岐阜県

川原町(かわらまち)/岐阜市玉井町
川原町 3つの町の総称です
 川原町という地名があるわけではありません。湊町、玉井町、元浜町の3つの町の総称です。16世紀の中ごろの斎藤道三の時代に中川原と呼ばれていたそうです。
 バス停を降りてすぐのところにありますが、思わずタイムスリップした感じでした。格子戸のある瓦葺き平入り2階建ての商家が続きます。また伝統の岐阜うちわ専門店、和菓子屋、紙問屋など店がたくさんあります。そしてそのまま歩いていくと、ごく普通の民家があります。まさに生活に根付いた街並みです。
川原町 川原町
感動度★★★★ もう一度行きたい度★★★ 交通 JR岐阜駅からバス停長良橋下車2分
笠松(かさまつ)/笠松町下本町
笠松宿 明治時代の重文が1軒
 関ヶ原の戦い後,美濃地方は,譜代大名,外様大名,旗本の所領,さらに幕府直轄領と,細かく分割されました。笠松は美濃と尾張の国境に位置することから,交通軍事の要衝として,美濃郡代の陣屋が置かれました。同時に美濃の治水政策をも担当するのです。
 木曽川の河川港で港町でもあります。当時の有力者のひとりが杉山市右衛門で,現在でも杉山邸(写真・左から2軒目・重文)として残されています。建物は明治時代のものです。蔵造りの虫籠窓が美しい町家です。
感動度★★ もう一度いきたい度★★ 交通 クルマは十六銀行笠松支店に停めました
多治見(たじみ)/多治見市本町
オリベストリート 町ぢゅうに残る商家
 多治見といえば焼き物、とくに織部焼で知られています。町には陶磁器を販売する店がいたるところにあります。とくにオリベストリートは、商家や土蔵などを残しながら、古い街並みを形成しています。しかも重厚さに目を見張ります。
 また新町銀座アーケード街にも蔵造りの商家が見られます。さらに小路町付近、御幸公園付近にも古い町家や蔵が残されています。御幸公園は西浦邸の本宅跡で,付近一帯は多治見陶磁器の発祥の地と言われているそうです。
新町銀座アーケード街 多治見
▲蔵のある街並み ▲ラーメン(650円/来来亭) ▲モーニングコーヒー(350円/モカ)
感動度★★★ もう一度行きたい度★★ 交通 クルマは多治見橋パーキングに停めました
高山(たかやま)/高山市上三之町
雨と格子の似合う町
 雨上がりの早朝に出かけました。しっとりとして,風情があります。何度も訪れているせいか,感動も薄くなっているのも事実です。でも第一級の観光地であることには変わりません。
 戦国時代の末期,金森長近氏によって築かれた城下町です。町屋の多くは,木造の2階建ての平入で,道路側が上品な格子となっています。雨と格子の似合う町です。
 高山のもう一つの楽しみは朝市の散策です。新鮮な野菜や手造りの漬け物がおいしいです。
感動度★★★ もう一度いきたい度★★★★ 駐車場 有料駐車場があるが休日は混みます
高山(たかやま)/高山市下二之町・大新町
高山 2004年に選定
 高山といえば、上三之町などの三町が観光の中心地でした。ところがここの下二之町と大新町は2004年に重要伝統的建造物群保存地区に選定されてから、一気に観光客が増えました。三町を抜けて、朝市を見たら、そのままもどるのが普通だったのですが、戻らずにそのまま北側の大新町へ行くことになるのです。
大新町の方が明るい
 この地区にも日下部民芸館や吉島家住宅など、歴史的建物があります。いずれも国の重要文化財で、内部が公開されています。気のせいかも知れませんが、どうもこちらのほうが、三町よりも明るい感じがします。若干人が少ないせいかも知れません。
市内は大渋滞!
 クルマで行かれる人が多いでしょう。第一級の観光地だけに渋滞、渋滞で狭い道路は交通規制もあいまって,たいへんなことになっています。駐車場はありますが、すぐに満車になります。 
高山
感動度★★★ もう一度行きたい度★★ 駐車場 有料駐車場が多い。土日は即、満車。
郡上八幡(ぐじょうはちまん)/郡上市
郡上八幡 水の町でした
 町なかを歩いていて「水の多いまちだなあ」と思いました。吉田川を中心に乙姫川、小駄良川、さらに小さな水路があり、水の豊富なところです。
昔ながらの町家
 木造2階建ての町家は、防火目的の2階から突き出た三角形の壁が印象的です。しかも特定の通りだけではなく、いたるところに古い町並みが形成されています。写真下左は「やなか水のこみち」、その右は「宗祗水」です。
やなか水のこみち 宗祇水
感動度★★★ もう一度行きたい度★★★ 駐車場 市内各地にあります
美濃(みの)/美濃市泉町
美濃-1 壮観なうだつの建物群
 美濃は金森長近氏が小倉山に城を築いたことから,城下町として発展しました。町も碁盤の目状態でわかりやすく形成されています。長近没後は,城主長光が幼くして死亡したあと尾張藩となりました。
 それにしてもこれほど立派なうだつのある町並みは珍しいです。数は徳島県の脇町を上回るのではないかと思います。ギャラリーやあかりアート館なども見どころです。また旧小坂家住宅(写真左)は国の重要文化財に指定されています。小坂家は江戸時代から続く造り酒屋。 
美濃-2 美濃-3
▲市指定文化財の旧今井家住宅 ▲明治時代初期築の古川家住宅 ▲米粉のマムズセット(500円・マムズ)
感動度★★★★ もう一度いきたい度★★★ 駐車場 クルマは観光用駐車場に停めました
馬籠(まごめ)/中津川市山口
馬籠 急斜面の石垣に建つ
 馬籠が平成の大合併で長野県から岐阜県に移りました。どうもしっくりいかないのも事実です。というのも全体的に「つくりもの」の印象が強いのです。
 中山道のひとつの宿場町です。街道が尾根の急斜面に沿って通っているいるためか,商家,農家などは斜面の石垣を築き,そのうえに家屋を建てたのです。だからいたるところで石垣を見ることができます。
 中山道のなかでも,馬籠宿はかなり急坂なので,ゆっくり歩きました。
感動度★★★ もう一度いきたい度★★ 駐車場 大きな有料駐車場あり
岩村(いわむら)/恵那市岩村町
岩村-1 平入の町家が中心
 関ヶ原の戦い以後にできた町です。城下町ですが,町家が中心になっています。約120の歴史的建造物が残されていて,かなり充実しています。ほとんどが平入で瓦葺きの2階建てです。
 ひと言でいうと「よくもまあ,これだけの建物が残っているものだ」と感心しました。岩村本通りの約1.3qが重要伝統的建造物群保存地区に選定されましたが,裏通りにも,古い建物が多く見所の多い町でもありました。
岩村 岩村-3
感動度★★★★ もう一度いきたい度★★★ 交通 無料駐車場があります
明智(あけち)/恵那市明智町
大正村 「大正村」と呼ばれる
 2度目の訪問です。一度は仕事で来ました。そのとき元祖ソースカツ丼を食べたのを思い出し、2度目はクルマで寄りました。何も変わっていませんでした。どちらかと言えば「大正村」という名前の方が知られているかも知れません。
 大正から昭和の初めの建物が残されています。洋館や瓦葺きの商家、土蔵などさまざまです。駐車場も広く、結構混んでいました。路地の散策がおもしろいです。
大正村 大正村
感動度★★★ もう一度行きたい度★★★ 交通 明智鉄道明智駅から徒歩5分〜15分
大湫(おおくて)/瑞浪市大湫町
中山道大湫宿 数多くの宮姫が宿泊
 江戸時代は尾張藩に属する木曽衆の山村家,千村家の折半地でしたが,後に尾張藩直属の役所を設置しました。
 大湫宿を有名にしたのは,皇女・和宮をはじめ公家や大名の娘で,幕府に嫁ぐ宮姫などの宿泊地であったことです。8代将軍吉宗に嫁ぐ真宮,9代家重に嫁ぐ比宮,10代家治の五十宮,13代家定への有姫などが,本陣に宿泊したのです。
 街道沿いを歩くと土蔵やセガイ造りの町家が並んでいます。なお本陣跡は大湫小学校の校庭にあたります。
感動度★★ もう一度いきたい度★★ 交通 クルマは大湫公民館に停めました
赤坂(あかさか)/大垣市赤坂町
赤坂宿 和宮降嫁のお嫁入り普請
 中山道の宿駅として指定された赤坂宿は江戸から数えて57番目の宿場町です。金生山(きんしょうざん)を背にして,東西に一筋にのびています。寛政12年(1800)には,人口969人,246軒と記録にあります。
 ところで文久元年(1861)の和宮降嫁のとき,その一行が宿泊。そのため事前に54軒もの家が建て直したそうで,それを「お嫁入り普請」といいます。短期間での工事であったため,街道沿いの表側だけが2階建てという建物もあり,数は少ないが,現在でも残っているそうです。
感動度★★ もう一度いきたい度★★★ 交通 クルマは道端に停めました
船町(ふなまち)/大垣市船町
大垣宿 芭蕉も桑名まで舟で下る
 水門川は大垣城の外堀でしたが,流れが穏やかで水量が安定していることから,舟運が栄え河川港として発展したのです。その影響で,各種問屋街を形成しました。松尾芭蕉も奥の細道後,桑名(三重県)まで舟で下りました。
▲水門川の往時の面影を再現
感動度★ もう一度いきたい度★ 交通 クルマは総合福祉会館の駐車場に停めました
養老(ようろう)/養老町高田
養老の旧花街 旧花街を彷彿させる住宅群
 高田は政治経済など養老町の中心地です。県道沿いに幾つかの町家が見られますが,一歩裏道に入ると,旧花街であった建物が,多く残されており一般住宅とて使われているのです。見ごたえがあります。
▲手すりや壁面に独特のデザイン
感動度★ もう一度いきたい度★ 交通 クルマは養老郵便局に停めました
垂井(たるい)/垂井町
垂井宿 中山道の宿場町
 旧中山道の宿場町です。寛政年間には45軒の旅籠があったといわれています。総件数315軒で,ほとんどが商売人が軒を並べていたそうです。現在では長浜屋が残っており、再生、保存しお休み処として公開されています。垂井宿を紹介した写真のほとんどは格子戸のあり商家ばかりです。でも街道から横に入ると黒塀の土蔵が見られます。落ち着いた街並みはいいものです。
 このあたりは赤坂宿、関ヶ原宿、醒ヶ井宿へと続きます。一度歩いてみたいものです。
感動度★★ もう一度行きたい度★★ 交通 JR垂井駅から徒歩5分
関ヶ原(せきがはら)/関ヶ原町関ヶ原
関ヶ原 黒板塀の醸造蔵が並ぶ
 慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いは,あまりにも有名です。その後徳川家康の天下となり,中山道が急速に整備され,さらにここに宿駅が置かれたのです。同時に北國脇往還,伊勢街道の分岐点にもあたり,交通の要衝として大変な賑わいとなりました。天保14年(1843)には,旅籠が33軒もあったそうで,美濃16宿中,最も賑わったとか。
 いまは往時の面影はほとんど見られません。かろうじて国道21号線から横に入った「関ヶ原たまり」の関ヶ原醸造の蔵群が並ぶ程度です。 
感動度★ もう一度いきたい度★★ 交通 クルマは関ヶ原郵便局に停めました
白川(しらかわ)/白川村荻町
白川郷 世界遺産の合掌集落
 世界文化遺産にも登録されています。集落内の小路は,歩行者天国のように混んでいて,合掌造りが100棟以上あります。実際に人が住んでいるので中には入れませんが,和田家など体験できる住宅があります。
重文・和田家
▲内部が見られる和田家住宅
感動度★★★★ もう一度いきたい度★★★ 交通 有料駐車場があります