不思議な箱




→後編へ続く


次の日は学校があったが、放課後になるとすぐにまた沼まで出かけていった。ジョニーはみんなを待っていた様子でこの前の場所に座っていた。みんなが近づいていくと「遅かったな〜。」と言いながら立ち上がった。「今日は学校だったんだ。でも終わってからすぐに来たんだぜ」とメグロ君。

 

「そうか学校か〜、おいらも一度で良いから行ってみたいな〜」とジョニーが言うと「え、そしたら勉強はどうしてるんだ?カッパ・・じゃなくてリバー・サイド・キッズの学校とか無いの?」とムタ君。「お、良いね〜その響き!ん〜、学校はないな。でも勉強はするぞ。家庭教師みたいな感じだな。」

 

「ふ〜ん、RSKはみんなそんな風に勉強してるのか〜。」とミノル君が言うと「お〜っ、その呼び方も良いねぇ。いまは子供が少なくておいらと同じ位の歳の奴が他に居ないからな。でも子供が多いときには学校みたいにして勉強してたときもあったみたいだぞ」とジョニー。「へぇ〜そうなんだ?」とメグロ君。「なんで子供が少ないの?」マナタ君が聞くと「最近はおいらたちの社会も少子化が進んでるんだよ」と言った。「へぇぇ〜!」みんなは自分たちとそんなところまで似ているのに驚きながら言った。

 

「でも同級生が居ないんじゃ寂しいな。」ムタ君が言うと、「まぁでも今までずっとそうだったからな、もう慣れちゃったよ。」とジョニーは言った。「勉強で得意なのは何?」ミノル君が聞くと「体練だな。こう身体を動かすやつな。」「それって体育みたいなもんかな?」とマナタ君。

 

「じゃあ嫌いなのは」モモタ君が聞くと「一番厄介なのは薬学だな。」「ヤクガク?」聞き返すと「うん、薬の勉強だよ。おいら父ちゃんに習ってるんだけど、なんかチンプンカンプンなんだこれが。」「へぇ〜、お父さんが先生なのか?」とメグロ君。「厳しいぜ〜!」「大変だな〜」とムタ君。その後もまた色々とリバー・サイド・キッズたちのことを教えてもらったり、自分たちの遊びを教えたりしながらみんなは楽しく過ごした。

 

それからもみんなは毎日のようにジョニーの元へ遊びに行った。しかしある日のこと、いつものように沼へ行こうとすると、鬼じいの家から知らない女の人が出てきて、「ごめんなさい、今日は丈太郎は遊べないの。また今度来てくれる?」と言った。

 

「え、なにかあったんですか?」マナタ君が聞くと「いえ、ちょっと用事があってね」と詳しいことは教えてくれなかった。次の日も同じように返された。しばらくは会えないと言われたので、みんなは仕方なく行くのを控えることにした。

 

そして1週間が過ぎた頃。その日は午前だけの授業で、昼頃にみんなが学校から帰ろうと校門を出ると、そこから少し離れたところに立っていた見知らぬ少女がこっちに向かって手を振ってきた。それを見てメグロ君が「うわっ、可愛い子だな、誰の知り合いだ?」と聞いた。誰も知らなかったのでみんなはブンブンと首を振った。

 

すると少女はみんなの近くまでやってきて言った「おい、何をみとれてるんだよ?おいらだよおいら、ジョニーだよ!」「え、ジョニー?」メグロ君は驚いた声で聞いた。「なんだかひさしぶりだね〜」「どうしてたの?」と再会を喜んだ。そしてミノル君が「僕たち何度も行ったんだよ」。マナタ君も「でもしばらく会えないからって言われて・・」。「スマン、スマンちょっと色々と忙しくてな」。

 

「今日はどうしたの?それより山から出てきても良いの?」とモモタ君が聞くと「ああ、こうやって変身していれば誰も気づかないしな。それに実はちょくちょく降りてきているんだぜ。・・・とそうそう、そんなことより頼みがあるんだ。」

 

「頼み?」「お前たちさ、このあいだ沼で “魂の実”のこと話してたろ?」「うん、でもジョニーはそんなの伝説の中の話だって言って信じなかったじゃないか」とミノル君。「ああ、だって魂の実と言えば、薬に詳しいおいらたちの間でさえ聞いたことはあっても誰も見たこともないという幻の薬だからな。」とみんなを見回す。

 

「でな、もし本当にあるって言うんならおいらをそこまで連れて行って欲しいんだ。」「どうしたの、誰か病気になった?」とミノル君が聞くと少し暗い声で「河守のじいちゃんが倒れたんだ」と言った。それを聞いたみんなはびっくりしてしまった。数日前まで元気にしていたからだ。

 

「おれも一緒に手伝って、父ちゃんと色んな薬を作って飲ませてみたけど、一向に良くならないんだ。仕舞いにはみんなももう寿命だから仕方ないとか言い出しやがって・・・。でもおいらは絶対に諦めないぜ!じいちゃんには100まで生きてもらう約束だからな!」それを聞いてみんなはすぐに言った「判った、それじゃ急いで行こう!」。

 

「ジョニーはおじいさんのところで待ってて、急いで用意して迎えに行くよ。」とマナタ君に言われ「判った」とジョニーの変身した少女は走っていった。

 

みんなはジャンパーにゴーグルをそれぞれ用意し、鬼じいの家まで急いだ。家に着くと少女の姿をしたジョニーが出てきた。「なんだ、まだ変身してるのか?」とムタ君が聞くと「うん、じいちゃんの親戚の人とかがたくさん来てて、いつもの姿だと居づらいんだよ」と言った。

 

「じゃあまずはこれを着て」そう言うとミノル君はリュックの中からジャンパーと予備のゴーグルを出しジョニーに手渡した。ジョニーは訳もわからないまま素直に着る。「それじゃ用意は良いね」とマナタ君が聞くとジョニーは「うん」とうなずいた。

 

マナタ君は胸のポケットから1本の羽を取り出すと、大きく息を吸い込み羽に口をつけ、思いっきり吹いた。“ぴいいぃぃぃぃぃ!”辺りに澄んだ高い音が響き渡る。そしてしばらくすると遠くの空にぽつんと黒い影が見え始めた。

 

それは見る間にぐんぐんと大きくなり、やげて鳥の姿になった。ただその鳥が近づいてくるにつれ、その大きさが尋常でないことに気づく。その鳥はそらどんだった。そらどんはみんなを見つけるとゆっくりと大きな羽を広げ、旋回しながら降りてきた。

 

「久しぶりだな」そらどんが言う。「そらどん元気だった?」みんなも答える。「そらどん、早速だけど僕たちを長老の木のところまで連れて行って欲しいんだ」「オヤッサンのところか?」「どうしても魂の実が必要なんだ。」「魂の実だと?」みんなはかいつまんで今の状況を話した。「話は判った。あるかどうかは判らんがとりあえず行ってみよう。」「わ〜、ありがとう」みんなはそらどんの背中によじ登り始めた。

 

みんなが位置に着くとそらどんが「おい、そこの緑色の奴。お前は行かないのか?」と聞いた。すっかり忘れていたが、ジョニーの方を見ると、初めて見るそらどんのあまりの大きさに腰を抜かし、頭から蒸気を出すのも忘れて地面にペタンと座り込んでしまい、どうしていいか判らないといった様子でこっちを見ていた。

 

「お、おいら?」自分に言われているとわかると「い、いくらデカイからって、そんなに大勢乗って大丈夫なのかよ・・・ですか?」と言った。「ふん、お前なんぞ居ても居なくても大して変らん。怖いならそこで待って居ろ。」そう言われてジョニーは慌てて「い、行きます、行きますおいらも乗せていってください、お願いします。」そう言うなり、みんなと同じようにそらどんによじ登ると、手伝ってもらいながら落ちないようにロープでしっかりと身体を固定した。

 

「さあ、しっかりつかまってろよ」そう言うとそらどんは空に向かって飛び立った。あっという間に鬼じいの家が小さくなっていく。それでも更にそらどんはぐんぐんと高度を上げていく。やがて雲を突き破り遥か上空まで出ると羽を大きく広げてやっと水平飛行に移った。そのすぐ下には雲がまるで真綿で出来た絨毯のように続いている。ジョニーは必死にしがみつきながらもその光景に目を真丸にして見入っていた。

 

そして一行は2時間もしないうちに、あの森へと到着した。そらどんはいつもの枝にはとまらず、直接地面へ降り、そこでみんなを降ろした。するとすぐに懐かしい声が聞こえてきた。「おや、これは珍しい。お前たちは前に来た子達じゃな?」「あ、あのときはどうもありがとうございました。」「いや、いや、わしもお前たちに礼を言おうと思っていたんじゃよ。わしの古い友人を助けてくれたんじゃからな」と言うと長老の木は枝をユサユサさせて笑った。

 

「い・今喋っているのはその木なのか?」ジョニーの驚いた声が後ろから聞こえた。その声に気づいた長老は「お、これはまた珍しい。カッパじゃないか。長年生きているわしでも、カッパを見るのはまだこれで2回目じゃ。前のカッパはアメリカのカッパじゃったが、お前は日本のカッパのようじゃな?」

 

「そ、そうです。はじめまして、おいら丈太郎と言います。ジョニーと呼んでください。」「おや、礼儀正しい子じゃの。よろしくなジョニー」ジョニーは小さい頃から河守の老人に可愛がられて育ったため、年寄りに出会うとどうしても礼儀正しくなってしまうのだ。

 

長老はそらどんの方を見ると「さて、今日はどういった用向きじゃな?」と聞いた。そらどんが黙っていると「ほう、用事があるのはお前じゃなくてこの子達の方か、どれ話して見なさい」と言った。

 

するとジョニーが「た・魂の実をいただきたいんです!」と言った。「魂の実じゃと?・・・残念ながら3ヶ月ほど前に最後の実がなくなったところじゃよ。次に実がなるのは3年後じゃ」「3年!・・・それじゃ間に合わないよ!」「ふむ理由を話して見なさい」ジョニーは河守のおじいさんのことを一生懸命話した。

 

「ふむ、なるほどな。確かにカッパの技術を持ってすればあの実を人間用に効果を薄めて、作ることができるかもしれんな。じゃがもう実はなくなってしまった。残念だが諦めるんじゃ。」「そ、そんな。だったら他にあるところを教えてください!」「わしの知っている限りではもう無い。」

 

「そんな・・・・おいら・・おいらは絶対にじいちゃんを助けるんだ!なにか他にも方法があるはずだ。」「諦めるんじゃ、全てのものに死は平等にやってくるのじゃからな。」「いやだ!絶対に助ける!」「なぜカッパのお前が人間の、しかも年寄り一人にそこまで一生懸命になるんじゃ?」

 

「じいちゃんは人間。そしておいらはカッパ。なのにじいちゃんはそんなの関係なくいつだってそばに居てくれた。それにおいらのこといつも自分の孫だって言って可愛がってくれた。なのにおいらはじいちゃんにまだなにもしてやってない!今が、きっと今こそ恩返しするときなんだよ!それに年寄りはさ、国の宝って言うじゃないか。おいらはその宝を守りたいんだ!」

 

「年寄りは国の宝か・・久しぶりに聞かせてもらったわい。そんな言葉、今時人間でも言わんぞ・・・」そういうと長老は考え込むように何も言わなくなった。しばらくして「そうじゃ、薬作りに長けているお前たちなら、もしかすると実は無くともその葉から薬が作れるかも知れんな。葉ならまだいくらでも残っている。それを持っていったらどうじゃな。もちろんあの木の葉じゃ、それなりの薬が作れるのは間違いないじゃろう。」

 

それを聞くとジョニーは「判りました、やってみます」と言った。「しかし気をつけなくてはならないのは、あの葉は摘んでその切り口を空気に長時間さらすと急速に枯れてしまう。なにか密封できるものがないと帰るまで持たないぞ。」

 

「あ、それなら良い物を持っています」というなり、甲羅をオロシた。マナタ君はびっくりして聞いた。「えっ!それって外せるの?」ミノル君が地面に置かれた甲羅を指差して聞くと「ん、ああこれ?これはおいらたちが愛用しているただの荷物入れだよ。防水のリュックサックみたいなものさ。」と言った。

 

よく見てみれば上にフックのようなものがついていて、肩に引っ掛けられるようになっている。ジョニーは甲羅の中から飴がたくさん詰まっているビンを一つ取り出すと、中身を甲羅の中にザァッと空けた。そのビンを長老に向けると言った。「これなら密封できます。」

 

ビンに葉を20枚くらい詰め込み、最後にビンの中に「はぁ〜」っと息を吹き込んでからしっかりと栓をした。ジョニーはそれを慎重に甲羅の中にしまいこみ、元の通りに甲羅を背負った。

 

そのあと長老にお礼を言って、急いでそらどんによじ登ると、鬼じいの下へ文字通り飛んで帰った。

 

「そらどん、みんなありがとうな。おいらは早速これをもって父ちゃんのところに届けてくるよ。それじゃ、またあとでな!」そういうとジョニーは父親の研究所まで走っていった。そらどんに別れを告げたあと、みんなは守口の家で待つことにした。ジョニーの友人だということですんなりと中に通してもらえたのだ。あまりに簡単に入れてもらえたのでモモタ君が「僕たちのこともしかしたらリバー・サイド・キッズだと思ってるのかもしれないよ」と言い、みんなも“ふふっ”と小さく笑った。

 

家の中では大勢の人が集まって、深刻そうな顔で話をしていた。「じいさんの後は誰が継ぐんだ?」「それはやっぱり兄さんが長男なんだから継ぐべきでしょ。」「しかし俺は会社の方をまだ見なけりゃならん」「その間だけでもお前に頼めないか」「あたしだってヒマじゃないのよ。それにこんな田舎に引きこもるのなんて考えただけでもイヤだわ!」

 

そんな言い合いを聞いてしまうと、鬼じいが居なくなったらジョニーたちはどうなってしまうんだろう。といまさらながらに鬼じいの存在の重要さに気がつかされた。

 

鬼じいは奥の部屋で寝ていた。そばには医者とその助手が付きっ切りで看病している。ジョニーに聞いていたところによれば、助手の方は沼から派遣されたカッパらしい。二人は時々深刻そうな顔で話す以外は黙ってじっと鬼じいの様子を見守っている。そして数時間が過ぎた頃、部屋の外が急にざわめき出した。するとまもなく変身したジョニーと恐らくジョニー父親とおもわれる人が部屋に入ってきた。

 

それを見た助手が医者にそっと耳打ちすると医者はしぶしぶといった様子でスッと立ち上がり部屋を出て行った。ジョニーの父親が部屋の障子が閉められるのを確認したあと、助手の方に向き直ると助手は深刻な顔で「今夜辺りが峠かと思われます・・・しかし恐らくは越えられないかと・・」と神妙な顔で言った。

 

するとジョニーの父親はだまってうなずき、持っていたバッグから緑色をした薬ビンを取り出した。それを見て「これがあの葉っぱから作った薬?」ミノル君が小声で聞くと「うん、父ちゃんが作ったんだ」とジョニーも小声で隣のカッパを指差して答えた。

 

静かな部屋でかすかにしていたシューという音が途切れると、部屋にカッパが3人現れた。父親は鬼じいの枕元まで行くと、低いが優しい声で話しかけた「仙蔵さん、仙蔵さん、起きておくれ。」すると鬼じいがうっすらと目を開けた。「・・・たっちゃんか、久しぶりだなぁ。しばらく見ないうちに随分と爺さんになっちまって・・」「ふふ、お互い様だよ」

 

そして鬼じいは目を細めると「なぁ・・二人で沼のヌシを捕まえに行ったの覚えているか?針に食いついたは良いが、そのまま引きずり込まれそうになったりしてな。」「そうだな。それでもなんとか二人で吊り上げたじゃないか。あの時は仲間をみんな呼んで大宴会をしたっけ。」「それでも大きすぎて全部は食べ切れなかったなぁ」「ああ、食べ切れなかった。」二人はしばらく思い出に浸るようにして黙っていた。

 

やがて鬼じいが「たっちゃんが来たってことは、そろそろ私も年貢の納め時ってことか。それを言いに来たんだろ?」「ああ、かもしれん。」鬼じいはふううと息を吐き出すと「わしは良い人生を送ってこられた。全く悔いは無い。ただ心配なのはお前さんや丈太郎のことだ。わしの息子たちがちゃんとやってくれれば良いんだがな・・」

 

「そんなことは心配しなさんな、あとのことはあとの者が考えるさ。それよりな、丈太郎がそこに居る友達に手伝ってもらって、珍しいものを見つけてきたんだ。まだ何の検証もしていないんで、どこまで効果が期待できるか判らんがな。でももしかするとまた仙蔵さんと一緒に釣りくらいは出来るようになるかもしれん。こんな中途半端な薬を飲ませるのはおいらの信条に反するが、どうか飲んでみてもらえんかね」

 

「ほう、丈太郎がわしのために・・・ありがとうな丈太郎」とジョニーの方をむいてニッコリと微笑んだ。「それじゃ飲ませてもらおうか。」そのあと父親と助手に抱え起こされた鬼じいは緑の薬を静かに飲み干すと、顔をしかめて「随分苦い薬だな、でもなんだかものすごく効きそうだよ」そういうとジョニーの方を向いてもう一度ニッコリと微笑んだ。

 

それまで黙っていたジョニーは顔をクシャクシャにして「効くよ、絶対に効くよ!だからじいちゃん頑張れよ!」と叫び布団にうつぶして肩を震わせた。鬼じいはジョニーの肩にゆっくりと手を伸ばすと優しく撫ぜ、そしてまた横になると目をつむった。

 

父親は布団にうつぶしているジョニーの背を優しくポンポンと叩き、またシューッという音とともに人間の姿に戻った。そして「あとは仙蔵さんの体力しだいだ。」そう言うと、部屋を出て行った。

 

そのあとみんなとジョニーは人間の姿に戻った助手に「あとは静かに寝かせてあげてください」と言われ、部屋から追い出された。部屋の外ではまだ親族たちが誰がこの家に住み、カッパたちの世話をするのかを押し付けあっていた。

 

外に出るともう夕方だった。ジョニーが「今日はありがとうな。」「ううん、でもおじいさん心配だね。良くなるといいんだけど・・」とマナタ君。「絶対に良くなるさ」「そうだ、そうだ!」とメグロ君やほかのみんなもジョニーを励ます。「それじゃまた明日来るからね」モモタ君がいうとジョニーは片手を挙げて「うん、また明日な」と言い、沼に向かって去っていった。

 

翌日、放課後にみんなして鬼じいのところへ行くと、警備の服を着た男の人が2人、長い棒を持って立っていた。近づいていってマナタ君が「おじいさんは大丈夫ですか?」と聞くと、その男の人はなんの事だか判らないような顔をして「我々は警備会社のもので、誰もここから先に通さないように言いつけられているだけで、そういった事情は何も知らないんだよ。」と言った。

 

「あの、家に入ってもいいですか?」ムタ君が聞くと「いや、生憎だが家の方にも誰も近づけてはならないと厳命されているのでダメだ。今日のところは帰ってもらうしかないな」と追い払われてしまった。しぶしぶみんなは帰ったが次の日も、またその次の日も来ては追い返されるという日が続いた。

 

何の情報も得られないまま日々が過ぎ、今日はもう5日目という日の放課後。今日こそはどうなったかを絶対に聞き出すぞとみんなで決意し、校門を出た丁度そのときだった。道の向こうから黒塗りの、子供の目から見ても高級車と判る大きな自動車がゆっくりとやってきて、みんなの目の前に停まった。

 

運転手が素早く降り、小走りに走ってきて後ろのドアを恭しく開ける。その中から出てきたのが誰だか判ると、みんなは驚いて「あ〜っ!」と言った。出てきたのは鬼じいと少女に変身したジョニーだった。

 

すぐに二人に駆け寄ると「治ったんですね、良かったぁ!」と口々に言った。そして「僕たちあれから何度も行ったんだけど、そのたびに警備の人に追い返されて・・・」とマナタ君が言うと「すまないことをしたね。」と言い、詳しいことは車の中でといわれ、みんなは高級車の中へ乗り込んだ。

 

車の中は真ん中に小さなテーブルが置いてあり、その周りをソファが囲むように置かれていた。その広さは車の中とは思えないくらい広々としていて、7人が乗り込んでもまだ余裕があった。ジョニーが冷蔵庫から冷たい飲み物を人数分出してきてみんなの前に置いた。そうして少し落ち着いたあと鬼じいはみんなにあの後何が起こったのかを話してくれた。

 

あの日、みんなが帰りしばらく経ったあと、今夜が峠と言われていた鬼じいはふっと目が覚めたらしい。そしてすぐにいつも苦しんでいた背中の痛みや呼吸の辛さが全然なくなっていることに気づいた。こりゃあとうとう死んだかな?と思ったが、すぐにどうもそうではないことに気づいた。

 

医者が止めるのも聞かずに起き上がってみると、なんと体中に力がみなぎっていて、とてもお腹が空いている事に気付いたらしい。なのでなにか食べようと部屋の外に出てみると、もう一つ先の部屋の方から自分のあとを誰が継ぐかということを押し付けあっている声が聞こえてきた。

 

それを聞いて情けなくなった鬼じいは、ふすまを勢いよく開けた。その大きな音のする方を迷惑そうな顔で見たみんなは、すぐに驚きの顔に変わった。鬼じいが正に鬼の形相で立っていたからだ。鬼じいはそんなみんなを大声で叱り飛ばし、たちまち家から追い出してしまった。ついでに医者も返してしまうと、助手に化けていたカッパにジョニーたちを呼んでくるよう言いつけた。二人が慌ててやってくると、鬼じいは「丁度いま魚が焼けたところだ、一緒に食べよう」とすっかり元気な様子で台所から姿をあらわしたらしい。

 

翌日警備員が居た理由は、前の晩に追い返された製薬会社の社長をやってる息子が、前の晩に死にそうだった鬼じいが、こんなにも良くなったその薬の秘密を聞きだそうとして朝早くから押しかけて来たときに、他社に漏れてはいけないと、一緒に警備員を2人も連れてきたためだった。

 

しかし、怒っていた鬼じいはなかなか教えてやらなかったので、その間息子は一生懸命聞きだそうと、朝から晩までずっと世話を焼きながらお願いしていたらしい。そしてちゃんと山を守ることを条件に、やっと今日になってあの緑の薬の成分を研究することを許してやったということだ。「だがな、あの葉っぱの成分を人間が解明することは不可能だろうよ。あのたっちゃんでもまだまだ判らないことが多いと言っていたからな。」と鬼じいは言って笑った。

 

カッパの姿に戻ったジョニーも「おいらも見張られてて、全然外に出られなかったんだ、ごめんな」と言った。「そんなことがあったんじゃ仕方ないよ」とモモタ君が言う。みんなも「そうだよ、そうだよ」と言った。マナタ君が「でもさ良くなって本当によかったね。」というとジョニーは照れくさそうに「うん」と言った。そしてモモタ君が「それにこれからは、また遊べるしね」と言うと、ジョニーはちょっと寂しいそうに「それがそうも行かなくなっちゃったんだ」と言った。

 

みんなが「えっ、なんで?」「どうして?」と聞くと、「おいら、アメリカに留学することにしたんだ」と言う。「留学?」みんなが聞くと「うん、アメリカで少し本格的に薬の勉強をしてこようと思っているんだ。今回みたいなこともあるし、じいちゃんにはもっと長生きしてもらわなくちゃいけないからな。」と鬼じいのほうを向いて言った。

 

「アメリカの学校に入るの?」とミノル君が聞くと「いや、アメリカのリバー・サイド・キッズの師匠について教えてもらうんだよ」と言った。「アメリカにもRSKっているのか?」とメグロ君が聞くと「何言ってるんだよ、世界中においらたちの仲間は居るんだぜ。それに言葉もほとんど共通で、方言程度にしか違わないしね」と言う。「うわ〜そうなんだ、知らなかったぁ・・」とモモタ君。ムタ君が「そういや英語でもカッパはKAPPAだな〜」と言うと。「でもこれからはリバー・サイド・キッズになるかもね」とミノル君が言い、みんなも「うん」と微笑んだ。

 

「そうか〜、アメリカに言っちゃうんだ、寂しくなるな〜」メグロ君が言う。「出発はいつ?」マナタ君が聞くと「準備出来次第すぐに行こうと思っている。」みんなが寂しそうな顔をしていると、「なぁにたくさん勉強してすぐに帰ってくるさ」と明るい笑顔でジョニーは言った。「判った頑張ってこいよ!」みんなも心から応援した。

 

やがてジョニーは出発した。みんなは時々沼まで行ってみたが、一度も他のリバー・サイド・キッズに会うことは無かった。そうしてみるとここでジョニーと出会ったのが夢だったかのように思えた。

 

帰りに鬼じいの家に顔を出すと、鬼じいはみんなを歓迎し家の中に招き入れた。そして来るのを予想してたかのようにケーキが出てきて、みんなはびっくりした。「みんな相変わらず元気そうだな」「もう元気もりもりだよ」とメグロ君。「おじいさんはジョニーが居なくなって寂しくないですか?」とマナタ君が聞くと「寂しくないとは言わないが、毎日メールが来るんでまぁそんなでも無いよ」と言う。

 

「メール?相変わらずRSKは進んでいるんだね」とミノル君が言うと、「俺たちよりずっと進んでるかもね」とムタ君。するとモモタ君が「でもさメールだけじゃ寂しいでしょ?なんだったら僕が毎日遊びに来てあげてもいいよ。」みんながモモタ君を見ると「だって、毎日こんなおやつが出るんじゃ放っておけないもん」と言った。その途端みんなに小突かれて。「痛いっ、痛いっ!」と叫んだ。鬼じいの家は笑い声に包まれ、その声は風に乗り、あの沼の方にまで運ばれていった。