全速力で走った。空はすでに夕暮になっていて、たくさんの葉に覆われた森の中は薄暗くなっていた。それなのに、何故か道を間違えたり、つまづいたりすることはなかった。

 

というのも途中から気がついたが向かう先へと続く道だけはうっすらとだが見えている。上を見上げると木々の枝が端によけているようになっていて、弱い日差しが道まで届いていた。そのせいもあり、まもなく聖霊の木の見える場所までたどり着いた。

 

見つからないように広場まで近づいていくと、さっき、道ですれ違った男達が木の周りで話していた。「おお、こりゃあ立派な木だなあ。こいつを切って運び出すには一晩中かかるぞ。」「前々から目をつけていたんだ。この木ならきっと高く売れるぜ。」「早いところ切り倒して、下に置いてあるトラックまで運んじまおうぜ!」「よしきた。用意しよう。」

 

そして、準備に取り掛かった。さきほど背負っていた重そうな袋の中から、バラバラに分解された何かの部品を取り出し組み立て始めた。それは見ている間に大きなチェーンソーに姿を変えた。それを一人がストラップで肩から吊るすと、もう一人が後ろのほうの紐を勢いよく引っ張ってエンジンをかけた。山の中にチェ−ンソーの甲高い音が響き渡った。“ガーーーッ”

 

 「さあ、始めるぞ!」その時みんなは飛び出した。「やめろーっ!!」男達はその声にビックリして振り返った。そしてマナタ君達を見ると安心したように「なんだ、子供か。びっくりさせやがって。ほら、早く帰れ!いったい、こんな時間まで何してるんだ?」

 

メグロ君が言った「おまえ達、その木を切る気だな。そうはさせないぞ!」「なんだと?このガキども!邪魔すると痛い目に合わせるぞ!」そう言いながら一人が近づいてきて、一番近くに居たムタ君の首のあたりをつかもうと腕を伸ばしてきた。

 

ムタ君はその手をするりと抜けて相手のスネを思いきり蹴飛ばした。「あ痛たたたーっ!」男は足を抱えて倒れこむ。そこへ、メグロ君が思い切りジャンプしてお尻からお腹の辺りに急降下した。男は白目をむいて失神してしまった。

 

それを見ていままでニヤニヤして観ていた3人も、今度は本気で襲い掛かってきた。

 

二人目の男がメグロ君に殴り掛かってきた。メグロ君はそれをかがんで避ける。それと同時にモモタ君がその男めがけて拾ってきた枝を投げつけた。枝は男の肩の辺りに当たった。男が怒った顔でモモタ君の方を振り返った。その瞬間を逃さずにメグロ君が男の体にがっちりと組み付き、思い切り締め上げた。そのあまりの怪力に身動きできずにいるところへ、マナタ君が途中拾ってきた太い枯れ枝を男のあごのあたりに叩きつけた。二人目の男は声も無く崩れ落ちた。

 

三人目の男はムタ君を捕まえようとしていた。しかしムタ君は捕まりそうでいて捕まらない。相手が腕や服を掴んだと思っても、その手は空を掴むばかりだ。もちろんムタ君はワザとそうしていた。捕まえられそうだと思うと相手は必死に追いかけてくる。なので敢えて捕まりそうな動きをしておいて、その寸前で逃げているのだ。

 

ムタ君の作戦通り相手はもう息が上がり足がもつれ始めていた。少し離れたところでムタ君が急に立ち止まった。三人目の男は腕を前に突き出した格好でヨロヨロとムタ君に迫っていく。もう少しで捕まえられるというとき、男の左右のひざの裏辺りにミノル君とモモタ君が同時にタックルした。男はたまらず前のめりに倒れこむ。倒れた男が起き上がろうと手をつき顔を上げた。しかし見えたのはムタ君の膝が顔面めがけて落ちてくるところだった。

 

残るはチェーンソーを持った男だけになった。あっという間に仲間を倒されるのを見ていた男は、はっと我に返り「このガキどもめーっ!もう許さん!」と叫ぶとチェ−ンソーを振り回しながらみんなのところへ走り込んできた。

 

「うわあ!」「危ない!」さすがにこれには対抗できず、みんなは必死に逃げ回る。「一個所に固まるな!バラバラになれ!」マナタ君の声でみんなはチェーンソーの男を遠巻きに囲むように距離を取った。男は誰彼かまわずチェーンソーを振りまわし追いかけた。

 

やがて、男はみんなの中で一番足の遅いモモタ君を集中的に追いかけ始めた。「うわぁ、たすけて!」「モモタ君逃げろー!」みんなは叫んだ。みんなは落ちている木の枝や石を男に向かって投げつけたが、まるで気にする様子もなくモモタ君を追い回している。

 

そうしているうちにモモタ君が木の根につまずいて転んでしまった。「このガキめ。切り刻んでやる!」男はそう言うと笑いながらチェーンソーを高々と振り上げた。「モモタ君!逃げろぉ!」モモタ君を助けるために走り出したが、それぞれ離れていたためにこのままでは間に合いそうも無い。いま、みんなの前で親友が切り刻まれようとしていた。

 

男は残酷な薄ら笑いを浮かべたまま、モモタ君の頭上に思い切りチェ−ンソーを振り下ろした。

 

その時だった。「ガリガリガリガリガリガリ・・・、プスンプスン…スン…」何かに当たって引っかかるような音がして、いままで騒々しい音を立てていたチェーンソーが急に止まってしまった。

 

「なんだ?どうしたんだ?動かないぞ!」男は慌てて上を見た。見ると、いままで辺りが暗くて気づかなかったが、あんなに高いところにあったはずの太い枝が男のすぐ頭の上まで下がってきていた。チェ−ンソーの刃はその枝の中にほぼ埋まるような位置まで食い込んで動かなくなっていた。男は枝から引き抜こうと必死に押したり引いたりしたが、食い込んだチェーンソーはまるで枝に掴まれてでもいるようにびくともしない。

 

その間にみんなが駆けつけてきて男を取り囲み睨みつけた。それに気づいた男はみんなを見回すと、「ひぃーっ!やめろ!こっちへ来るな!」そう言いながら後ずさり、木の根につまづき、後ろ向きに倒れこんだ。運の悪いことに、そのとき丁度起き上がろうとしてモモタ君が立てていた膝で首の後ろを強打し、そのまま勝手に気絶してしまった。

 

4人を縛り上げた時、太い枝と共に、チェーンソーが落ちてきた。それを見たモモタ君は木に近づいていって言った。「僕を助けてくれたんだね。ありがとう!でもごめんね、そのせいで君の枝が切られてしまって。」

 

すると、どこからともなくさっきの精霊が現れて言った。「枝などまたすぐに生える。それより、礼を言うのはこっちじゃ。よくぞ助けてくれた。感謝する。おまえたちのような勇気のある少年たちに出会えて本当に良かった。」

 

「僕たち、これからはもっと森を大切にするように他のみんなにも言うよ!」「そうかそうか、ありがとう。そうすれば、また精霊達も戻ってきて、この森もにぎやかになるじゃろう。楽しみにしているぞ。」

 

その時、下の道の方から、大勢で呼ぶ声が聞こえてきた。冒険クラブのみんなが夜になっても帰って来ないために捜索隊が探しに来たのだった。「おーい、こっちだよーっ」みんなは大声で叫んだ。「おい、今上の方から声が聞こえたぞ、あっちだ」「おーい、大丈夫かぁ?」捜索隊がこちらに気づいたようだ。精霊の方を振り返ると、下のほうに下がっていた枝がするすると元の位置まで上がっていくところだった。精霊も最後にみんなに向かってニッコリ笑いかけるすっと消えていった。

 

捜索隊に事情を話し、男達は警察に連れて行かれる事になった。後で分かったことだが、男たちは日本中の森で大きな木を見つけては勝手に切り倒し売りさばいていた盗賊団だった。

 

証拠品のチェーンソーを取りに来た捜索隊の一人は、一緒に落ちている太い枝を見つけると、5m以上も上にある枝と落ちている枝を交互に見て、あんな高いところの枝をどうやって切ったのかと不思議そうにしていた。

 

捜索隊の人達と一緒に山を下りながらマナタ君が言った「さっき捜索隊の人が言ってたけど、あれだけ立派な木のある森だったら県に申請して保護できるかもしれないって言ってたよ。」「良かった!これで少しは役に立てたかな。」ミノル君が言った。「そうすれば精霊の仲間もまたどんどん増えるな。」とメグロ君。「今まで考えたことなかったけど森も必死で生きてるんだなぁ」ムタ君が言うとモモタ君が「もちろん生きるって大変だよ!だって僕もこんなにお腹が空いてるもの。」それを聞いたみんなの笑い声が山の中にこだました。