不思議な箱




今日はみんなで裏山の斜面に遊びに来ていた。手にはそれぞれダンボールを持っている。斜面には丈の短い草が一面に生えており、ダンボールに乗って滑り降りるにはもってこいの場所だ。斜面の長さは約200mくらいあるが、角度がかなり急なこともあり、滑り出してから下に行くまでにだいたい30秒ほどしかかからない。かなりのスピード感のため尻込みする子供も多い。だがもちろん冒険クラブの中には誰一人怖がるものはいない。

 

大はしゃぎで滑りると、今度はこの急な坂道を駆け上がる。さすがに10回を超えるころには疲れ果て、滑り降りた姿勢のままでハァハァと息をしながら動けなくなった。

 

「面白いな〜」マナタ君の声にみんなも「うんうん」と答える。寝転びながら今滑ってきたばかりの坂の上を眺めていたムタ君がその斜面の向こうにある山を見て「あの山に一度でいいから行ってみたいなぁ」言った。モモタ君が「でも鬼じいってのが見張っていて中には入れないらしいよ」と言う。メグロ君も「あ〜俺もそれは聞いた。なんでも怒らせると相当怖いらしいぞ。」と答える。

 

その一帯の山はふもとに住む河守という家の土地だった。そこに住む老人は元は有名な製薬会社の社長だったが、数年前にその座を息子に譲り、今は悠々自適な生活をしているという噂だった。

 

山に入るにはその家の前の一本道を通って行くしかないのだが、老人はどういうわけか山へ立ち入ることを決して許さなかった。そのせいもあって、山にはカブトムシやクワガタが山ほど居るとか、キノコが取り放題だとかいう噂が絶えず、誰もが一度は入ってみたいと思っていたのだ。

 

特に子供たちは昆虫の誘惑に勝てずにコッソリ入っていこうとするのだが、どういうわけかすぐに見つかってしまい、追いかけてきた鬼じいにあだ名の通り鬼のような形相で怒鳴られて大慌てで逃げ出してくるのが常だった。

 

「じゃあさ、あの山の奥に沼があるって話は聞いたことある?」とムタ君。「へ〜、そうなんだ?」とみんなが知らない様子なのをみると少し得意になって「なんでもその沼にはものすごく大きなヌシが居るらしいぞ。」「え、ものすごくってどのくらい?」モモタ君が興味深々で聞き返すと「5mくらいあるらしい」「5m!!」みんなびっくりして聞き返した。

 

「釣り人が何人も引きずりこまれそうになったって言う話だよ」「うわーすげーっ」「ホントかよ〜」とひとしきり騒いでいると、マナタ君がみんなを順に見て「・・・なんかさ、見てみたくないか?」と言った。みんなは声をそろえて「見てみたい!」そしてみんなはその沼へ行くことにした。

 

そうと決まればまずは作戦会議だ。「あの家の前を通っていくと必ず見つかるらしいよ。」とミノル君。「それじゃそこは通れないな」とメグロ君は言うと「だったら通らなければいいんだよ」とマナタ君。モモタ君が「でも他には道なんてないよ・・」と山の辺りを想像しながら言うと「道は無いけど、横っちょの方からよじ登るってのはどうかな?」とムタ君。「よし、それじゃ一丁よじ登ってみようか!」マナタ君が言うとみんなはいつもの通り「おーっ!」と歓声をあげた。

 

鬼じいの家が見えない辺りの山の斜面をみんなは登り出した。斜面は急だが無数に生えている木が手がかり、足がかりとなって、身軽な少年たちは苦も無く登っていく。かなり登ったところで下のほうを見てみると遠くにある学校が見えた。

 

「もう少しでこの斜面も終わりそうだぞ!」と上を見上げながらマナタ君が言う。「そしたら普通に歩けるようになるね」とミノル君汗をシャツの袖で拭きながら言うと「ちゃんと道が見つかるかな?」とモモタ君が暑さで真っ赤な顔をして言う。ムタ君がいつもの気軽さで「なに、歩いているうちに行き当たるさ」と答えるとメグロ君も逞しい腕で木を掴み身体をグイと引き上げながら「そうそう」と簡単そうに言う。

 

やっと比較的ゆるやかなところへ出ると、目の前には森閑とした景色が広がっていた。聞こえてくるのは鳥と虫の鳴き声だけ。道無き道を歩き始めた自分たちの足音がやけに大きく聞こえる。「このままじゃ歩きづらいから、とりあえず道を探そなくちゃ」マナタ君が言い、みんなは道がありそうな方角に向かって歩き始めた。

 

しばらく歩いているとモモタ君が急に一本の木を指差し、興奮した声で「あ、カブトムシだ!」と言った。見てみると大きなカブトムシが昼間だと言うのにのんびりと樹液をすすっている。近づいてみると1匹だけじゃなく木の後ろにも同じような大きいカブトムシが2匹ほどいた。「よし、帰りに獲って帰ろう。それまでそこを動くなよ!」とメグロ君も眼を輝かせる。やはり噂は本当でこの山は昆虫が山ほど居るようだ。

 

そのまましばらく歩くとやっと道らしきものに行き当たった。「この道をたどっていけば沼に行けるんじゃないか」というムタ君の言葉にみんなも勇気付けられた。ムタ君は天性の方向感覚を持っているため、彼がいれば決して道に迷うことは無い。

 

そのまま30分ほど歩いたとき、急に霧が出てきた。進むにつれ霧は段々と濃くなっていき、ついにはすぐ目の前も見えないほどになってしまった。このまま歩き続けるのは危険なので、みんなで一塊になり休憩することにした。持ってきたお菓子を食べながら一休みしていると、そんなに遠くないところで何かが水の上を跳ねるような音が聞こえた。

 

「あ、今の聞いた?水の音が聞こえたよ」ミノル君が言うと、「うんうん、聞こえた、もう沼のすぐ近くまで来ているみたいだな」とムタ君。「早く霧が晴れないかな〜」とモモタ君は当たりを恨めしそうに見回す。

 

ほどなくして、出てきたときと同じくらいにあっけなく霧が晴れてきた。段々と見通しが良くなって来た時「あ、沼みたいのがある!」マナタ君の声でみんなもその方向に目をやる。確かに沼だ。まだ霧のせいで全体は見渡せないが、こんな山の上にあるにしては予想以上に大きな沼だった。

 

「ここに5mを超えるヌシがいるのかな?」モモタ君が言う。霧のせいで周囲がはっきりと見渡せないため、沼を幻想的に見せている。なので何かそういう途方も無いものが水面下でうごめいていると思わせる雰囲気が沼にはあった。あまり近づくとヌシに引きずりこまれそうな気がして、そっと足音を立てないようにしてみんなは沼へと近づいていった。

 

一塊の霧がすうっと流れていく水面は、波一つ無くまるで鏡のようだ。みんなは沼のすぐそばまで行き、恐る恐る水面を覗き込んでみる。丁度その時、すぐそばでパチャ!と音をたてて魚が跳ねた。

 

「わーっ!」みんなは驚いて後ろに跳びすさった。そしてそれが小魚のたてた音だとわかると“ふう〜”と息を吐き出した。自分も思いっきり驚いたくせに、メグロ君がモモタ君にいつもの調子で「おいおい、なにをそんなにビビッてるんだよ?」とからかうと、モモタ君はまだ震える声で「え、なにが?ちょっと木につまづいて跳び跳ねただけだけど?」と強がりを返す。そんな様子を見て他のみんなも笑いだし、ビクついていた空気がかなり薄らいだ

 

「なんだかこうして見てみると普通の沼だよね」ミノル君が言うと「でもヌシは居そうだぜ」とムタ君。「そんじゃ早速はじめるか」マナタ君が言うとみんなはそれぞれ背負っていたリュックから色々なものを取り出し始めた。

 

マナタ君はパンを1斤、ミノル君は魚屋で買ってきたアジの開き、ムタ君はそれで良いのかいつものハンバーガー、メグロ君は釣具店で買ってきた練り餌、モモタ君は駄菓子屋で買ってきたふ菓子。捕まえる気は最初から無いけれど、エサで誘ってせめて姿だけでも見てみたいと思っていた。

 

「よし、それじゃ僕から行くよ」まずはマナタ君がパンを思いっきり沼めがけて投げ込んでみた。パンは弧を描いて飛んでいき20mほど離れた水面に落ちると、完全には沈みきらずプカプカと浮いている。小魚が集まってきているのか時々クックッと動くが特に変わった様子は無い。

 

そのまましばらく様子を見てみたがこれといった変化が無いため、次はミノル君とメグロ君が同時に投げてみることにした。ミノル君はフリスビーを投げるようにしてアジの開きを投げ込んだ。思ったより飛ばずに10mほどのところに落ち、そのままプカプカしばらく浮いていたがやがてスウッと沈んでしまった。

 

メグロ君のほうは練り餌を丸めたものを野球のボールのように投げた。かなり遠くまで飛んでいき、ハデに水しぶきを上げて落ちたが、そのまま沈んでしまったため、そのあとどうなったのかさっぱり判らなくなってしまった。

 

「なんだ全然ダメだな〜。ここはやっぱり俺の出番か」とムタ君がハンバーガーを包んでいる紙から取り出そうとしたとき、「コラーッ、そこで何をしている!!」という大きな声がした。反射的に声のするほうを見ると、なんとそこには鬼じいが腰に手を当て、怒った顔をしてこちらを睨んでいた。

 

「うわっ、鬼じいだ!」とモモタ君が小さな声で叫ぶ。まさかこんなところで見つかるとは思っても居なかったので誰もが驚いたが、逃げるわけにも行かず、これから散々に怒られることを想像して、しょげかえった様子でその場に立っていた。

 

ところが鬼じいはその場に立ち腰に手を当てた格好で立ったまま、一向にこちらへやってこようとしない。変だなと思ったがまだこちらを睨んでいるので仕方なく、怒られるために鬼じいの方へ向かって歩き出した。

 

すると鬼じいが「コラッ、こっちに来るな、そのまますぐに帰れ!」と言った。“あれ、もしかしたら怒られずに済むかな?”と仲間たちは顔を見合わせた。「そういうことならとっとと逃げ出そうぜ」とメグロ君が小声でみんなに言った。「それが良いね」とミノル君たちも賛成し、帰ろうとしたとき、「ちょっと待って!」モモタ君がみんなを引き止めた。

 

「どうした?」マナタ君が聞くと、「鬼じいの胸に枝が刺さってる!」「えーっ!」改めて良く見てみると確かに鬼じいの胸に枝が刺さっている・・・というより胸から枝が生えている。「どうなってるんだ?」とムタ君。

 

そこでマナタ君が勇気を出し、大きな声で聞いてみた「おじいさん、もしかして怪我していませんか?」すると鬼じいは不思議そうな顔をして「怪我なんぞしとらんぞ、何言ってるんだ?」と普通に答えた。しかし胸からは相変わらず枝が。しかも風に吹かれてそよそよと葉がなびいている。

 

みんなは怒られる恐怖よりもどうなっているのかという好奇心のほうが強くなってしまい、鬼じいの居るほうへ少しずつ近づいていった。「お、おい、こっちへ来るなと言ってるだろう!早く帰れ!」鬼じいは慌てて言った。本当は好奇心で近づいているのだが、「本当にごめんなさい、反省しています」などと口々に言いながらどんどん近づいていく。

 

鬼じいのすぐ目の前まで来たみんなは、胸から生えている枝をマジマジと見てみた。“うわーっ、本物の枝だよ・・・”後ろのほうでムタ君が囁く。そのときかすかにシューという音がどこからか聞こえていたのだが、枝の方が気に気を取られていたためその音には誰も気がつかなかった。

 

マナタ君がわざと神妙な顔をして「黙って入ってきちゃって本当にごめんなさい。」と言うと、「う、うむ。判ったならもう良い、早く帰りなさい」と鬼じいが答えた。“あれ、何か変だな”一番前に居たマナタ君とミノル君は同時に思った。しかしそのときは何が変なのかがよく判らなかった。

 

「はい、判りました。これから急いで帰ります」「うむ、気をつけてな」「ところでおじいさん、その胸から生えているように見える木の枝はどういう風になっているんですか?」「なに、枝?」鬼じいは下ではなく、なぜか上を向いて、“あっ!”という顔をし、慌てて言った「あ、ああ、これな、これはそのなんだ、ア、アクセサリーだよ」「アクセサリー?」みんなは同時に言った。

 

「そうそう、こうやって葉っぱがなびくのを見ていると気が休まるんだな」というと無理に作り笑いをしてみんなのほうを見た。そのときさっき何が変だったのかにマナタ君は気づいた。鬼じいは年寄りとはいえ大人。つまりみんなよりも当然背が高い。それなのに声はみんなの頭より少し低い位置のである鬼じいのお腹の辺りから聞こえるのだ。

 

と、そのとき、一枚の葉っぱが上のほうから舞い落ちてきた。見るとはなしに見ていると、なんと葉っぱは鬼じいの右肩から入り一瞬吸い込まれたようにして消えたあと、今度は左の脇腹の辺りから現れた。葉っぱが鬼じいの身体をすり抜けたのだ。

 

それをみたモモタ君が「も、もしかしてこのおじいさん幽霊!」と腰を抜かしかけた。みんなも落ち葉が身体をすり抜けるのを見ていたため“まさか”と思いながらも思わず数歩後ずさった。

 

そして鬼じいに成りすましているなにかに向かい「お前鬼じいじゃないな!一体何者だ?」とマナタ君は言った。すると鬼じいの姿をしたなにかは「ふうぅ、あのまま帰ってくれれば良かったのになぁ」と言うと、急に輪郭がゆらゆらと揺れてぼやけ出し、すうっと霧が晴れるように消えていった。

 

そしてその霧がすっかりなくなると、なんとそこには今まで本や映画でしか見たことがないあいつが立っていた。そいつはカッパだった。

 

バシャーン!カッパは正体を現すと同時に沼へ飛び込んだ。そして少しはなれたところで顔を出すと言った「ふう、やっぱり子供は面倒だな〜、大人だったらあのまますぐに帰ったろうに・・・。」しかしみんなはまだ驚いた顔をして、そんな声も聞こえていないようだ。

 

それを見たカッパは「こら、お前たち!ボヤボヤしてると沼に引きずりこんで頭から食っちまうぞ!」と怒鳴った。“ふふ、これでこいつらも泣きながら走って帰るだろうよ”カッパは水の中に顔を半分沈め、みんなからは見えないようにしてニヤッと笑った。

 

ところが予想に反して「わーっ、カッパだ。すげーっ!!」と興奮した声でメグロ君が言うと、みんなもセキを切ったように喋り始めた。「ねぇ君、本物?」「やっぱり居たんだ!」「おお、見ろよ頭にちゃんと皿があるぞ!」「ねぇ誰かカメラ持ってきてないの?」みんなは怖がるどころか大興奮で騒ぎ立てている。

 

カッパはそれを見て「おいおい、マジかよ。全然怖がってねーじゃん・・・」とあきれた顔をした。マナタ君が「ねぇこっちに来て少しだけでいいから話しない?」と言った。カッパはもう怖がらせるのも諦めた様子で「ヤダね!」と言った。

 

「え〜、なんで?」ムタ君が聞くと「だってお前ら、おいらの事をイジメる気だろ?」と答える。みんなは慌てて「イジメない、イジメない。そんなこと絶対しないよ!」と口々に言った。「ホントか?」「うん、ほんと、ほんと!」「もし約束を破ったら、おいらの仲間が大勢で仕返しするからな!」

 

「絶対に破らないよ」マナタ君が言うと「じゃあ、少しだけだぞ・・・あ、それともう一つ条件がある」「なに?」「その手に持ってるハンバーガーくれるか?」とムタ君がまだ手に持っていたハンバーガーを見ながら言った。ムタ君は「ハンバーガーだったらまだまだこんなにあるよ。来てくれるなら全部やるぜ!」とリュックの口を開いて見せた。中にはハンバーガーがぎっしりと入っていた。

 

カッパは岸に上がってくると、用心深くすぐにでも池に飛び込める体勢を取りながら、みんなから少し離れたところまで来ると立ち止まった。「はい、それじゃ約束どおり全部あげるよ」とムタ君が近づこうとすると、「こっちへ来るな!そこから投げろ。」といった。ムタ君は言われたとおりリュックごと投げてよこした。

 

カッパが手袋を外すと、水かきなど無い普通の手が現れた。みんなが見ているのに気がつくと手袋を振りながら、「あ、これ水泳用の手袋な」と言った。そしてハンバーガーを一つ取り出すとチラッと見て「なんだモックか、おいらはムスのほうが好きなんだけどな」などと言いながら器用に包装紙を半分だけ剥き、手にケチャップがつかないようにして持つとパクリと食べた。「ん〜、冷めてる割にはこれも中々イケるな〜」。

 

それを聞いたミノル君が「君、随分ハンバーガーのこと詳しいね。誰から聞いたの?」すると「誰ってそんなのしょっちゅうテレビのCMでもやってるじゃんか」と答えた。「テレビ〜〜!」「君テレビ見たことあるの?」あまりに意外な返事に驚いた様子でミノル君が聞き返す。

 

すると、ジロっと睨み返して「お前らおいらたちのことバカにしてないか?いまどきテレビの無い家があるのかよ?」と逆に聞いてきた。「え、家って・・・」その答えにみんなは声を失った。その様子を見たカッパは「おいおい、マジかよ・・・」と逆に驚いている様子だ。

 

「おいお前ら。お前らがおいらたちのことで知っていること全部言ってみな。」と言った。マナタ君は「相撲が大好きでよく子供たちと相撲をする。それと頭のお皿が割れたり、お皿の水がなくなると死んじゃう。」

 

「別に相撲が死ぬほど好きって訳じゃないぜ、たぶん昔は何もすることがないんで、たまたま相撲でも取ったんだろう。それとこの皿割れても死なないぜ。だってこんなの消耗品だからな。ほれ!」と皿を外して見せた。

 

みんなは「お〜っ」と驚きの歓声を上げた。「体が大きくなるにつれて皿も大きいのに替えていくんだ。それといつも濡らしているのはすきま無くぴったり嵌める為な。だから皿が割れても水がなくなっても死にゃあしないんだ。実際おいらだってもう何枚も割ってるしな。ただ、皿の下は急所だから割れたりとか、水がなくなって隙間が緩んできたりとかするとちょっとオタオタしちまうけどな」

 

「そうだったんだ〜」みんなはその説明に驚きつつも納得した。次にミノル君が「寿命は1000年、人間のお尻から尻子玉を取る。とられた人間は死ぬ。それと肝を抜くってのもあったかな。」

 

「あ〜、それはおいらもテレビでそう言ってるの観たことあるよ。でもさツルやカメじゃあるまいしそんなに生きるやつが居るわけないだろ?あ、ツルやカメだってそんなには生きないか。それに尻子玉って何だ?そんな器官が人間にはあるわけ?無いだろ?だからそれも嘘っぱち。それと肝ってレバーのことだよな?おいらレバーは苦手だ〜。食べたときのあのムニュっとした食感とあの独特の臭いがダメなんだよなぁ。」

 

「言われてみれば尻子玉ってなんだろう?そんなの体のどこにも無いよね〜」とミノル君。するとムタ君が「でもキュウリは大好物なんだろ?」

「まぁ確かに好きだけど大好物ってほどでもないよ。おいらはどっちかって言うとトマトの方が好きだな。」

 

メグロ君が「沼の中に住んでいる・・・かな?」「そういやさっきも家って聞いて驚いてたけど、沼のどこに住んでると思ってるわけ?まさか底じゃないよな?魚じゃないんだからさ、どう考えても無理でしょ?息出来ないじゃん。」

 

「う〜ん、確かにそうだな〜」とメグロ君。最後にモモタ君が「さっきも化けてたけど、それって確か笹の葉で化けるんでしょ?」「グハッ・・・有り得ねぇ・・・なにそれって狸が葉っぱを頭に乗せて化けるっていうやつのパクリ?」

 

「あ〜もう良い、もう良い。やっぱそんなことだろうと思ったよ」カッパはむっつりとした顔で言った。「だって、テレビや本でしか見たこと無いんだもの。本当に居るのだって今日初めて知ったんだし・・・」とミノル君。

 

すると少し困った顔になって「むぅ、そう言われてみると確かにお前らは悪くないかもな。小さい頃からそんな風に聞かされていればそう思っちゃうのも仕方ないか・・・。」そして文句を言われシュンとしたみんなを見回すと、だいぶ慣れてきたのか少し近づいて「おい、立ったままじゃなんだからみんなそこに座れよ。」と言った。

 

みんなは言われるとおりその場に腰を下ろした。するとカッパは2個目のハンバーガーを取り出すと残りを放ってよこし、「みんなで食べながら話そうぜ」と言った。みんなはそれを聞いて「わ〜っ!」と歓声を上げた。

 

「今お前たちが言ったことって昔から伝わっているやつだろ?」みんなはうんうんと頷く。「でもさ、それって何年前よ?100年?300年?そんな昔は人間だってテレビも無けりゃ電気すら無かっただろ?」「うん、確かに。」とミノル君。「これだけ文明が発達しているのになんでおいらたちだけは昔のままだと思う?そんな訳無いじゃん。おいらたちだって毎日風呂にも入れば、テレビだって見る。生活水準はお前たちと全く同じだよ。」

 

「え〜〜っ!」みんなその話に唖然としている。「さっきの寿命が1000年とか尻子玉を取るとかってのは、みんな人間が作った話じゃん。なんかもうメッチャ悪者っぽいイメージつけられて、こっちはもう、いい迷惑だよ。」「本当だ、確かに聞いてたのとは全然イメージが違うな〜」とマナタ君。

 

「あっ、でも変身はどうやってするの?笹の葉じゃないってのは判ったけど・・」とモモタ君言うと「ああ、あれね。あれはこうやるんだよ」そういうと頭の皿からシューッというかすかな音とともに蒸気が噴き出してきた。

 

その蒸気が見るまにカッパの全身を覆ったと思うと、それは段々と鬼じいの姿に代わっていった。「おーっ、すげー!鬼じいになった。」「どうなってるんだ?」するとカッパは「これはおいらたちが敵から身を守るために備わった能力さ。」と言った。

 

「皿から蒸気を出して自分の思ったとおりに相手に見せることができるんだ。」というと「こんなのにもなれるぜ」というと鬼じいがユラリと揺れると今度はテレビでよく見る人気アイドルになった。「わーっマリリンだ!」みんなは大喜びした。

 

「ただ姿だけで声はモノマネ程度しか出来ないけどな。」とマリリンがカッパの声で答えた。「こうやっておいらが上を見れば上を向くし、下を見れば下を向くんだ。結構よく出来てるだろ?」そしてシューッと言う音が止むとまたカッパが姿を現した。「まぁそういうことだから、あまりおいらたちのことをバカにしないでくれよな」「いままでずっと勘違いしてたんだね、ごめんね。」

 

みんなは頭を下げた。あまりに素直謝られてしまったので少しバツが悪くなり「ま、まぁ良いってことよ」とあわてて言った。「カッパも僕たちと同じなんだな」とメグロ君が言うと「おい、ちょっと待った。いまお前カッパって言ったな?」メグロ君は「言ったけど・・・なに?」と聞くと

 

「そのカッパって名前、おいらあまりスキじゃないんだよね。なんか古臭くてさ。そもそもそれって人間がつけた名前だろ?」「自分たちではなんて呼んでるの?」とモモタ君が聞くと「おいらたちは自分たちのことを☆#※*◆∴∽って呼んでいるよ。」「え、いまなんて?」「☆#※*◆∴∽だよ」「さっぱりわかんない・・・」「お前たちには少し発音が難しいかもな。

 

例えばエスキモーって呼ばれてた人が今ではイヌイットと呼ばれたり、ニグロと呼ばれてた人達がアフリカ系アメリカ人と呼ばれるようになったのは知ってるだろ?だから無理やり押し付けられた名前に甘んじているのはもう時代遅れだと思うんだ。」

 

「じゃ、カッパじゃなくてその☆#※・・なんとかって名前で呼ばれたいってこと?」とマナタ君が聞くと「いや、それよりももっと親しみが持てて、更に覚えやすい名前をおいら考え考えてみたんだよ。」「なになに?」みんなが乗り出すと「それはな“リバー・サイド・キッズ”さ!」と得意げに言う。

 

「カッパって漢字で書くと河の童って書くだろ?だから最後はキッズにしてみたんだよ。どうだ、カッコイイだろ!」カッパが得意げなのに反し、それを聞いたみんなの反応はイマイチだった。「いやカッコいいんだけど・・・なんで英語?カッパ語じゃないじゃん。」とミノル君。「それになんでリバーなの?沼だったらマーシュとかレイクとかじゃないのか?」ムタ君が言う。

 

すると「どっちもなんかこうどよーんとしたイメージがあるだろ?それよりはやっぱりリバーの方がアクティブな感じがしてカッコイイじゃん。」その答えに賛成していいものか迷っていると、マナタ君が「まぁでも確かにカッパよりカッコ良いかもね」と言った。

 

すると嬉しそうに「だろっ、だろっ!お前中々わかってるなぁ〜」とニコニコする。「だからこれからはおいらたちのことはリバー・サイド・キッズって呼んでくれよな。あ、もしも長くて面倒ならRSKでも良いぜ。」ともうすっかり改名済みのといった様子だ。

 

「ところで君の名前はなんていうの?」ミノル君が聞くと「ん、おいらはじょう・・ジョニーって呼んでくれよ」「わー、また英語だな」メグロ君。「英語の方がなんだか響きが良いからな」マナタ君たちも遅まきながら自己紹介をし、そのあとも時間を忘れて色々な話をして楽しく過ごした。

 

日が傾いてきたのに気づき「お、もうこんな時間か。さて、今日はもう遅いから帰らないと、母ちゃんに叱られちゃう。」「あ〜、もうこんな時間か」時計を見ながらミノル君が言う。「楽しかったんであっという間だったな」とメグロ君。「でもまたあの山の斜面を降りるのは大変だよ」とモモタ君が言うと「えっ、お前ら山道から来たんじゃないのか?」

 

鬼じいに見つからないように来たことをジョニーに教えると「なんだそんなところからわざわざ来たのか。わかった河守の爺ちゃんにはおいらから言っておくから、ちゃんと道なりに帰って大丈夫だぞ。それと来るときももう平気だからな。そんじゃまたな。」そういうとジョニーは沼の縁を歩いて去っていった。

 

言われた通り帰りは道に沿って山を下っていった。鬼じいの家が見えてくると、その前に今度は本物の鬼じいが立って待っているのが見えた。そして近くまで行くと鬼じいはいつもの怖い顔で言った。「おい、君たちちょっと待ちなさい。」みんなはやっぱり怒られるのかなと少し身構えた。

 

「まさかこんな子供たちに沼まで行かれてしまうとはな・・・。君たちは知らなかったろうが、この山には誰も入れないようにあちこちに警報装置が仕掛けてあるんだ。だから黙って入ってもすぐわかるようになっている。だが、まさか山の横から入ってくるとは思いもし無かったよ。」

 

「・・・すみません、勝手に入っちゃって・・」みんなが口々に謝ると「もうそのことは良いさ。それよりな君たちに大事な話がある。」「大事な話?」「いや、頼みと言った方が良いな。今日この山の中で見たこと、あったことは決して誰にも言わないで欲しいんだ。」「それってカッパ・・・じゃなくてリバー・サイド・キッズのことですか?」「リバー・サイドなんだって?」「ジョニーがこれからはそう呼んでくれって」「ジョニー?・・ああ、丈太郎のことか」

 

「丈太郎って言うんだ。」みんなはジョニーの実際の名前が英語でもカッパ語でもないことを知ってまた少し親近感が沸いた。「あいつめ、またテレビばっかり見て、海外ドラマにでも影響されているんだろう。もっともこの狭い山の中しか自由に動けるところが無いのでそれも仕方ないがな・・。」

 

マナタ君が「おじいさんは昔からジョニーとは知り合いなんですか?」「私はあいつが生まれたときから知っているよ。丈太郎は私の孫みたいなものさ。」マナタ君はおじいさんがジョニーのことを話すときは、いままで見たことも無いような優しい顔になることに気づいた。

 

そしてまた少し怖い顔に戻ると「私たちはもう何代にもわたって彼ら一族と助け合ってきたんだよ。彼らには薬を作る才能があり、私らにはそれを売る才能があった。お互い得意なことで協力しずっと今までやってきたんだ。」

 

「あ、それじゃおじいさんの会社で作ってる薬も実はリバー・サイド・キッズたちが作ったんですか?」とミノル君が聞くと「まぁだいたい8割はその・・・なんだっけ、リバサイか?・・が作ったものだな。」「へぇ〜、そうだったんだ。知らなかったな〜」みんなは驚いて言った。

 

「そういえばジョニーが言ってたけど、ちゃんとした家に住んでるってホント?」「もちろん本当だとも。もしかしたら君たちよりも快適に暮らしているかもしれないぞ。」「電気や水はどうしているんですか」ミノル君が聞くと「山の斜面にソーラーパネルを貼ってそれで賄っているんだよ。水は電動式のポンプで井戸水を汲み上げている。」「うわ〜」みんなはそれを聞いて本格的に近代化されていることを実感した。

 

「でもどうしておじいさんたちはジョニーたちと協力することになったんですか?」マナタ君が聞くと「わしの先祖は薬売りでな、あるとき山で迷ってしまい、峠の辺りで足を踏み外して大怪我をしてしまったらしい。そのときに丈太郎の祖先に助けられたそうだ。

 

そして彼らの世間で言われているような怪物などではなく、本当は親切で平和的なその性格を知り、やがては親友と呼べる間柄になり、それから今までずっとこうやって助け合って暮らしてきたのさ。」

 

「だったら他のみんなにもリバー・サイド・キッズの本当の姿を教えてあげれば良いのに。」とミノル君が言うと「それは出来ん!」「どうして?」とムタ君が聞くと「彼らのことを世間の者が知ったらどうなると思う?珍しさから大勢がこの山に押しかけてきて、日本ばかりか、世界中の見世物にされてしまうだろう。最悪の場合は剥製や標本に欲しがる者さえ出てくるかもしれん。いずれにしても、一度彼らのことが知られてしまえばもう安心して生活することは出来なくなってしまうだろう。」

 

「だから彼らのことは他の人に決して言わないようくれぐれも頼んだよ。」「判りました。絶対に誰にも話しません。・・・だから・・」「もちろん君たちだけはこれからも丈太郎と遊んでやってくれて構わないよ。あいつにだって友達が必要だからな。これからも仲良くしてやってくれ。」「はいっ!」みんなは元気よく返事をした。

→後編へ続く