香川県の古い町並み

香川県の古い町並み

香川県

仏生山(ぶっしょうざん)/高松市仏生山町
仏生山街道 高松藩五街道の一つ
 高松藩主・松平頼重が,菩提寺でもある法然寺参拝のために造らせた仏生山街道沿いの町で,法然寺の門前町として発展しました。仏生山は法然寺の山号です。仏生山街道は高松藩五街道の一つで,高松城大手門横の常盤橋から仏生山まで至る街道で,いま最も往時の面影を残しているところといえます。築100年以上の歴史的建造物も残されており,なまこ壁の土蔵があったり,板壁のある町家があったりしています。
 人々は街道を突き当ると前山坂道があり,ここを通って参拝。 
感動度★ もう一度いきたい度★ 交通 クルマは法然寺の駐車場に停めました
香西(こうざい)/高松市香西本町
香西港あたり 香西港と共に発展した町
 鎌倉時代,讃岐の豪族・香西氏が城を築いてから,香西港と共に発展した港町です。江戸時代は藩船の出入港の拠点として栄えました。漁業でも藩から手厚い保護を受け,金や御用米の搬出も行われていました。海運の要でもあったのです。明治に入って,農産物,食塩,陶器など阪神方面からの生活物資の移入港として活況を呈したのです。しかし戦後はトラック輸送に変わり,衰退していきました。
 いまは港の西側に土蔵や板塀,板壁,出格子のある町家が,わずかに残っています。
感動度★ もう一度いきたい度★ 交通 クルマは港の空き地に停めました
男木島(おぎじま)/高松市男木
男木島 急斜面に石垣と民家
 フェリーを下りると、急斜面に家々が連なっているのがよくわかります。階段状に建ち、道は狭く迷路のように入り組んでいます。石垣と青い空と海が似合っているのに気がつきます。
 女木島にはなにも無かったのですが、男木には若干の売店がありました。それだけ人口が多いのでしょう。急な石段や坂道を「ハアハア」言いながら歩きました。高齢者にはかなり厳しいなあと思いました。なんとなく島を離れる理由がわかりそうな気がします。
感動度★★★ もう一度行きたい度★★ 交通 女木島からフェリーで男木港へ、下船後すぐ
女木島(めぎしま)/高松市女木
女木島 集落を守るオオテ
 女木島下船後、目に付くのが「オオテ」と呼ばれる石垣です。西からの季節風が山に当たり、それが民家を直撃するように吹き下ろします。烈風から守るために石垣を造ったのです。東浦の集落には27のオオテが残っており、厚みは約1m、長さは15〜20m、高さは2〜4mぐらいです。
 集落自体は、麓の住吉神社を中心に扇形に広がっており、その外周沿いに、オオテが造られているのです。ちょっと息苦しい感じがします。
感動度★★★ もう一度行きたい度★★ 交通 高松港からフェリーで女木島へ、下船後すぐ
長尾(ながお)/さぬき市長尾西
長尾 87番札所長尾寺の門前町
 四国霊場88カ所87番札所の長尾寺で,一説には延暦年間に空海が創建したとも伝えられています。そんな寺院を中心に発展した門前町です。
 一方,高松藩五街道の一つ長尾街道沿いの集落でもあります。江戸の初期,長尾村が長尾西,長尾東,長尾名に分離独立しましたが,長尾西は長尾寺への多くの参拝者がいたのにもかかわらず,馬継所はできなかったようです。
 いまは旧街道沿いに,わずかに虫籠窓のある蔵造りが残る程度です。
感動度★ もう一度いきたい度★ 交通 クルマは長尾寺駐車場に停めました
志度(しど)/さぬき市志度
志度街道
 高松藩五街道の一つ志度街道沿いで,86番札所志度寺を中心に広がった門前町。江戸時代から街道沿いに遍路宿が多数あり,同時に海運の要衝でもあって,かなり賑わいました。
▲生姜焼き定食(680円・うたごえ)
感動度★ もう一度いきたい度★ 交通 クルマは志度寺駐車場に停めました
白鳥(しろとり)/東かがわ市松原
猪熊邸 白鳥神社の門前町
 高松藩領でした。村おこしのために播州赤穂から塩田技術を導入するため,数十人が移住してきたとあります。これが今の松原浜で,白鳥の松原として知られています。藩は塩庄屋を置き,塩の製造に力を入れました。安政末年になると塩の釜数は20を超えたとか。さらに寛政年間には砂糖の製造に突入。おかげで新川の河川港・白鳥港は大いに栄えたそうです。
 また京都から猪熊千倉(写真)を神職として招き,白鳥神社を再興し,門前町としても発展したのです。
感動度★ もう一度いきたい度★ 交通 クルマは白鳥神社の駐車場に停めました
引田(ひけた)/東かがわ市引田
引田の町並み 江戸末期の建築が続く
 引田といえば大庄屋の日下(くさか)家を外せません。江戸末期までこの地を実質的に治めていました。庄屋の下に町頭を置き,さらに90軒以上の商家を取り締まっていました。また浦年寄を置き,出入りの漁船や廻船の取り締まりまでしていたそうです。高松藩の白糖製造の奨励により,甘蔗から白糖までの一貫した生産を牛耳っていたのも日下家です。
 いまは日下家のほか,江戸時代末期の多くの商家が残されており,いずれも国の登録文化財に指定されています。
井筒屋敷
▲井筒屋(旧佐野家)は江戸時代から醤油,酒の醸造で繁栄を極めました。引田巡りの起点です ▲かめびし醤油(岡田家)は高松城下から大坂へと販路を広げる。建築物18件が登録文化財。宝暦3年(1753)創業
旧引田郵便局 松村家住宅・登録文化財 泉家住宅・登録文化財
▲旧引田郵便局 昭和7年に日下家の元屋敷跡に新築移転したもの ▲松村家住宅 4代目に現在の場所に移転。明治時代は開業医 ▲泉家住宅 江戸中期から続く。明治時代は海産物や酒,煙草の販売
感動度★★★★ もう一度いきたい度★★★★ 交通 クルマは井筒屋敷駐車場に停めました
網の浦(あみのうら)/宇多津町網の浦
寺町でもあります 多くの寺院が集中
 讃岐の中心地として発展しました。歩いていますと,地元の人たちは通称名の「西町」と呼んでいることに気がつきます。これは町の中心地,本町・大門から見て西の方角にあることからです。しかし高松,丸亀の城づくりに住民を強制移住したという歴史もあります。いずれにせよ旧丸亀街道沿いに開けた町並みで,瓦葺き出格子のある古民家などが今でも残っています。
 もう一つ特質すべきは寺院が数多く存在すること。これはいざというときに,兵士の収容と防御を兼ねているからのです。
感動度★ もう一度いきたい度★ 交通 クルマは本妙寺駐車場に停めました
十番丁(じゅうばんちょう)/丸亀市十番丁
武家屋敷跡 武家屋敷の面影を残す
 江戸時代から続く歴史のある町名です。京極氏時代の文政11年(1828)には,60数軒の武家屋敷があったそうです。当時は丸亀城の内濠と外堀の間にありましたが,戦後の外堀の埋め立てにより外堀の外の町・城南町と地続きになりました。
 町割りは碁盤の目のようになっており,歩いていますと,ココだけが別世界のような感じがします。土塀や落ち着いた板塀が整然と続いており,かつては武家屋敷の町であったことが理解できます。古地図には「侍屋敷」と記されていました。  
感動度★★ もう一度いきたい度★★ 交通 クルマは道端に停めました
福島(ふくしま)/丸亀市福島町
福島の旧花街 遊郭跡がそのまま残る
 江戸後期は海の玄関口で金比羅詣での参拝客で賑わいました。さらに鉄道駅もあって,商業地区として発展。明治に入って遊郭ができ,最盛期には100人前後の娼妓がいたとか。今はアパートなどになっています。
▲タイル貼りのカフェ造りです
感動度★★ もう一度いきたい度★ 交通 クルマはフェリーターミナル駐車場に停めました
笠島(かさしま)/丸亀市本島町笠島
笠島 江戸末期から大正期
 下船後のんびりと歩きました。のどかな田園風景から雑木林の小路など,とても気持ちいいところでした。が,突然出格子や虫籠窓のある伝統的町家が並ぶ迷路に入ってしまいました。塩飽水軍の拠点の一つでした。
▲笠島集落と瀬戸大橋
塩飽諸島から35人(全体で96人)の乗組員が咸臨丸に採用されました 本島全体からも,咸臨丸へ多くの乗組員を出しています 塩飽領を統治する幕府の役所で,寛政10年(1798)に建築。勤番所は全国でココだけ残る
▲咸臨丸水夫・豊島兵吉生家跡 ▲咸臨丸水夫・高島清蔵生家跡 ▲塩飽勤番所跡(昭和52年に復元)
感動度★★★★ もう一度いきたい度★★★★ 交通 丸亀港からフェリーで本島港下船後徒歩20分
土庄(とのしょう)/土庄町甲
迷路の町 迷路の町で迷う
 いたるところに「迷路の町」の看板が目に付きます。何やら挑発されているような気がして,歩き出しました。ところがものの5分もしないうちに,自信のあった方向感覚が鈍ってきたのです。結局,いつのまにか元来た道へ…。不覚でした。
 土庄は小豆島の玄関口で,交通の中心地です。またホテルや旅館が林立していますが,西光寺周辺は昔のままの地割りで,板塀や板壁の続く町並みになっています。かつての漁師町,門前町のにおいをさせるのでしょうか。
西光寺 けつねうどん お好み焼き・豚玉
▲小豆島88カ所・58番札所・西光寺 ▲きつねうどん(280円・フェリーターミナル店) ▲お好み焼き豚玉(500円・我が家)
感動度★★ もう一度いきたい度★★★ 交通 土庄フェリーターミナルから徒歩15分
苗羽(のうま)/小豆島町苗羽
苗羽 ●プ〜ンと醤油のにおい
 小豆島は何十年ぶりかの訪問です。オリーブの島という印象はありますが、醤油の島という印象も持っていますし、マルキン醤油発祥の地でもあります。大規模な造りの醤油蔵は国の登録文化財になっています。周囲を黒板塀で囲み、木造3階建てです。
 歩いていますとプーンと醤油の匂いがしてきました。近くにマルキン醤油記念館があり、入館料210円ですが、醤油(小瓶)1本が付きます。
 遠くに見えるのが碁石山(ごいしやま)です。
感動度★★ もう一度行きたい度★★ 交通 草壁港から小豆島バス丸金前下車すぐ
坂手(さかて)/小豆島町坂手
石垣と迷路の町 石垣と坂道の町
 傾斜地に家を建てるために,石垣の多い町になりました。坂手港は水深が深く,昔から天然の良港として西国や北国の廻船の寄港地として発展。さらに水田がないだけに,漁業が盛んで漁師町としても発展。
▲岡田家住宅(国の登録文化財)
感動度★ もう一度いきたい度★ 交通 土庄港からバス40分坂手港下車すぐ
本村(ほんむら)/直島町本村
本村の古民家群 離島の白壁と黒板塀の町
 1992年にベネッセが「自然・建築・アートの共生」と言うテーマで直島に進出。それ以来,町は大きく変わりました。昔からあった精錬工場,廃棄物処理場,有価金属リサイクル施設なども巻き込んだ大がかりなもの。
 本村地区は「家プロジェクト」というテーマで,空き屋の修復,神社の再生など,古来の建築と現代アートを結び,ひとつの「展示群」として表現されています。
 瀬戸内の他の離島と違って,店も多く若者たちも多いのが驚きです。白壁の蔵と黒板塀の町です。
本村の裏通り 本村の裏通り
国の登録文化財・主屋や長屋門・供部屋 町営バス さぬきうどんはかけに限る
▲国の登録文化財・三宅家住宅 ▲観光客も気軽に乗れる町営バス ▲かけうどん(350円・石井商店)
感動度★★★ もう一度いきたい度★★★ 交通 宮浦港から町営バスで農協前下車すぐ
家中(かちゅう)/多度津町家中
多度津 ●多度津京極藩1万石
 多度津駅から歩いてい7分程度,町役場の裏あたりにたたずむのが武家屋敷。土蔵の一部や長屋門などが残されています。でも所々に目につく程度です。詳しいことを知りたければ,町並みの中にある資料館に行けばよい。
 むしろ,国鉄,JRとなった鉄道としては,四国初の駅で,広大な敷地には車両工場や蒸気機関車が保存されている。家中に隣接しており,一般開放もされるそうだ。
感動度★ もう一度いきたい度★ 交通 JR多度津駅から徒歩8分
本通り(ほんどおり)/多度津町本通り
多度津-2 こんぴら街道
 多度津は空襲から免れたせいか,古い町並みがあちこちに残されています。そのなかでも本通りは,通称こんぴら街道(さぬき街道)といわれ,江戸時代から多くの参拝客が通った道である.いまはかてつの華やかさはありませんが,それでも商家,旅館など混在しており,比較的のんびりと歩ける町です。
 約500mほどのところに残されており,意外な発見でもありました。
感動度★★★ もう一度いきたい度★★★ 交通 JR多度津駅から徒歩15分
西浜(にしはま)/多度津町西浜
多度津-3 港に近い回船問屋
 多度津には新しい発見がいくつもありました。この西浜もそのひとつです。多度津港に近くにあり,本町通りの商家とは違って,かなり大きな建物ばかりです。回船問屋などが中心になっていたと考えられます。白壁やなまこ壁など,清潔な感じの町並みです。
 それにしても多度津は,古い町並みがたくさん残されています。ただ隣の丸亀や善通寺に比べて開発が遅れているから,残っているというのも寂しい話です。
感動度★★★ もう一度いきたい度★★★ 交通 JR多度津駅から徒歩15分
高見島(たかみじま)/多度津町高見浦
高見島 超過疎の集落
 寂しい島でした。香川県の景観保存地区に指定されているそうですが,人口は70余人。特に浦集落は,無人に近い感じがしました。標高50mの断崖に石垣を積み上げて,民家を建てたのですが,ほとんどが空き屋でした。頂上の寺院のみが人気を感じたくらいです。
 瀬戸内海の島々の断崖に建つ民家は,年寄りにはかなり厳しい生活になります。車も車いすも通れないとなれば仕方ないですね。
感動度★★★ もう一度いきたい度★ 交通 高見島港から徒歩10分
善通寺(ぜんつうじ)/善通寺市南町
善通寺市 自衛隊と寺の町です
 善通寺市は自衛隊の町です。陸上自衛隊善通寺駐屯部隊が町の真ん中を占めています。そんな町を歩いていると,赤煉瓦の建物がそこかしこに見られます。写真の建物は,旧陸軍第11師団兵器庫跡で,明治の末期に建てられました。2月の寒い日に訪ねましたが,秋に黄葉した銀杏並木が見られます。
 写真では見づらいですが,道の正面に善通寺の五重塔が見られます。
感動度★★ もう一度いきたい度★ 交通 JR善通寺駅から徒歩20分
仁尾(にお)/三豊市仁尾町仁尾
仁尾 蔵造りの商家や土塀
 古くは仁保ともいわれたそうです。江戸時代から醤油,酢,酒の醸造元や綿,茶,生糸,肥料,魚介類等の大店が軒を並べていました。そのため讃岐西部地区の一大商工業地区として発展しました。「千石船見たけりゃ仁保へ行け」のことわざがあるくらいです。地理的に陸の孤島だったせいか,瀬戸内海を利用した舟運が発達しました。
 町を歩いて見ますと,かつての大店らしき屋敷が続き,繁栄ぶりを感じることができます。いまは仁尾酢や温州ミカンが名産となっています。 
感動度★★ もう一度いきたい度★★ 交通 クルマは空き地に停めました
琴平(ことひら)/琴平町琴平
琴平の門前町 土蔵造りの商家が並ぶ
 「こんぴらさん」で親しまれている門前町です。金刀比羅宮は海の守り神として知られ,石段が1368段もあり,杖をついての参拝姿はおなじみです。
 町並みには,一部土蔵造りの商家が連なっています。
▲金丸座(重文)の舞台と桟敷
感動度★★★ もう一度いきたい度★★ 交通 JR琴平駅から徒歩15分