不思議な箱






  冒険クラブのみんなはジャングルに来ていた。

 

光り輝く鷲伝説。かつてジャングルの奥深くに豊かな村があった。その村に危機が訪れる度に、どこからともなく光り輝く鷲が現れ村人を救ったという。しかし、今ではその場所の正確な位置すら判らず、いくつかの言い伝えだけが残されているだけだった。

 

いくつかある言い伝えにこんな話がある。

 

ある晴れたのどかな午後、突然光り輝く鷲が村長の家に舞い降り、村の高台に社(やしろ)を建てろと言う。それもただの社ではなく、村人全員、それに家畜や食料も積み込み、床下は10クード(約12m程)という巨大なものだ。しかもそれをわずか7日後の正午までに!

 

鷲はそれだけ言うと着た時と同じようにどこへともなく飛んで行ってしまった。村長は大慌てで村人を集めこの話をし、早速大人も子供もみんなで力をあわせてなんとか社を作り始めた。そしてなんとか作り上げ、食料や家畜を詰め込み、最後にそれぞれに家財道具を担いだ村人たちが社に登り終えたのは正午少し前のことだった。みんなは慌しい作業がやっと終わり、ホッと一息をついた。

 

正午を過ぎたころ、ジャングルの中がザワついてきた。社の上から下を見ると色々な動物が村の中を横切っていく。その中には普段ここら辺では見かけることのないサイなど珍しい動物までいた。

 

人を恐れる動物が村に入ってくることなど滅多に無く、しかもこんなにたくさんの動物が一度に現れるなんて村始まって以来のことだ。一体何が起ころうとしているのか、不安に駆られている間にも、動物たちは何かに追われるように東へと走り去っていく。その時誰かが西のほうを指差して何かを叫んだ。みんな一斉にその方向を見てみると、真っ黒な雲が急速にこちらに向かってきていた。

 

やがて空全体が真っ黒な雲に覆われると、昼間だというのにまるで夕方のように辺りが暗くなった。それと同時に激しい雨が降り始め、まるで水のカーテンが下りてしまったように外の様子が見えなくなった。

 

気がつけば、下の方は浸水してきた水が河のように流れており、既に社の脚の半分近くの高さにまで達していた。この雨で河が氾濫したのだ。高台でこの水位だとすると普段過ごしている村の中心部はいったいどうなってしまっているのか。もしもこの社に非難していなかったらと思うと、みんなはゾッとした。

 

雨はそれから3日3晩降り続いた。水位は社の底のすぐ下にまで迫り、激しい流れは何度も社を揺らしたが、それでも巨大な社は壊れることも無く耐え抜いた。そのおかげで村人は誰一人濡れることも無く、もちろん空腹に苦しむことも無かった。

 

4日目の朝に雨があがり、浸水していた水も徐々に水位が下がり始めた。しかし完全に水が引くまでにはそれから更に2日もかかった。やっと社から降りられる日が来て、みんなはぬかるむ道で足を滑らせながら村まで降りてきた。村の様子がどうなっているのか気になって仕方がなかったのだ。しかし一目みるなり唖然とした。

 

村は完全に無くなっていた。家があったところにはどこからか流されてきた流木が幾重にも横たわり、いったいどこがどこなのかさへ判らないような有様だった。また高い木の天辺近くにゴミが絡まっているのが見えた。つまりあんな位置まで水が押し寄せていたということなのだろう。もしも何の準備もなくこの事態にあっていたら、村人は誰一人生き残れなかったに違いない。

 

村人たちは流木や大きな石を片付け、社を解体した木材で家を作り直し、やがて、元のように生活を送れるようになった。そして、村人を救ってくれた鷲への感謝の気持ちを表そうと、村の中央には立派な止まり木が置かれ、そこには見事な細工を施した金の鷲の像を停まらせた。

 

その像は今舞い降りてきたばかりなのか、それともこれから飛び立つところなのか、大きく翼を広げたその姿を村人は崇拝し、鷲は村の守り神となった。

 

それからもなにかがあるたびに鷲は舞い降りてきて、またあるときは作り物のはずの鷲が急に光り出して村人を助けたという。

 

「そのほかにも侵略者から村を守ったとか、言うところを掘ったら水が出たとか色々話はあるんだよね」とマナタ君。「だったらさ、なんで村が無くなっちゃったんだろう?」ミノル君がいうとムタ君が「そのことについても言い伝えがあるんだよ。」

 

「ある時どういうわけか他所の村から来た人が新しく村長になったんだって。でもその人は鷲のことを全然信用しなかったらしく、鷲を崇拝することも厳しく禁止したらしいんだ。それで、嫌になった村人たちは少しずつ村を出て行ってしまい、やがてはその村長を支持する少数の人たちだけになってしまったらしい。

 

そしてある日、続いていた日照りで山火事が起こり、村もそのときに丸焼けになっちゃったんだって。」「ひえ〜、丸焼けかよ」とメグロ君が言うと、「じゃあ、金の鷲の像もそのとき溶けちゃったんじゃないの?」とモモタ君。マナタ君は「そうかもしれないな、でも村の位置そのものが今までわからなかったんだから誰もそれを確かめていないんだ。」「う〜ん、ワクワクするね〜」みんなは期待でいっぱいの顔をした。

 

ムタ君が地図から顔をあげて言った。「俺の調査によるとここら辺で間違いない。でももう何十年も経っているはずだから、今では木が生えてしまって、どこも同じようになっているはずだから注意して探さないと。」そうしてしばらく歩きまわっているうちに少し開けた場所に出た。

 

「あっ、あれは!」そこにはツタに覆われた建物のようなものがあった。近くまで行ってみると、その周りにもいくつも建物のあった跡があるが、どれも焼け崩れていてまともなものはひとつもなかった。言い伝えの通り、激しい火事があったようだ。

 

調べてみるとかなり広い村だったようだ。倉庫が方々にあり、畑がその先に広がっている。真ん中には広場があって、その周りをぐるっと囲むように住居が並んでいた。広場の中心にもなにかが建っていたような跡があり、これが止まり木の跡だろうか。その周りを念入り調べてみたが金の鷲の像どころか金が溶けだした様子すらない。

 

「何にもないな〜、やっぱりもう誰かが持ち出したんじゃないか?」とメグロ君がいうと「かも知れないね」とミノル君。「でもせっかくこの場所を見つけたんだから、もう少し探してみよう」マナタ君の言葉に、みんなはそれぞれ分かれて周りを見て回ることにした。

 

みんなが調査している間、聞こえてくるのは燃えカスの材木をどける音と虫の鳴き声だけで、それ以外はシンと静まり返っていた。そんな中モモタ君が何かを見つけた。「あ〜!みんな、ちょっと来て!」「どうした、どうした?」「これ、何だと思う?」見てみると土に何かが刺さっている、いやよく見るとそうではなく飛び出していた。「はじめは焼けた木の棒か何かと思って、持ち上げようとしたんだけど持ち上がらなくて・・・。それとほらここを見てみて」指差すところを見てみると何かが光っている

 

「さっき爪の先で少し引っかいてみたんだ、そしたら・・・」「わ〜!これって!」「金色だ!」みんなは一生懸命に掘り出した。飛び出していたのは翼の部分だった。やっとのことで掘り出し、ついていた土をこすり落とすと、それは見事な鷲の像だった。「やった!見つけたぞ!」みんなは肩を叩き合って喜んだ。

 

近くの河から運んできた水を使い、タオルで汚れをこすり落とすとまばゆいばかりの輝きが戻った。「すごく綺麗だ!」「やったね。」いつまで見ていても見飽きないほど美しい像は、まるで今にも飛び立ちそうに見えた。「いまのうちにたくさん触っておこう」「あ、俺も俺も」メグロ君たちはペタペタと触った。

 

というのももしも発見できたらこの国の美術館に寄付するという約束で調査の許可を取っていたからだ。なので持って帰った後は当然触ることなんかできないため“今のうち”というわけだ。

 

いきなりメグロ君が鷲の頭を拳骨で “コンコン”。「何してるんだ?」ムタ君が聞くと、いや、動いたとかいう言い伝えがあるだろ?だからもしかしてこうしたら起きるかな〜って思ってさ」「そんな訳無いじゃん、銅像・・・じゃなくて金像だぞ。」「う〜ん、確かに金像だな〜。」メグロ君は少し残念そうに言った。

 

みんなで慎重に像に縄をかけると切り出してきた木に固定し、4人が担ぎ一人は休憩を30分毎に交代しながら、町まで戻ることにした。ここまで来るのに3日かかったから帰りもそのくらいで到着できるはずだ。

 

1日目と2日目は天気も良く順調に進んだ。3日目、始めのうちは良かった天気が午後からは小雨になり、やがて激しい雨になった。丁度いい具合に木がせり出して、雨宿り出来るところを見つけたのでそこで休憩と食事を取る事にした。

 

「いやあ、丁度良いところを見つけられて良かったな」とメグロ君が言うとモモタ君も「ここなら濡れずに済むね」と体をタオルで拭きながら嬉しそうに言う。マナタ君は上を見て「ちょっと崖っぽくて危ない気がするけど・・」するとミノル君が「上のほうの木の根がしっかり張っているから崩れることはなさそうだよ」と言うので一応は安心した。

 

その後も雨は一向に降り止まず、またムタ君の「もう町まではそんなに遠くないから慌てることもないしな」という一言で、今日はここまでとし、そこに泊まるとにした。早めの夕食を取ると、重い荷物を担いでの行進の疲れもあり、みんなはすぐに眠ってしまった。

 

どのくらい眠っただろうか。誰かの声が聞こえてくる「・・きろ」“ん・・誰だ、いったい?”「おい、すぐに起きるんだ」はっきり聞こえた声にマナタ君が目をこすりながら起き出した。相変わらず降り続いているらしい雨の音が聞こえるが、辺りはまだ真っ暗でランプの明かりだけが小さく寝ているみんなを照らしている。

 

するとまた「今すぐにここから離れろ!」と誰かが言った。まだ少し寝ぼけながら声のする方に目をやるとそこにはあの金の鷲が置いてあるだけだった。でも何か違う。そうだ翼を広げて折らず、折りたたんでいる。“えっ”と思ってもう一度目をこすてみると、翼を折りたたんでいるだけでなくキョロッとした目でこっちを見ている生きた鷲がいた。鷲は驚いているマナタ君にむかってじれったそうに「早くみんなを起こしてここから離れるんだ。」とまた言った。

 

マナタ君はハッと我に返り、すぐにみんなを叩き起こした。「なんだよ、まだ夜じゃんか」とぶつぶつ言いながらみんなが起きだす。「みんな急いで。ここから逃げるぞ!」「なにどうしたの?」言いつつ、鷲を見つけると「わっ!なに?」「歩いているぞ!」「そんなこと後!早く、早く!」マナタ君に急かされ、訳も判らないままみんなは逃げだした。

 

鷲は「こっちだ!」と言いながら先導して飛んでいく。夜、しかも雨のせいで月も出ておらず、本当なら目の前さえ見えない真っ暗闇のはずなのに、光り輝く鷲のおかげで、まるで昼間のように明るくなり、難なくついていくことができた。

 

やっと鷲が地面に舞い降り、みんながそこに集まった途端、地面がグラグラと激しく揺れだした。「地震だ!」立っていられないほどの揺れがしばらく続く中、周りでは木が倒れる音や何かが崩れる大きな音が聞こえてきた。

 

やっと揺れが治まり落ち着きを取り戻すとマナタ君が鷲に向かって言った。「助けてくれたんですね?」「いや、借りを返しただけだ」「借りって?」「私を掘り出してくれたからな。」「え、でも動けるんだから自分で出てくれば良かったのに」とモモタ君が言うと「自分でも知らなかったのだが、私は土に囲まれているとどうも動けなくなってしまうのだ」「ああ、だからずっと埋まったままだったのか〜」

 

「私はもうずいぶん長い間あそこにいた。昔あの村で山火事が起こったのだ。村長や村人たちはすぐに逃げ出してしまった。しかしその中の一人の少年が戻ってきて、私をあそこに埋めたのだ。燃え盛る炎の中必死に穴を掘り、「安心しろよ、こん中に居りゃぁ大丈夫だからな」と言いながら。

 

初めのうちはいつまで経っても私を掘り出しに来ない少年に腹を立てもしたが、そのあととても心配になった。私を埋めた後、その少年がうまく逃げられたのだろうか・・・。私を埋めたばかりに少年が逃げ遅れてしまったのではないだろうかと。」

 

「山火事のときにそんなことがあったのか・・」「ひとつお前たちに頼みがある。もしもその少年が無事で、このあと会うことがあったら私が礼を言っていたと伝えてくれないか。」「判りました!」みんなが元気に答えると、鷲は満足そうに目を細めた。

 

そして何かを思い出したように「そうだ、もうひとつ忘れていた。」そういうと急に飛び立ちメグロ君の肩に停まると、くちばしで“コンコン”と軽くつついた。「痛てぇぇ!、何するんだよ〜!」メグロ君が言うと素早く肩から飛び立ちながら「こっちの借りも返さんとな」と言った。

 

「あっ、あの時のか〜」村から運び出す前にメグロ君が銅像の頭を叩いた事へのお返しだった。「ちぇ〜、そんなの返さなくて良いよ〜。」頭をさすりながらメグロ君が言うと、地面に降たった鷲はり立ち「ふふふ」と笑い、それと同時に光りがフッと消えた。途端に辺りは目の前も見えないほどの暗闇に包まれ、まだ真夜中だったのを思い出した。気がつけば雨はもう上がっており、木の枝から落ちるしずくの音が闇の中で妙に大きく聞こえた。

 

やがて陽が昇り周りの様子が見えるようになってきた。泥々で散々な様子ではあったが、怪我もなくみんな無事だった。鷲の姿は既に見えなくなってしまっていたが、驚いたことに鷲が最後に居た場所には、陽の光を浴びてキラキラと輝く卵が5個残されていた。それは鷲からのプレゼントのようだった。みんなはそれを一つずつ大切に持ち返ることにした。

 

荷物を取りに夕べ寝ていたところに行ってみると、盛大に土砂が崩れていて、置いてあった荷物はすべて下敷きとなっていた。もしもあのまま気がつかずに寝ていたら自分たちもあの下敷きになっていたのだろう。

 

荷物が無くなって体が軽くなった分、移動も楽になった。でも残念なことに食料も一緒に埋まってしまったため、みんな腹ペコだった。歩きながらメグロ君が「なぁ、この卵って食べられるのかな?」するとモモタ君も「ああ、目玉焼きとかたまらないよね〜」と卵をしげしげと見つめる。

 

「こら!命の恩人の卵に何てこというんだ!」マナタ君に怒られてメグロ君とモモタ君は「もう冗談だってば」と言いながらも惜しそうに卵をポケットに戻した。

 

やがて町に到着し、そのまま調査の許可を受けていた町長のところへ報告に行った。そしてキラキラと輝く卵を出して見せ、話を聞かせた。話が山火事のときに像を埋めたところまでくると、それまで静かに聴いていた町長が「なんだって、その話は・・。わしが子供ころよくひい爺さんに聞かせられた話と同じじゃないか!」とびっくりして言った。

 

町長が言うには自分のひい爺さんは、昔ジャングルの中の村に住んでいて、そこは金の鷲を守り神にしていた村だったらしい。おじいさんは新しい村長の奴隷として一緒にその村に連れてこられたうちの一人で、足を鎖に繋がれ毎日毎日辛い仕事をやらされていたそうだ。

 

ある時山火事になり逃げ出すときに、それまでずっと繋がれていた足の鎖がはずされた。やっと自由になれて逃げ出そうとしたとき、置き去りにされた鷲の像が目に入った。急いで戻り、土の中に埋めてやってから、そのあと自分も大急ぎで逃げ出したのだという。

 

先に逃げていたはずの村長たちは、運悪く火に取り囲まれてしまったのか、その後行方がわからなくなってしまったそうだ。ひい爺さんは遅れて逃げたにもかかわらず、火の無い方へうまく逃げることが出来、別の村へと辿り着いたそうだ。

 

その後ひい爺さんその村で幸せに暮らし、子供たちや孫、そして曾孫である町長たち大勢が見守る中、安らかに亡くなったそうだ。だがそれももう50年以上も昔のことで、少年だったのはもっとずっと昔のことだった。鷲は長らく埋まっていたせいで、時間の感覚が狂っていたみたいだ。なのでマナタ君は光り輝くの鷲からの伝言をその時の少年であるひい爺さんの代わりに町長へと伝えた。

 

マナタ君たちの話をすっかり信じた町長は、5個の卵を受け取ると大切に育てると約束してくれた。その時メグロ君とモモタ君のお腹が同時に“グゥーッ”と鳴った。二人は赤い顔をしてお腹を押さえた。「もしかしてお腹が空いているのかい?」「だって、夕べから何も食べてないんだもん」「だったら私の家に来てくれないか、すぐにご馳走を用意できるよ。そしてさっきの言葉をひい爺さんに直接伝えてやっておくれ。」

 

町長の家に招待され、子供や孫、そしてひ孫たちに囲まれ楽しそうに笑っているおじいさんの写真を見せてもらった。「これがさっき言ったひい爺さんだ。それとこの隅にいるのが私だよ」町長は母親の陰に隠れ、カメラに向かって“べ〜っ”としだを出していた。

 

みんながその写真のひいおじいさんに鷲からの伝言を伝えている間に、素晴らしく豪華な料理がどんどん用意され、すぐに食事となった。ものすごい勢いで食べるみんなを見て、その食欲に驚いた町長は、“これはいかん!”と慌てて料理を追加してくれた。

 

その後は、町長はひい爺さんや家族たちの話を、マナタ君たちは色々な冒険の話をして夜が更けるまで楽しく過ごした。

 

冒険クラブのみんなが帰ってきてから聞いたところによると、卵は3日もするとキラキラが無くなり、普通の色に変わってしまったらしい。光り輝く鷲が誕生すると思っていた人達はとても残念がったようだが、町長を始め多くの人はそんなことには関係なく雛の誕生を楽しみに、その後もずっと大切に卵の世話を続けた。

 

それから数ヵ月後、鷲の卵が5羽同時に孵ったというニュースが新聞を賑わした。載っていた写真には、両手を広げニコニコと微笑む町長、そして元気いっぱいに口をあけて餌をねだる、5羽のとても可愛い雛の姿が写っていた。