大西脩平の昨日・今日・明日A
私が大西脩平です
▲湖南省・鳳凰の沱江にて
2008年(平成20年)
8月27日(水)
『浅草花やしき』のローラーコースターは民家すれすれに走る!
 先日,日本で現存する最古のコースターに乗ってきました。浅草にある『浅草花やしき』にあるローラーコースターです。民家すれすれに走るコースターは,建物にぶつかるのではないか,コースターが壊れるのではないか,という恐怖に襲われました。『浅草花やしき』自体は江戸時代の末期に誕生したもので,かなりの歴史をもっています。ほかにビックリハウスもおもしろく,人間の三半規管をおかしくするような遊具でもありました。大規模なテーマパークもおもしろいですが,こぢんまりとした遊園地もあなどれません。東京には,ほかに区立荒川遊園というのもあります。
8月26日(火)
世界最大の倍率のレンズが登場
 タムロンからついに18〜270ミリという世界最大の倍率を持つズームレンズを開発が終えたことを発表されました。15倍という驚異的な倍率です。従来は18〜200ミリ,続いて18〜250ミリを販売していました。ただ270ミリというと,従来の35ミリ換算で,419ミリに相当します。当然,手ブレ補正機能が付いています。
 絞りも,従来のF3.5-6.3も変化なし。旅行にはこれ1本あれば十分です。発売日,価格は未定ですが,たぶん年内発売で,10万円を切るでしょう。
 でも,ワイド側に伸ばしてほしかった。15〜200ミリは難しいか!
▲タムロン18〜270ミリ
8月21日(木)
どんな町にも,得意とする分野あるはずです
 先日,「環境モデル都市の構築をめざして−スイスの事例から」(主催・千葉大学持続可能なまちづくり研究会)のシンポジウムに参加しました。特に落ちぶれた工場を建築家,行政,市民などが町の再生計画をたてる過程は,なかなか迫力があります。地権者も納得しながら進めていくわけですが,古い建物もそのまま生かすなどして,住居,店舗,劇場,事務所,工場などに分類しながら再生したのです。
 ハンス・ビンダーHSB教授は「町には過去の足跡が必ずある。その過去の足跡を見つけることから,持続可能なアイデンティがその町に自然と形成されるのだ」と報告。つまり過去の遺産を生かそう,というわけです。ただ石の建物と鉄筋との耐久度が違うことから,過去の建物を生かすのは難しいかもしれません。鉄筋は50年以上経つと,劣化が激しくなるし,耐震面からも,どうしても全部ぶっ壊さなくてはいけないという理由があるのです。
8月14日(木)
猛暑,酷暑,ドッコイショ
 お盆に入りました。報道では新幹線や高速バスがかなり混んでいるとのことです。僕は,どこにも行きません。込んでいてしかもクソ暑い日に,何もできません。写真を撮る気力さえわきません。夏は静かにしています。
『どうも,魚が好きなもので』
 かつての上司で,書籍,雑誌の編集者の先輩でもある坂井昌彦さんが,何冊目かの本を上梓されました。釣りが大好きだとは聞いていましたが,読んでいるとそのうんちくが実に豊なのです。巻末の「魚名さくいん」が役立ちます。本書は坂井さんの自分史でもあります。(新風舎文庫/800円・320ページ)
▲坂井さんの自分史でもある
8月11日(月)
大森山王の洋館は移築,和館は解体が決まりました
 この欄の4月1日(昨日・今日・明日@を参照)で大森山王(東京都)Y邸(岩波書店社長・山口昭雄さん)が取り壊される,ということを書きましたが,このほど洋館は茨城県つくば市の個人宅が引き取り,移築することに決まりました。これは日本民家再生リサイクル協会の斡旋で実施されたものです。いずれも築100年以上で,洋館は室内のガス灯や半地下の食堂,大正期の水洗トイレ,ドイツ風の玄関など,すばらしい建築物です。しかし和館は取り壊されることになり,すでに解体工事がはじまりました。大森山王という,超高級住宅の象徴のような建物だけに残念です。でも「洋館だけでも助かったのはうれしい」と持ち主の山口さんは言われています。
7月23日(水)
昆明の路線バスで爆弾テロが発生しました
 今度の年末年始は雲南省へ行こうと思っていました。ところがいきなり昆明で爆弾テロが発生しました。それも路線バス54番だそうです。54番がどこからどこへ行くのか,わかりませんが,それにしてもあんな落ち着いた町で,と思います。ただ政府は少数民族の犯人説を流しているようですが,いつも悪者役にされてしまいます。独裁国家の指導者は,誰かをスケープゴートにしなくてはおさまらないのでしょうか。
 雲南省は貴州省と並んで,中国で最貧の地域でもあります。これは少数民族だけではなく,漢民族の農民たちも超貧乏です。オリンピックが終わると,ますます暴動やデモが増えるかも知れません。そろそろ,一党独裁国家の限界が見えてきたといえるでしょうか。
7月21日(月,祝日)
「江戸のエコとスローライフ」のセミナーに参加しました
 最近,江戸時代に関する書籍の出版や催し物が開催されていますが,先日「江戸のエコとスローライフ」に関するセミナーが開かれました。講師は管野俊輔氏です。江戸の庶民の暮らしをユーモア交えておもしろおかしく話されました。結局,氏は江戸時代におけるエコ社会の現出,継続の原因は,
@戦争がなかったこと。
A「鎖国」政策をとったこと。
B身分制度の「士農工商」とそれ以下の身分があった,いう役割分担があったことと。
C労働力の中心が人力であった。
 以上の4点が大きかったそうです。「鎖国」政策については,いまだに賛否両論があります。でも江戸時代に関しては,まだまだ知らないことが多いと思いました。
7月20日(日)
石見銀山世界遺産登録記念のシンポジウム
 石見銀山が世界遺産の会議で逆転登録して,ちょうど1年を迎えました。平泉は登録延期になるなど話題は豊富ではあります。そんななかで,識者が4人が集まって,基調講演,シンポジウムと中身の詰まった催しでありました。特に脇田晴子氏(石川県立博物館館長)の「世界経済史のなかの石見銀山」は,実におもしろく中国,朝鮮,ヨーロッパとの関わりに驚きました。
シンポジウム





江戸東京博物館大ホールで開かれた1周年記念のシンポジウム
7月15日(火)
通天閣 NHK『ふたりっ子』から激変
 子どものころから新世界に通っていただけに,最近の変わりようには目を見張るものあります。これもすべてNHK連続テレビ小説『ふたりっ子』からです。つまり観光地になったのです。昔はカメラを持って歩くだけで「兄ちゃん,何,撮っとんねん。許可とったんかいな」といって,その筋(?)のお兄さんや酔っぱらいが絡んできたものです。いまは外国からの観光客も多く,けばけばしい原色広告とともの記念写真の撮影をあちこちで見かけるようになりました。
 1970年後半だったと思いますが,新花月で寄席を見たころのことが懐かしく思い出されます。大阪に行くたびに,新世界に行き,通天閣歌謡劇場に入り,帰りの新幹線の最終に間に合うように,劇場を飛び出しました。
やっぱり串カツ店に直行!
 いま新世界は串カツが名物になっています。いろいろ入りましたが,「てんぐ」,「八重勝」は老舗で平日から並んでいます。僕は並んでまで食べる気がしないので,同じ並びの小振りな店で家族だけで経営されている店に入りますが,そこも並ぶようになってしまいました。
繁華街の画一化から反抗
 あまりのけばけばしさに,気持ちが萎えるときがあります。でもそれが新世界なんです。キタやミナミにはない原色使いなんです。都会の繁華街は画一化されてきました。しかしここ新世界は,独特の世界があるのです。
 
▲南本通り商店会から通天閣
新世界
▲「目立ってなんぼ」の世界です
ジャンジャン横丁入口
▲ジャンジャン横丁の入口です
▲1991年11月演歌まつりプログラム
土日がTENGEKI,月曜日が歌謡劇場
 通天閣歌謡劇場はよく通いました。プログラム(左上の写真)もできるだけ保存しているようにしていますが,古いのはもうありません。入場料は1000円で,入れ替えナシ。当時はたばこの煙で場内はあまり健康にいいとは言えませんでした。中入り後から入場すると,500円になりました。
 いま歌謡劇場は毎週月曜日のみとなり,土日は漫才,落語が中心になり,TENGEKIとなりました。経営が松竹芸能なので旧角座の代わりだそうです。若手の芸人を安い値段で見られるのはいいものです。
▲通天閣歌謡劇場5周年記念のテレカ
7月14日(月)
江戸の絵地図と比較しながら
 江戸東京博物館のメンバーと一緒に,向島界隈を歩きました。出発点は東向島駅です。かつて玉の井駅といわれていましたが,売春防止法が公布されてから,駅名も現在の名前に変わったそうです。江戸時代の絵地図と比較しながらの散歩だったので,大名屋敷の別邸や庭,河川の改修以前の様子などがわかって,とてもおもしろい散策でした。社寺も多く,雨の中をのんびりと歩けました。
隅田川七福神と重なる
 以前にも向島を歩いたのですが,そのときは廃れていく料亭街という感じでした。今回は,女給さんやお女郎さんもいた鳩町は行きませんでした。
 いくつかのお寺は,以前に参拝した隅田川七福神とダブっていました。また,向島芸者と他の芸者の違いなどもおもしろく,もういちど見てまわりたいと思ったものです。

白髭神社
▲昔は白髭神社横に舟着き場
弘福寺
▲禅寺でもある弘福寺
見番通り
▲見番のあるビル前が見番通り
7月11日(金)
秋田県の土蔵を移築再生
 つい先日,鎌倉で2軒の移築再生された民家を見学しました。建築家でもあるNさんは秋田県横手市(旧雄物川町)にある蔵を移築されたのです。柱の間隔が60cmと狭いことから,開口部をどうやって造るかが悩んだそうです。また吹き抜けを造って,蔵独特の暗さをなくし,開放的な空間が生まれたのです。
 間仕切りを極力減らして,風通しをよくすることにしたとか。夏はほとんどエアコンは必要なく,冬も薪ストーブを導入。2階まで暖かく快適な冬だったそうです。蔵造りのせいか,近所の人,友人などリピーターが多くなった。やはり人を引きつけるものがあるのでしょう。
 費用は,解体費390万円,運搬費(2回)58万円,棟上げまで440万円,上棟後の造作工事約3000万円。
都内にもあった江戸の農家
 2軒目が東京都北区にあった上十条にあった江戸時代の庄屋の母屋で,大正年代に改築されています。こんな民家が奇跡的に残っていたのです。しかもいずれも図面が残されていました。構造的には大黒柱,田の字の中心に立つ長者柱による典型的な農家の間取りです。
 Oさんはそれらをうまく生かし,なおかつ日本民家再生リサイクル協会会員たちのボランティアにも助けられて,2007年8月に完成しました。まだ少しずつ手を入れており,完全な完成ではないようです。都内のも古い建物があったのですね。
N邸
▲秋田県から移築再生されたN邸
N邸リビング
▲柱間隔が60cm,地震に強い!
O邸
▲江戸−大正を経て移築したO邸
O邸天井裏
▲大黒柱など古木を巧みに利用
7月2日(水)
●貴州省瓮安県の「暴動」は当然か!?
 中国貴州省の瓮安(おうあん/繁体字では甕安と書きます)で,少女の死をめぐって暴動が起きました。貴州省で暴動が起こったのは珍しいかもしれません。ただ最貧の省だけに,人々に不満がたまっていたと思います。
 省都の貴陽市にいただけではわかりませんが,地方へ行くとその貧しさがよくわかります。ましてや少数民族(この瓮安県ではプイ族とミヤオ族など)の置かれた立場はとても低く,生活はたいへん苦しいものを感じます。今回の暴動は少数民族の問題とはあまり関係ないようです。中国政府は,インフラ整備のために高速道路の充実,一般道の拡幅。さらに地元政府はショッピングセンターを建てたり,高層ビルを建てたりしていますが,半分は空室です。むしろ強制立ち退きの弊害の方が目立ちます。
 暴動の根は深く,少数民族はもちろんですが漢民族すら貧しく,地元共産党幹部たちの腐敗ぶりに対しての怒りは,爆発した感じですが,まだまだ怒りかたは小さいと思います。


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