午前中降った雨も午後には上がり、放課後のグラウンドはそこここに出来た水溜りと、それに反射する太陽でとてもまぶしかった。

 

 冒険クラブのみんなはこのあと何をして遊ぼうか相談しながら校門をあとにした。

「今日は雨でぬかるんでいるから広場はダメだな」マナタ君が言うと「そんじゃ俺んちであそぼうか?この間新しいゲームを買ってもらったんだ」とメグロ君。

 

するとミノル君が「え、どんなの?」「PF2だよ」それを聞いてみんなは口をそろえて「すげーっ!!」と叫んだ。

 

PF2とは“パトリオット・ファイター2”の略で侵略してくる敵戦闘機を迎え撃つというゲームだ。初めはただのパイロットだが、経験値を貯めることによりやがてエースパイロットになっていく。

 

航空力学に則った動きとビジュアルのリアルさがウリのゲームで、その第2弾である。前作の人気が高かったためその続編として発売され、戦闘機の数も前作の20機から50機へと大幅に増やされており、またビジュアルもより本物に近いものとなっている。「そんじゃ行くか」「おう!」今人気のゲームができるとなってみんなはウキウキしていた。

 

途中、大きな屋敷が見えてきた。敷地の周りには高い塀が張り巡らされて中を見ることはできない。そこには一人の発明家が住んでいて、たまに何かが爆発するような音が聞こえるほかは、普段いたって静かだった。

 

だが子供たちは親から、あまり近づかないようと注意されるのが常だった。それというのもその発明家はかなりの変人らしく、道路の曲がり角にあるカーブミラーに写った自分に向かって何か一生懸命話しかけていたとか、考え事をしているのか、まるで電池の切れたおもちゃのように、ピクリとも動かず同じ場所に半日以上もたたずんでいたとか妙なうわさがいくつもあったからだ。

 

もちろん冒険クラブのみんなはそんなことは気にもせず、そのゲームの話に夢中になって急ぎ足で帰るところだった。

 

モモタ君は走り出すと両手を広げ「フィーン」といいながら水溜りに勢い良く飛び込み水を飛び散らせた。「バシャッ!」「おっ」しぶきを浴びて濡れたムタ君が負けずにその隣の水溜りへと飛び込む。「バシャッ!」。PF2に出てくる戦闘機の全方位攻撃のつもりだ。

 

みんなも負けずに飛び散らせ始めた。ひときわ大きな水溜りを見つけたメグロ君は“お、これだったら誰よりもたくさん飛び散らせるぞ”と勢いをつけて水溜りに飛び込んだ。「ザブン」飛び込んだメグロ君は一瞬「あれっ」と思った。当然あるはずの水溜りの底がなかったのだ。次の瞬間メグロ君は水溜りの中へ消えてしまった。

 

それを見ていたみんなはびっくりしてあわててその水溜りを覗き込んだ。マナタ君はそっと手を入れてみる。手はどこまでも入っていくが底のようなものには当たらなかった。「メグロ君を助けなきゃ!」マナタ君は言うと思い切って自分も飛び込んだ。それを見て他の3人も次々に飛び込んだ。

 

飛び込んで水の冷たさを感じたと思ったのも束の間。すぐに地面に落ちた。しかも足から入ったはずなのに、なぜか頭から。「痛ててっ」他のみんなもそろって頭や肩をさすっている。

 

そのときだった。「大丈夫?」なにか聞きなれないような、よく知っているような声の持ち主がかがみこんでこちらを心配そうに見ているのに気がついた。「あ、うん、大丈夫」といいながらマナタ君が見上げると、なんとそこに居たのはもう一人の自分だった!

 

何かに自分が写っているのかと、もう一度良く見てみたが、やはりそれは自分、もしくは自分にそっくりの誰かだった。しかもなぜか服も同じものを着ている。まるでそろいの服を着た双子のようだ。

 

この驚きをみんなに伝えようとして、仲間の居る方を向くと、更に驚いた。「みんな双子になってる・・・」どういうわけか、みんな二人ずつになっていたのだ。そしてその誰もがこの事態を理解することが出来ず、どうして良いのか解らない様子だ。

 

マナタ君はもう一人の自分に向かって聞いてみた。「き・君は誰?」するともう一人のマナタ君は「僕はまなただけど、君こそ誰?」「僕もマナタって言うんだ・・・」なんと二人とも同じ名前だった。それを聞いていた他のみんなも益々訳が解らなくなってきた。「ちょっとまって、み・みんな落ち着いて判るところから話そう。」マナタ君が言うと、まなた君も「そう・そうだね、みんなこっちへ着て」。

 

丸く円陣を組んだ。だがやはりこの状況にはすぐには慣れることができない。最初にマナタ君が言った。「まずはお互いに名乗りあおうよ。僕はマナタって言うんだ」それを聞くとさっき聞いたはずのまなた君を初め、ビショビショになっていない仲間たちとそっくりな4人が顔を見合わせた。

 

「もしかすると他の4人はミノル君、ムタ君、メグロ君それにモモタ君じゃないよね?」今度はビショビショの5人が顔を見合わせて驚いた。モモタ君が「なんで僕たちの名前を知ってるの?」するとももた君が「僕たちの名前と同じなんだ・・・」とまだ信じられない様子で答えた。

 

しばらくの間、誰もなにも言えずにお互いの顔を何度も見回した。まなた君が「まずは起こったことから話すね。僕たちが歩いていたら急にメグロ君が水溜りの中から逆さまに飛び出してきて、そのあと次々に君たちが現れたんだ。君たちはいったいどこから来たの?」

 

するとマナタ君が「そうだ、あんまり驚いたんで忘れてたけど、急にメグロ君が水溜りに吸い込まれちゃったんで、助けようと僕たちも後からその水溜りに飛び込んだんだよ。」「そして飛び込んだと思ったら、今度は急に頭から落ちて、気がついたら俺たちみんな二人ずつになってたんだ。」とムタ君。

 

「そういえば君たち水溜りから出てくるとき、みんな足から先に出てきたよ。」とももた君。「だから頭から落ちちゃったんだね」とモモタ君。その時ミノル君とみのる君が同時に叫んだ。「あっもしかして!でもそんな・・・」そういうと二人してカバンやポケットの中を探し始めた。

 

「無いな・・君あれ持ってる?」「いや、持ってない。誰か持ってないかな?」とキョロキョロ。それを周りで見ていたみんなは、二人の慌てようと、“あれ”というのがなんだかさっぱり解らないため、二人を落ち着かせようとみんなが声をかけた。

 

「おいおい、落ち着けって」「“あれ”ってなに?」「なにか解ったのか?」しかしいつもと違って8人もの人間が一斉に言うものだから、誰にどう答えて良いかもわからない。すると二人はまるで息の合った双子のように「うるさ〜い、一度に言うな!カガミ、カガミだよ!」とハモって叫んだ。

 

みんなはその様子がおかしかったので、思わずで笑ってしまった。そうやってみんなで笑いあうと、さっきまでお互いを警戒していたのも忘れ、なぜかこの10人が昔からの仲間のように思えてきた。

 

すると、一番持っていそうもないメグロ君とめぐろ君がこれも同時に「ほらよ」と手カガミを差し出した。なんとそれは同じ大きさ、形、色の手カガミだった。手カガミを受け取ったみのる君とミノル君は、上にしたり、横にしたりして覗き込む。

 

そして二人は顔を見合わせて「やっぱり・・」「うん・・」といってもう一度カガミを覗き込んだ。その様子を見て、ムタ君が「おいおい二人してなに女の子みたいなことしてるんだ?」むた君もはやすように「ニキビでも気になるのか?」と言った。

 

しかし二人はそんな言葉も聞こえないように「そういうことだったんだね」「うん・・・・」と何かが解ったようだった。その様子を見ていたマナタ君がムタ君に「おい、静かに!ミノル君たち、何が解ったのか僕たちにも教えて。」といった。

 

するとミノル君が「僕たち、たぶんカガミの世界に来ちゃったんだ。」するとみのる君が「でも僕たちの方から見れば君たちがカガミの世界から来たことになるんだけどね」。何のことやら良くわからずにいると、「ほらこれを見てみて」二人が差し出すカガミをみんなで覗き込むと、そこには何も映っていなかった。

 

正確には歩道や高い塀、街路樹などはちゃんと映っている。しかしこれだけ大勢で覗き込んでいるにもかかわらず、肝心の自分たちは誰一人映っていなかったのだ。

 

「これは!」ももた君が「ぼ、僕たち吸血鬼になっちゃったの?」モモタ君も同じように思ったらしく自分の歯がとがりだしていないか指で触って確かめている。みのる君が「いや吸血鬼とかそんなんじゃなくて、本来カガミに映るはずの自分といまこうして一緒にいるってことだよ。」

 

ミノル君が「だから本当だったら映るはずの自分がカガミの向こうにいないんだ。」やっと理解したみんなはまた一斉に「そんなことってあるの?」「なんでそんな事に?」「元に戻すにはどうしたらいいんだ?」などと口々に言い出した。

 

マナタ君が「まて、まて、慌てずにみんなで考えよう。」腕を組んで考えていたメグロ君が「あ、もしかしてあの水溜りから元の世界に戻れるんじゃないか?この世界に着たのもそこからだからな。出てきたあの水溜りがカガミの世界の入り口なんだよ。」

 

みのる君が「確かにそれはあるね」「よし行ってみよう。」とめぐろ君。そして水溜りを囲み、「それじゃ入ったのも俺が一番最初だったから、まず俺から言ってみるよ。」そう言ってメグロ君がそろそろと足を入れてみる。

 

“パシャ”なぜかくるぶしほどまでしか沈まない。「勢いが足りないんじゃないの?」むた君が言うと、今度はさっきしていたように、思い切って飛び込んでみた。“バッシャン!”盛大に水溜りの泥水が飛び散ったが、メグロ君は相変わらずそこに立っていた。

 

ミノル君とみのる君は顔を見合わせて「もう閉まっちゃったんだ・・・」と言った。「え、なにそれ?どういうこと?」モモタ君が聞くとミノル君が「たぶんあの入り口はほんの短い間だけ開いていたんだよ」「しかも原因が解らないことには今度いつ開くのかも判らない。」それを聞くとみんなは呆然としてしまった。

 

「ほら、落ち込んでないで、まずは原因を突き止めよう」とまなた君。マナタ君も「大丈夫絶対に元に戻れるよ、だってここには冒険クラブが10人もいるんだよ」。それを聞いてみんなも「そうだよ、そうだよ」と元気を取り戻していった。

 

ムタ君が「まずはなんでこの水溜りが入り口になったのか」「それになぜあの時間に開いていたのか」とむた君。そういえばここに来る前に何かが焦げているような匂いがしたんだよ」とモモタ君。するとももた君も「あ、それ僕も嗅いだ。お腹空いてたんで、その匂いでホットケーキのこと思い出したんだ。」と言った。

 

みんなも思わずその場で匂いを嗅いでみたが、今はもう何のにおいもしなかった。「これだけのことが起こるからには相当大きな力が働いているはずだよね」とマナタ君。「自然の力だけとは思えないなぁ」まなた君も言う。

 

その時まだ手に持っていた手カガミに向かってめぐろ君が「おい、どうして映らないんだよ!」と文句を言った。「カガミに文句言ったってしょうがないよ。」とみのる君。それを聞いたマナタ君とまなた君は顔を見合わせ、同時に上を見た。

 

電柱から太い電線が何本も塀の向こうへと延びている「焦げ臭い匂い、大きな力、カガミに文句、これだ!」他のみんなはまだ何のことか判らない。「みんな判ったよ、答えはこの塀の中にある!」

 

まなた君は説明した「この塀のむこうにはあのちょっと変わった発明家が住んでいるのは知ってるよね?きっとあの発明家が何かの実験をしたんだよ。焦げ臭い匂いがしたのもそのせいだ。そして丁度その実験の最中にメグロ君が、そして続いて他の4人も水溜りの入り口を通ってこの世界に来てしまったんだよ。」「カガミに向かってなにか怒鳴っていたっていうのもきっと関係があるに違いない。」

 

それを聞いてめぐろ君は「よし、そういうことならまずはこの屋敷に行って、その発明家に話を聞こうぜ。」というなりズンズン歩き出した。みんなもその後ろについて歩き出した。

 

程なくして大きな門を見つけると、まずは先頭にいためぐろ君がインターホンを数回押して、「すいませーん」と大声で言った。何の反応もないので、今度はメグロ君も一緒になって門の扉をどんどんと叩きながら「すいませーん、すいませーん」と何度も言った。一人でもかなりの大声なのに、それが二人になるともう騒音の域である。

 

ムタ君が叫んでいる二人の背中をバンバンと叩いた。インターホンを指差して「何か聞こえる」。二人の声で聞こえなかったが、静かにして聞いてみると、どうも向こうも怒鳴っているようだ。

 

「こら、いったいどこのガキだ、人の家の前で騒いでると警察呼ぶぞ!」ミノル君が前に出てきて「すみません、ちょっとお話があるんですけど・・・ちょっと中に入れてもらえませんか?」「話だと?俺は忙しいんだ、ガキ共と話すことなんぞ何も無い、帰れ、帰れ!」切られそうな気配を感じて慌てて「待ってください、カガミの世界のことなんですけど」「・・・何、カガミの世界だと・・・?」

 

そういうとブツッと音がしてインターホンが切れた。少しして大きな門の脇にある小さなくぐり戸が開き、発明家が顔を出した。そして皆を見て「何だお前たち、皆そろって双子とは珍しいな。」と言った。

 

まなた君は「このことについてお話があるんです」すると発明家はもう一度ジロリと皆の顔を見回したあと、「入れ」といって、家の中に引っ込んでしまった。みんなもそのあとからくぐり戸を抜けて中に入っていった。

 

 中は広い庭と大きな屋敷があった。庭には何に使うのかよく判らない大きな機械や太いパイプがごろごろとそこいら中に置かれていた。それを横目に大きなドアのところで閉まらないように支えて立って皆を待っている発明家の方へ歩いていった。

 

家の中も庭に負けず、あちらこちらに何かの装置が置かれていていた。それを跨ぎながら奥へ入っていくと大きなテーブルのある部屋に出た。テーブルの上はカップラーメンを食べたあとの容器やパンの包装紙なのが乱雑に置かれたままになっていた。

 

 

 「適当にそこいらに座ってくれ。」みんなが散らばっているものを適当にどかして座ると「それでカガミがどうしたって?」マナタ君が「あなたは発明家なんですよね?」「うむ、いかにもそうだ。まぁ今はまだあまり有名ではないが、これからすごい発明をすることになっている。」となぜか得意げに胸をそらせて言った。

 

「もしかして、最近カガミに関するなにかの発明をしていませんでしたか?」まなた君が言うとびっくりした顔で「なに、お前たちなぜそのことを知っている?さては俺の発明を盗みに来たな?」とみんなをギロリと見回した。

 

みのる君はあわてて「違います、違います。そうじゃなくてどんな発明なのかを聞きたいだけなんです。」「だからそうやって盗む気なんだろ?」「いやそうじゃなくて・・」どう言えばいいのか必死に考えていると、発明家はポツリと言った「無駄だよ」。

 

みんなが“えっ”とした顔を向けると、「まだ完成しておらん。今日も93回目の失敗をしたところだ。」と言った。ミノル君が「もしかしてその発明って言うのはカガミに関することじゃないですか?」と聞くと、「お前たちがなぜそのことを知っているかは分からんが、そのとおりだ」と言った。

 

「俺は色んな発明をしてきたが、いつももう少しのところで行き詰まってしまってな。その原因はなぜなのかと考えたとき、一緒に研究してくれる仲間が居ないからだと気がついたんだ。それで仲間を探してはみた。しかし、俺が研究している内容を話してやると、誰もが“そんなことは無理だ”“出来るはずがない”などと言い、鼻で笑って協力しようとはしなかった。

 

なぜどいつもこいつも・・・と考えているうちに気がついたんだ。奴らには俺の頭脳のすごさが理解できていないんだとな。考えてみれば、一緒に研究するといっても俺と同等の頭脳を持っていなければただの足手まといにしかならん。

 

それに探そうにも俺ほどの才能を持っているやつなどそうそう居るはずが無い。そう思い諦めて顔を洗いに言ったとき、目の前にあるカガミを見てひらめいたんだ。居るじゃないか、もう一人の俺が!とな。そう、俺と同じ頭脳を持ったもう一人の俺がカガミの中に居たんだ。

 

そこから今の研究が始まった。何度も失敗を重ねはしたが、理論的にはもうこれで間違いないはずだ。それなのにどういうわけか成功しない。あと一歩のところまで来ている気はするんだがな。そういうわけだから盗めるものなんかまだ何も無いぞ!」言うなり発明家はプイと横を向いてしまった。

 

マナタ君は言った「もう成功していますよ」「ん?」「これをみてください」言うと部屋の隅においてある大きなカガミの前まで歩いていきその前に立った。「ん、なにを見ろって言うんだ?」マナタ君が何をしているのか分からない様子で尋ねた。

 

なのでマナタ君はカガミの前で手を振って見せた。「あっ!」そこでやっと発明家はカガミにマナタ君が映っていないことに気づいた。「それはどういうことだ?手品かなにかなのか?」「僕たち5人、どうもカガミの向こうの世界から来てしまったみたいなんですよ」それを聞くと改めて発明家は皆を端から端まで見回した。

 

そして深いため息を一つつくと「なんと、完成していたのか・・・でもなぜこの子供たちが・・・座標軸の決定が・・・」皆が居るのも忘れてブツブツと独り言を言い出した。しばらくそうしていたが突然「解らん!なぜお前たちが向こうから来てしまったのかがさっぱり解らん。どういう風にしてきたのか詳しく聞かせてくれ」。

 

マナタ君たちは自分たちに起こったことを詳しく話して聞かせた。腕を組んでじっと聞いていた発明家は、話が終わったあともじっと、身動き一つせずになにか考えていた。そして今度は急に立ち上がると、「その水溜りのところまで案内してくれ」とさっさと部屋を出て行ってしまった。

 

みんなは小走りに発明家のあとについて家を出ると、さっきの水溜りのところまで案内した。すると発明家は用意してきたバケツにその水溜りの泥と水をせっせと入れ始めた。「いったい何をしてるの?」とももた君が言うと、「サンプルを取っているんだ。この泥と水の成分を分析するんだ」と言った。

 

取り終わるとあとは脇目も振らずまた家の中へと入っていった。みんなもまた小走りにそのあとを着いていった。試験管に泥と水を入れて、なにかの装置にセットしたあと、なにやらいろいろなボタンを押すと、それがぐるぐると回り出した。

 

しばらくするとそれが止まり、カタカタと紙が出てきた。それを読んで「う〜む、どこにでもある普通の泥と水だ。それじゃいったい何が・・・もしかすると泥の粒子のブラウン運動が・・・」なにやら訳のわからないことをつぶやいている。

 

みんなが見守っていると、「そうか、解ったぞそういうことか!」と叫ぶなり、今度は別の部屋へと走っていった。後を追いながら「何か解ったみたいだな」とめぐろ君がいうとメグロ君も「だなっ」とやけに気が合った様子で笑い返す。気がつけば他のみんなももう一人の自分と話していて、随分親しくなっていた。やはり、もう一人の自分とは気が合うみたいだ。

 

みんなが発明家のあとを追って部屋に入ると、そこは大きな部屋だったが、その半分以上を大きな装置が占めていた。機械はいま動いているらしく、低く響くような音がしていた。

 

みんなが入ってくると「おい、謎が解けたぞ!」と発明家がニコニコしながら言った。「鍵は泥水に有ったんだ。粒子が起こす対流とそのときに生じるカルマン渦が・・・まぁそんなことはどうでもいい。今からもう一人の俺を呼び出すからそこで見てろ」言うなり発明家は装置の赤いボタンを押した。

 

すると装置の音が段々と大きくなり、ガタンガタンと大きく揺れだした。それにあわせて家も揺れて、いまにも屋根が落ちてきそうだった。やがて焦げ臭い臭いがしたかと思うと、太いパイプからそこに立ててあるカガミに向かって煙がモクモクと吐き出されきた。すると「今だ!」とバケツに汲んであった泥水を勢いよくバシャッとカガミにかけた。

 

するとあろうことか、バケツを持ってカガミに映っている発明家がゆっくりとカガミの縁を越えてこちらに歩いてきた。発明家はバケツをその場に落とすと、歩み寄りもう一人の発明家とガッチリと握手した。その姿はまるで旧友にでも再会したかのようだった。

 

 

 発明家が言うには、この装置は一度使ってしまうとすぐには使えず、次に使えるのは2時間後になるということだった。

 

 

 それまでの間、みんなはおしゃべりをしながら待つことにした。元に戻る方法が判っていつでも帰れることがわかると、なぜか急にもう一人の自分と分かれるのが名残惜しくなってしまい、みんな一生懸命最後の時を楽しんだ。

 

「僕たちって相手のことを自分のことのように良く知っているのに、こんなことになっているなんてちっとも知らなかったよ」マナタ君が言うとまなた君も「うん。どっちも本物だったんだね」言った。

 

「ねえ僕たちも一緒に発明したらすごいものが出来ると思わない?」とみのる君が言うと「うん、うん!いつかきっとやろうよ」とミノル君。ムタ君とむた君は「この間考えたギャグはやっぱりイマイチかな〜」などと変な相談をしている。

 

メグロ君とめぐろ君はさっきからずっと真っ赤な顔をして腕相撲をしている。どっちが強いかを確かめているのだがやはり互角のようだ。モモタ君とももた君は「やっぱりハンバーグだよね」と好きな食べ物のことを夢中で話している。

 

 やがて時間となり、マナタ君たちは元の世界に帰ることになった。みんなはそれぞれもう一人の自分と握手をし、「それじゃ!」といって別れの挨拶を済ませた。「良いか、始めるぞ」と発明家の声とともに、装置がガタンガタンと揺れ出し、やがて黒い煙がモクモクト出始めた。

 

そこにもう一人の発明家が泥水を掛けて、「よし行け、一人ずつだぞ」と言った。まずはマナタ君からカガミの中へ入っていった。かがみはまるでただの枠だけのように何の抵抗もなくスッと入れた。

 

向こうへ行くと今居た部屋と同じように部屋に大きな装置が置いてあった。しかし、こちらの装置は動いておらず、思わず振り返るとみんなが次々にこちらへ来るところだった。その後ろに小さくまなた君が見えたので手を振ってみると、まるで向こうも同時におもいついたように手を振っていた。

 

笑いかけるとむこうでもこっちに笑いかけてきた。全員が戻り、カガミををみんなで見ていると、少し波立っていた表面がやがて静かになり、いつも見慣れた普通のカガミに戻った。それと同時にかすかに聞こえていた装置の音も聞こえなくなった。

 

 あれから何日か経ち、最近発明家を見なくなった、旅行にでも出かけているのかもしれない。などという噂話が聞こえてきた。

 

冒険クラブのみんなはといえば、戻ってからしばらくの間はカガミを見つけるとそれに向かって思わずウィンクしてみたり、手を振ってみたりして家族や学校の友達に不振がられたりした。

 

さすがにもうそんなことはしなくなったが、いまでもカガミの中に自分を見つけると、思わず微笑んでしまうのだ。