昨日・今日・明日G
2010年(平成22年)
11月29日(月)
倉田保昭が語る「アクション映画の魅力」のチラシアクション映画俳優・倉田保昭さんの魅力
 日本のアクション映画俳優,千葉真一と共に代表する倉田保昭さんの講演会に行きました。ブルース・リーやジャッキー・チェーンなども俳優になる前から武術を体得しているからこそ,本格的なアクションができるのでしょう。
 あのヌンチャクは日本(琉球武術)が生んだ武器ですが,倉田さんが「ジャッキー・チェーンに使い方を教えたら,いつのまにかジャッキー・チェーンの得意技になってしまって,自分が使えなくなった」と苦笑されます。
 いまは若い人たちにアクションを教えるための学校を開いて後継者を育ているそうです。外国映画ばかり出ている倉田さんですが,たまには日本に戻って邦画にも出て欲しいものです。
11月25日(木)
源氏物語絵巻のチラシのぞき文学の原点(笑)『源氏物語』!?
 春ごろから瀬戸内寂聴訳の『源氏物語』を読んでいます。そんなとき『国宝源氏物語絵巻』が五島美術館で開催されていたので,見に行きました。すべて国宝ですが,やはりかなり劣化していました。ただ細密画の複製が一緒に並べてあるのでわかりやすかったです。見ていますと,ほとんどの絵が「のぞき」から成り立っているように思えます。源氏の君もそうですが女房たちも,なかの様子をうかがうために,こそっとのぞいているのです。考えてみれば『源氏物語』自体も「のぞき」から成り立っているといってもいいのではないでしょうか(笑)。
 来年は映画化もされます。またあちこちでいろいろな催しが行われるそうです。ちょっとしたブームがくるかもしれません。
11月24日(水)
497mの東京スカイツリー「少し塔がねじれていますが…」
 497mの東京スカイツリーです。まもなく500mになろうとしています。今回で7回目の訪問ですが,日増しに見物人が増えています。簡易トイレもできました。路上販売なども増えぎやかになってきました。ただ駐車場がないので,周辺の住宅街にまでクルマがあふれています。
 少しねじ曲がった塔が,いろいろ問い合わせの原因になっているとか。「お気づきかと思いますが,少し塔がねじれていますが…」という内容。なにやら楽しくなってきました。
11月21日(日)
「重伝建地区は100カ所を超え,空白県も埋まる」と断言
 重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)も奈良県五條市を入れて全国88カ所になります。先般,制定35周年記念シンポジウムが開かれました。文化庁文化財部参事官,国土交通省公園緑地・景観課課長補佐が出席されていました。つまり重伝建地区選定の直接の担当者なのです。話しの中で選定へ工程を詳しく紹介したり,自治体側のてんやわんやの裏話を紹介したりとおもしろい内容でした。
 そのなかで,西村幸夫東大教授とのやりとりのなかで,先の参事官氏は「いまの制度のなかでは,重伝建地区は100カ所を少し超える程度の数まで増えるでしょう」と言いました。また,山形県,宮城県,栃木県,東京都,神奈川県,静岡県,愛知県など空白県がありますが「それもあと数年で幾つかは埋まるでしょう」と断言。宮城県村田町,栃木県桐生市,名古屋市緑区有松などは最有力候補かもしれません。
 町おこしの起爆剤に利用するなど,重要伝統的建造物群保存地区の制度はそこそこ威力がありそうです。
11月20日(土)
グリドルソーセージコンビ/200円朝はマックのコーヒーセット
 朝,コーヒーを飲みながら新聞を読むときが結構,落ち着いてのんびりできる至福の時です。もう何年も続いています。最近はマクドナルドのセットを利用することが多いのです。コーヒー付きで,ソーセージなどがの挟んであります。これで200円ポッキリ。
 リーズナブルなせいか,ビジネスマンの利用がかなり多く,席を探すのがひと苦労するときがあります。
11月19日(金)
飛鳥山公園(東京都北区)に2つの重要文化財があります
 東京都北区の飛鳥山古墳には3つの博物館がある,ということで宣伝しています。その3つというのは紙の博物館,北区飛鳥山博物館,渋沢史料館です。その渋沢史料館の付属で2つの国の重要文化財があるということは,あまり知られていません。第18代アメリカ大統領グラントや蒋介石なども招かれたこともあるそうです。今回,無料で一般公開されるというので,見学しました。
 晩香盧(ばんこうろ)は渋沢栄一の喜寿を祝い,現在の清水建設(当時清水組)が贈った和洋折衷の建物です。大正6年(1917)に完成したもので,田辺淳吉が設計しました。一方の青淵文庫(せいえんぶんこ)は大正14年(1925)竣工で,図書館になっており,2階を書庫,1階を閲覧と応接を兼ねていました。
 この日は無料ということもあってか,かなりの見学者で賑わいましたが,茶室や本館,西洋館,表門などは戦火にあい,なくなりました。ふだん大きな社寺に見慣れていますと,意外に小粒でかわいい建物,という感じがしました。
▲傘寿を記念して贈られた青淵文庫 ▲喜寿を記念して贈られた晩香盧
11月17日(水)
ドガ展のチラシ無関係な人々の群像画の多いドガ
 エドガー・ドガの回顧展に行ってきました。ドガといえば踊り子ですが,本人は踊り子の画家というレッテルに困惑していたようです。舞台できちんと踊っている絵は少なく,ほとんど楽屋での様子を切り取っています。これは競馬もそうです。
 また証券取引場の肖像もそうです。これらも一瞬を切り取った群像画といえます。無関係な人々の一断面を描くのが好きなようです。女の入浴シーンなどはほとんどが後ろ姿から髪を洗う姿です。しかも俯瞰気味で,「こっそりのぞいている」ような視点です。また風景画は「飽きる」というから印象派らしからぬ感じがします。ほとんどが室内で閉じこもった描いていますが,写真で撮ってそれを元に描いたと言われています。
 一説には,ドガは短気で臆病者,自己中心主義で冷淡な性格と表する人たちがいたといわれています。とにかく日本美術や写真などにも興味を示し,彫刻,版画,パステルも展示されています。おもしろい展覧会でした。 
11月14日(日)
銀杏並木の美しい田園調布若者が住めない田園調布
 高級住宅地・田園調布を町内会役員の皆さんと歩きました。歩きながら外からでは気がつかない問題点がでてきました。
 きれいな環境を守るために,建築基準を町内会独自に決めています。店舗やアパート,マンションなどの建築はいっさいダメなのはいいのですが,後継者が相続税を払えず,物納になって空き地になるのです。つまり子弟たちは田園調布を出て行くのです。そのため町は高齢者ばかりです。坂道が多く,そのうちにクルマの運転もできなくなると,引きこもる老人の出現となります。外国人に貸している家も多くなりました。なにやら「外面のきれいな新・限界集落」の様相を示しています。 
11月12日(金)
改修を終えた本門寺宝塔池上本門寺宝塔の修理復元が完成
 昨年の夏に池上本門寺宝塔の解体修理現場を見学しましたが,とうとう完成しました。そして保存修理の完成を記念して,一般公開されました。正面のドアが開き,内部の小さな木造宝塔を見られるのも,今後いつになるかわからないというので,早速とんでいきました。
 江戸時代からの修理を含めて5回目,今回の修理は大規模なもので,「平成の大修理」と呼ばれるものと思います。細かい修理内容は省きますが,特に色の復元にはかなり苦労されたようで,建立当時の下地が出てきたことから,判明したそうです。費用の2億8千万円は本門寺檀徒が負担したそうで,公費は1円も使っていないとか。ちなみに今年中に,国の重要文化財に指定されることが決まっています。
11月11日(木)
旧来の打吹玉川地区倉吉市が選定地域を拡大
 まもなく奈良県の五條市新町が重要伝統的建造物群保存地区が正式に選定されますが,同時に倉吉市の打吹玉川地区をさらに拡大しての選定が決まっています。選定面積も4.7ha→9.2haniに広くなりました。
 なぜ拡大することになったのかは,隣接する商店街の不景気がきっかけで,まったく人出がないそうです。そこで隣の伝建地区が比較的賑わっていることから拡大することにしたそうです。

「伝建」に見向きもしなかった隣接する商店街が方向転換
 そこでアーケードを取り払い,土蔵などの古民家を覆っていた看板など除去しました。もともと玉川は商店街まで通っていて,しかも川沿いには古民家も多かったようです。当初,古い町並みに見向きもしなかった商店主も,とうとう不景気には勝てず,歴史的遺産に頭をたれた,というわけです。
11月9日(火)
演劇・光子の裁判名著『光子の裁判』の舞台を見ました
 1965年ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎さん(1906-1979)が書き下ろした『光子の裁判』の劇を東工大で見ることができました。光子を「こうし」と読むのですが,劇では「みつこ」も存在します。

検察官はさらに尋問を続けた。

検察官「その部屋には二つの窓が前庭に向いて並んでいる。被告はそのどちらの窓から侵入したのか。この点は非常に重要だからはっきりと答弁してほしい」

被告「私は二つの窓の両方をいっしょに通って室内に入ったのです」

 私はこの答えにあっけにとられました。いったい一人の被告が……。


 名著『光子の裁判』の一コマです。弁護人と検察官が法廷で争うのですが,実験も登場します。どうあがいたところで量子力学がわかるわけはありません。劇を見ていてもさっぱりわからないのが実際です。過去,全国の大学で演じられてきましたが,いずれも学生たちが文化祭で演じる程度でした。今回はアトリエ春風舎というプロの演劇集団が演じるということで,会場はいっぱいでした。初演は今年4月に日大理工学部・王子小劇場で,今回は2度目だそうです。
 主催者の一人,東工大の細谷暁夫教授は終了後「朝永振一郎の名前も知らない学生が現れたことに危機感を持っています」と言われました。朝永振一郎さんの文才ぶりは知られています。全12巻の著作集も発売されているほどです。改めて朝永振一郎さんの業績にふれることができました。 
11月8日(月)
羽田空港国際線ターミナル羽田国際線ターミナルの江戸小路に行きました
 とにかく大変な混雑ぶりでした。4階の江戸小路の飲食店は,すべて長蛇の列。列を見てあきらめる人が多いようです。価格を見るとめちゃくちゃ高い。驚きです。
 5階にあるプラネタリウムの入館券は,午前中に全部売り切れていました。おもしろいのは展望デッキです。金網にしがみついて離発着の飛行機を見ている様子です。子どもならいざ知らず,大人までが見つめている様子は「ここはどこの国だ」と思いました。
10月29日(金)
雪が降るとクルマの運転はしません……
 急激に寒くなりました。暖房器具を出したり,冬物衣料を出したりとあわただしい日々です。しかし早朝でも室温が20度Cもあるので,まだストーブ類は使いません。それよりも困るのは,北国から降雪のニュースです。雪が降ると,絶対にクルマの運転はしません。次は北陸や山陰地方の古い町並みを撮影しようと考えていたので,いつごろまで普通タイヤで運転できるのか,ちょっと考え込んでしまいます。
10月28日(木)
いま横浜は警備の警官で山盛りいっぱいです
 最近,乗り換えで横浜駅を利用することが多いのですが,警備の警察官の多さに驚きます。APECの警備のためですが,各ホーム,コンコース,改札口などいたるところに立っています。警察官の背中を見ると「長野県警」,「秋田県警」,「岐阜県警」の名前が書かれており,全国から警備の応援に来ていることがわかります。東京新聞はまるで「警察万博」と皮肉っています。
 コンコースで,おばあさんが警備の警官に行き先をたずねている光景を見ます。地理に不案内な警官は必死に説明し,おばあさんは懸命に耳を立てている様子が伺え,どちらに対しても気の毒な感じがします。警官にジロジロ見られている感じは,あまり良い気持ちがしませんが,早くAPECを終えてほしいと思う今日このごろです。
10月24日(日)
縄文土器のふしぎな世界を探検しようおもしろい形の縄文土器がズラリ展示
縄文時代の土器といえば,深掘りのおなじみの形を連想しますが,今回の展示会(東京都・大田区立郷土博物館)では,実におかしな形でユーモアあふれる土器が並びました。
 だれがなんのために造ったのかわからない土器がたくさんあります。火炎土器や人面土器,香炉型の土器にいたっては,わけがわかりません。宗教とかまじないが関係している,という専門家もいますが,いまひとつ説得力がないのが事実です。おもしろい展示会でした。
10月16日(土)
五條市新町五條市新町が伝建地区に選定
 ついに,と言うべきかやっと,というべきか奈良県五條市の新町地区が重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。今年の8月に2度目の訪問をしたばかりで,地元ではかなり盛り上がっている感じでした。
 新町地区は江戸時代の建物の割合が,全国屈指とされており,前々から重要伝統的建造物群保存地区に選定されるのは時間の問題とされてきました。すでに五條市の条例も発足しており,あとは乱開発を防いで,本当の町おこしをすすべきときがきたと思います。
10月14日(木)
限りなき挑戦衣笠祥雄さん「自分の体は自分で守る」
 スポーツ選手の講演会はめったに行かないのですが,鉄人といわれた衣笠祥雄さん(元広島カープス/野球解説者)の話しは聞いてみようという気になりました。甲子園に行くまでの話し,プロに入ってからの現実のプロ生活との違いなどおもしろおかしく話されました。そこには多くの人々に暗示に満ちた言葉があります。
 いちばん興味をもったのが,ケガに対する認識です。平安高校(京都)時代,ヒザを痛めて1ヶ月半の休みはいろいろな面で役に立ったそうです。休みは同時に「楽を覚えた」ことで,怠けることと練習することの違いで,後々どのような結果になるか,身にしみたとか。
 「今日痛いが明日はもっと痛いのなら病院へ,今日痛いが明日も同じ痛みなら休め,今日は痛いが明日は痛みがない,なら練習をする」を体験から身につけたそうです。ケガをしても休まず出場したという考えの原点は,高校時代のヒザを痛めたことが,プロで大きく役立っているそうです。結局,「自分の体は自分で守るしかない,誰も守ってくれない」ということを力説されました。本当にそう思います。 
10月12日(火)
発明のチカラ展のチラシ明治時代の発明品を公文書で展示
 久しぶりにおもしろい展示会に行きました。明治時代の発明家たちが考案した発明品を,公文書から見てみようという企画展で,国立公文書館で開かれていました。
 人力車,乾電池,オルガン,蚊取り線香,電球,氷砂糖,ビタミンなど数々あります。それらを政府に提出した申請書に描かれた図面を大きく展示されています。人力車は,それまでの駕籠なら2人必要なのに,1人ですむという人件費節減型。豊田自動織機は欧州の自動織機の特許部分を回避しながら完成させ回避型。
 ただいえることは,やはり欧米の模倣から始まったそうで,追いつけ追い越せという政府あげての方針が産業界を走らせたのでしょう。
10月9日(土)
旧竹屋の渡し付近やっとわかった竹屋の渡し
 昭和12年(1937)にヒットした流行歌で『すみだ川』(唄:東海林太郎,台詞:田中絹代)はその後,美空ひばり,島倉千代子,ちあきなおみ,石川さゆり,藤あや子,小林幸子など多くの演歌歌手に歌い継がれています。そしてその歌詞のなかに長いセリフ部分があります。
 「あゝそうだったわね,あなたが二十歳(はたち),私が十七の時よ。いつも清元のお稽古から帰って来ると,あなたが竹谷(たけや)の渡し場で待っていてくれたわねえ。〜」
 この竹屋の渡し場がいったいどこにあるのかがわかりませんでした。今回,その場所が図らずもわかったのです。台東区リバーサイドスポーツセンターの裏手にある旧山谷堀(さんやぼり/写真)で今は暗橋になっています。この山谷堀を入っていくと,「不夜城吉原」があるのです。日本橋あたりから舟で吉原に行く場合,まず今戸の山谷堀で下船,そこから駕籠で向かうのが一般的でした。なかには景気づけにいっぱい飲んで出かける人も多く,この今戸には多くの船宿があったのです。このうちの一軒が「竹屋」でした。この山谷堀の出口付近には,いまはブルーシートのホームレスがたくさん居て,近寄りがたいのが残念です。

茶店の女将が「タケヤ〜」と美声が飛ばした
 一方,対岸の墨田区側は三囲(みめぐり)神社近辺にも渡し場がありました。そしてこの横に茶店があり,そこの女将が美声で「タケヤ〜」と呼んでいたことから,竹屋の渡しと呼ばれるようになったとか。
 下町情緒たっぷり詰まった『すみだ川』を歌うことはありませんが,たまたま『隅田川展』を見たことから気になっていた場所を探しだしたというわけです。
10月8日(金)
徳川御三卿のチラス田安家,一橋家,清水家の徳川御三卿展
 徳川御三家の名はよく聞きますが,御三卿(ごさんきょう)はあまりなじみがありません。そこで『徳川御三卿』展に行ってきました。御三卿の特徴と各家の家風といったものがよくわかりました。田安家,一橋家,清水家を御三卿といったのですが,立藩せず賄料で家臣団を養う仕組みなどが解説されていますが,細い血でつながる徳川家を支えるのが目的なのです。
 NHK大河ドラマ『龍馬伝』に出てくる15代将軍慶喜は一橋家出身です。学問の家風・田安家,幕府政治への参画した一橋家,海外に出て行った清水家など,実に多様な御三卿のすべてがわかりました。久しぶりに見ごたえのある展示会でした。
10月7日(木)
東京スカイツリー470m相変わらずにぎやかな470m周辺
 わずか2カ月で70mも伸びました。今回で6回目の訪問ですが,とにかく周辺はますますにぎやかになってきました。最近なぜ634mなのか,という疑問がでていますが,武蔵野の国に建っているからといいますが,隅田川の向こうは下総でした。後に武蔵野の領域に入ってくるのですが。親会社の東武鉄道社長の出身高校が武蔵高校だったとか,いろいろいわれています。
 それは別として今回はツリー丼などツリーにまつわる名物料理を食べようと思ったのですが,どこも並んでいるのでやめました。
10月3日(日)
三越池袋店にあったライオン像閉店した三越池袋店のライオン像の行方
 2009年5月6日に三越は鹿児島店と共に池袋店も閉店しましたが,池袋店の入口にあったライオン像が気になっていました。ところがあのライオン像は,墨田区向島の三囲神社(みめぐり)にあったのです。
 三囲神社本殿は,震災,戦災をまぬがれ,安政期の建築といわれています。神社名の「三囲」にあやかり三井越後屋が守護神としてあがめました。神社入口の右手に,創業者・日比翁助の歌碑もあります。
 池袋店の閉店に伴い,「神社からの申し出により」三越と強い縁を持っていることに気づいて,三囲神社に奉納されました。ライオン像は本殿に向かって左側に鎮座しています。
9月29日(水)
国際ペンクラブの「HAIKU−自然と内なる世界」
 外国人の作った俳句というものをはじめて読みました。それもかなりうまいのです。俳句がなぜ世界に広がったのかは,諸説ありますがゲストのひとり有馬朗人(元東大総長)さんは,「文が短い」,「自然とつながる」,「定型詩」の3つをあげました。自分でも簡単に作れると,思い込みやすいのが俳句のおもしろさで罠でもあるのです。
 ウクライナのボンダレンコ教授は流ちょうな日本語で10首,元アメリカ俳句協会会長のリー・ガーガさんも10首披露されました。彼らは,俳句を翻訳して世界に広げた功績者でもあります。
 俳句の翻訳の難しさは,言葉の奥に潜む心理を読み解くのに時間がかかるそうです。まず1句全体を何度も読んで,全体の意味を考える。次に1行ごとにふさわしい単語を選んで訳する。次に全体のリズム感を考えるとか。最近では英語短歌が登場してから,日本人のなかにも英語短歌を作る人が多くなりました。また同時に日本語で作る外国人も増えてきました。

「柿食へば鐘が鳴るなり東大寺」の驚き
 目が点になった,とはこのことをいうのでしょうか。正岡子規のあの有名な俳句「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」がありますが,元は「東大寺」であったといわれたのが,ゲストの高市順一郎さん(桜美林大学名誉教授/芭蕉の研究者)です。子規は荘厳な鐘の音の「東大寺」を後で改め,遠い清涼感の響きのある「法隆寺」の鐘に変えたといいます。柿という味覚と,鐘の響きとの「交感性」を高めるために,子規は遠くにある清涼な空気のなかに立つ法隆寺にしたというのが,高市説です。
9月28日(火)
「観世寿夫とは何だったのか」のチラシ能楽師・観世寿夫を多角的に分析する
 昭和58年(1978)に亡くなって今年33回忌を迎えた能楽師です。観世寿夫は一時世阿弥の再来とまでいわれました。それで一般人にまで知られたのかというとそうではなく,むしろ能の世界にとどまらず他の演劇に積極的に出演することで,一般に知られたのです。能の世界では「寿夫の芸風が変わった」と揶揄されました。寿夫は自分のことを能役者と呼んでいたそうです。
 同時に多くの文章を書くことで,海外の日本の古典芸能研究者の研究材料となることで名前が知られるようになったとか。海外でも特にフランスで知られ,招待されることも多かったようです。『井筒』や『俊ェ』では立ち姿が美しく,欧米でも評価されました。存在感を高めた作品でもあります。
 今回は観世寿夫を徹底的に分析してみようと,野村万作など著名人が集まって,「現代演劇」,「現代芸術」の巨人としていろいろな角度から分析したのです。 
9月26日(日)
左から森絵都(作家),里中満智子(漫画家),フレデリック・L・ショット(翻訳家),松谷孝征(手塚プロ社長)●手塚治虫作品の環境の描き方
 現代マンガのパイオニア・手塚治虫の描いた作品のなかで環境問題はどう描かれてきたか,と言うテーマで討論会が行なわれました。
 いま,国際ペンクラブ東京大会が新宿周辺で開かれており,映画,演劇,討論会,写真展など多彩な催しが行なわれています。
 手塚治虫の作品のほとんどが環境問題に触れています。1950年の『ジャングル大帝』も動物を通して「命」を描き,同時に共生と環境を描いています。いまから60年前のことです。日本国中が復興に向けて「それ行けドンドン」の時代に,早くも環境を論じる手塚治虫の先見性に対して高い評価をくだされているのです。同時上映された最後の実験アニメ『森の伝説』(1989年制作)をはじめて見ましたが,これも森林破壊の阻止を動物たちが団結して立ち上がるのです。最後,理不尽な「死」で終わるのですが,これは手塚作品の一貫したテーマでもあります。
 鉄腕アトムも原作本とテレビアニメでは,最後のシーンが違います。本当なら原作本で読むべきでしょう。
9月25日(土)
隅田川約160点もの隅田川を描いたの浮世絵
 隅田川と市民生活,という視点から浮世絵,屏風絵など約160点が展示されています。特に舟遊びに関する絵は,生き生きとしており,屋形船や小舟を見ていると,町民の息抜きの一コマが垣間見られます。
 舟遊びの定番コースに日本橋から隅田川に出て浅草まで,芸者と共に飲んで歌ってどんちゃん騒ぎ,酒のにおいが漂っていそうです。もう一艘,小さな舟が屋形船を追い抜いて行きます。客は船頭に「急げ,急げ」と言っているようです。ついに客たちが川面に手を出して,自ら水をかいているのです。なぜ急ぐのか,それはこの小舟は浅草のもう一つ先の吉原に向かうからです。1枚の屏風絵から,こんなことが読み解くことができるのです。
9月23日(木)
歌舞伎と京劇の対談中国・京劇と歌舞伎の異色対談
 中国の伝統劇・京劇と日本の歌舞伎の双方の役者が対談するという異色の催しが早稲田大学で開かれました。
 京劇は大御所と言われている梅葆玖(めいばおちゅう写真・左)さんで,数々の国際的な賞を取っています。歌舞伎代表は,ご存じ市川團十郎さん(写真・手前)です。京劇と歌舞伎の違うところ,似たところなど,司会者の土田健次郎教授(国際学部)の巧みなインタビューでよくわかりました。京劇を見る機会は何度かありましたが,どうも独特の節回しが理解できないの一度も見ていません。
 特に桜美林大学教授で,現役の京劇役者でもある袁英明教授の動作の解説はとてもわかりやすく,京劇を見たくなりました。「見え」や「形」,「音楽」,「せりふ」,「立ち回り」など,とても似ている面もあれば,全く違う部分もあります。
 いずれにせよ京劇と歌舞伎の対談という,ユニークな企画は今後も続けて欲しいと思いました。
9月22日(水)
中国側からみた日本経済分析の視点が新鮮
 中国最大のシンクタンクである中国社会科学院の日本研究所の経済研究室長・張季風氏が来日し,法政大学で講演会が開かれました。共同通信や朝日新聞社など,多くのメディアや他大学の学生,中国人留学生もかけつけました。従来,日本から見た中国経済を語ることが多く,それになれていましたが,中国側からみた日本経済を見るとどうなるか,という逆の視点に新鮮さを感じました。武部勉氏ら自民党議員5人も,前日に面会したというから,日本経済分析のトップという立場がわかるようです。

風の影響,潮の流れで偶発的に衝突,結果は起訴猶予で釈放…
 それはともかく,最後に尖閣列島の漁船問題はどのように解決されるかを予想。ゆっくりと慎重に言葉を選びながら,“風の影響,潮の流れで偶然に巡視船と衝突したので悪意はなかった”ということで起訴猶予となり釈放されるでしょう,と予測しました。なにやらシナリオ通りに行く気配を感じますが,中国の圧力に屈したのでは,先行き思いやられます。船長は帰国すれば,まさに英雄扱いになるでしょう。
9月19日(日)
旧羽田3町の住民が退去した・左端の川が海老取川で弁天橋も見える占領軍の「48時間以内に退去せよ」
 昭和20年9月13日,羽田に進駐した米軍を中心にした占領軍の「48時間以内に退去せよ」の命令は,羽田3町(羽田鈴木町,羽田穴守町,羽田江戸見町)に住む住民約1200世帯,約3000人弱に対して行われ,住民は文字通り着の身着のままで退去したのです。穴守稲荷神社も同じように退去しました。そして占領軍専用の「ハネダ・エアベース」の建設となり,昭和27年の返還まで占領が続くのです。この強制退去は当時,朝日新聞に数行報じられた程度で,ほとんど知る人もいない状態でした。羽田空港の隠れた歴史です。

米軍専用の特別慰安所1号店が大森海岸の「料亭小町園」
 敗戦直後,「日本の子女の純潔を守るため」という名目で,吉原や洲崎の「業者」が米軍兵士用特別慰安所(RAA)設立に動き,政府と警察のバックアップにより,昭和20年8月27日には,大森海岸第一京浜国道沿いの「料亭小町園」がRAA第1号店として開業したのです。その後米兵専用のRAAは都内だけで33カ所,全国で慰安婦が7万人に及んだそうです。
 洲崎(現・江東区東陽1丁目)の「業者」というのは,赤線地帯,すなわち売春斡旋業者のことです。川島雄三監督の日活映画『洲崎パラダイス 赤信号』にも洲崎の様子が描かれています。それにしても洲崎業者の敗戦直後の動きの素早さに驚くと同時に,当時嘆願書を出した相手の政府の役人というのが,後の総理大臣・池田勇人なのです。池田は「日本の子女を守る性の防波堤」という名目で1億円をポンと出したとか。発展する羽田空港の陰に,もう一つの歴史のあることを知っておきたいものです。 
9月16日(木)
「フランダースの光」のチラシ(渋谷・文化村)フランダースに行ってみたくなりました
 ベルギーのフランダース地方に小さなラテーム村があり,多くの芸術家が住んでいます。美しい自然と素朴な村人たちに惹かれた芸術家たちは,懸命にその光景を描きました。今回の展覧会には,大都会にはない光が感じられます。のどかな雰囲気も感じます。フランダースは豊かな田園地帯だけではく,近くには中世の面影を残す小さな都市もあることを見逃すことができません。
 全体で89点という大がかりな展示数です。印象派だけではなく,象徴主義,表現主義を唱える人たちの作品も展示。もちろん絵画だけではく彫刻も見ることができました。
 今回の展示作品を見ていると,フランダース地方に行ってみたくなりました。
9月13日(月)
羽田空港・国際線駐機場国際線の駐機場を歩きました
 羽田空港のD滑走路の完成祝いを兼ねて『羽田EXPO』が開催されたので,早速飛んでいきました。国際線ターミナルはまだ未完成なので,公開されませんでしたが,駐機場部分は公開され,歩くことができました。
 各種空港内で使われる特殊車両の公開などはワクワク気分で見ました。国内線の着陸時の様子を間近に見ながら,しかも轟音のなかでの公開だったので,とてもおもしろかった。羽田からの国際線はすでに何度か利用しているので,とても身近に感じたのですが,D滑走路の運用で,地元の大田区も風向きによっては,上空を飛ぶらしいという噂はでています。
9月10日(金)
金山町・七日町通り金山町が美しいまちなみ賞受賞
 金山町(山形県)が国土交通省の「美しいまちなみ賞」を受賞し,そのフォーラムが東工大で開かれました。金山町の特筆すべきことは,30年前から「街並みづくり百年運動」を続けており,町全体が美しくなろうということで,観光客目当ての運動ではないことです。
 今回のフォーラムには,30年前から金山町に関わっている建築家も参加。地元の人たちやリーダーの姿勢に,「逆に学ぶことが多かった」といいます。地元産の杉材を使い,デザインもほぼ外観もほぼ統一されています。これは表通りだけではなく,裏通りも清流を引くなど,整備されています。
 金山町は,明治時代以降一切の市町村合併には応じていません。町民のほとんどが町立金山中学校同窓生なのです。人口6600人ですが,この結束力は固いのひとことです。
9月9日(木)
3D映像のブームは,あと4〜5年で終わるので,買わない!
 地デジ対応テレビをそろそろ買い換えようと思っていた矢先,3Dテレビが登場しました。ここで買い換えに迷うのですが,さらにメガネのいらない3Dテレビを東芝が開発中と発表されると,いったい,いつ,何を買い換えればいいのか迷います。特にメガネのいらない3Dテレビは魅力的ですが,技術的に解決すべき問題点が多いと聞きました。
 さらに現在の3Dブームは3度目のブームで,1952年〜1955年の第1次ブームは,40本以上の映画が作られましたが,「同期ずれ」などの技術的課題が解決できませんでした。2度目のブームは,1980年〜1984年で,30本以上の映画が作られたのですが,中身の薄い映画が多くブームは続きませんでした。
 そして2009年から第3次のブームが起こっているのです。技術的な問題は,「テレビを見るのになぜメガネをかけなくてはいけないのか」ということです。映画館での眼鏡着用はガマンができるけ家庭では無理。また寝転んで見ることができるのか,大勢で見るときは何個もメガネを買わなくてはいけない,目が疲れるなどいろいろな問題が起こっています。そこで4,5年でブームは終わるだろう,という予測を立てる学者もいます。結局,3Dテレビへの買い換えはやめました。ブームは終わる思うからです。
9月6日(月)
東大寺大仏展のチラシついに東博で東大寺大仏が展示?
 驚きました。目がテンになったのです。東大寺の大仏がいよいよ東京国立博物館に登場,と思いました。「ええっ」とチラシをよく見ました。すると「大迫力!超高精細映像で大仏を再現」と片隅に書かれているのです。なにやらだまされた感じで,これなら東スポのタイトル並みです。
 実際は,東大寺周囲の八角灯籠(国宝),誕生釈迦仏立像及び灌仏盤(国宝)など,国宝,重文がかなりの数で展示されるのですが,阿修羅像の成功など最近の「調子にのる東博」面目躍如たるものを感じます。
 なお10月8日からの開催となります。 
9月4日(土)
神田川,小名木川,日本橋川,隅田川の周囲を船から見学
 川面から見る江戸東京というテーマで,神田川,隅田川,小名木川,日本橋川を船に乗って川沿いを見学しました。日本橋川は以前にも電気船に乗って見学したことがあるのですが,小名木川と神田川ははじめてです。
 小名木川の水位調節での通行(写真下右)は,地下水のくみ上げで地盤沈下したことが原因だそうです。外国人の乗せた遊覧船もやってきて,賑やかでした。一度に6艘を閉じ込めて水位の調整は,船が上がったり下がったりと,貴重な経験をしました。隅田川では,東京スカイツリーの影響で,新た東京百景が誕生しそうな気配です。
 神田川は,お茶の水駅とかJRの窓からいつも眺めていただけに,総武線や地下鉄丸ノ内線などが,新たな視線から見られて新鮮でした。水面からの光景はなかなかの絶景で,仙台堀を通称“お茶の水渓谷”と呼ぶとか。それにしても有意義な2時間半でした。
▲小名木川の扇橋閘門(こうもん)では,パナマ運河方式と同じで,前後で水門を閉じて水位を調節して通行する JRお茶の水駅の横を仙台堀といい,徳川幕府の命を受けた伊達藩が開削。財政力が弱体化させられた
9月2日(木)
茶道具の精華のチラシ茶道具の奥の深さを見せつけられる
 五島美術館というのは,日本の陶芸,しかも桃山時代など江戸期以前のもの,さらに典籍,古筆など収集は日本でもトップクラスです。さらに茶道具も重文クラスがズラリと所蔵しているのです。茶道具は焼き物と深い関係があって,今回は唐や宋,明時代を中心にした中国陶器も展示されています。
 千利休の弟子たちが使った茶壺,茶碗,さらに大政所あてに秀吉の代筆をし,千利休の消息をしたためた手紙などの逸品が展示。茶道具の奥の深さを改めて認識しました。
8月25日(水)
百段階段のチラシめまいのするような意匠の「百段階段」
 目黒雅叙園にはじめて行きました。ここには百段階段という,桃山風,日光東照宮の系列,歌舞伎などに見られる江戸文化属する装飾建築があるのです。近代化された目黒雅叙園の唯一残る和風木造建築なのです。2009年に東京都の文化財に指定されました。
 99段のケヤキ板階段廊下で7つの個性的な部屋をつないでいます。昭和10年に静岡県出身の大工棟梁・酒井久五郎によって設計・施工されました。急傾斜地に建てるため階段を廊下代わりにしたのだと思います。
 7つの部屋は個性的で,天井,欄間,床の間などの図案,彫刻,使用木材などそれぞれに作者がいて,豪華絢爛そのものです。あの日光東照宮のめまいのするようなデザインが,間近で見られるのです。大金持ちの贅の限りを尽くした建物は,もう建つことはないでしょうから,貴重な建築物といえるでしょう。
8月21日(土)
平城京の「十条問題」をはじめて知りました
 いま奈良県では平城遷都1300年でたいへん賑わっていますが,「十条問題」があるとは知りませんでした。平城京は九条までで,教科書にも辞典にも十条は出てきません。平成17年8月27日の新聞各紙朝刊は,大きく「平城京に十条ってあった?」などやや抑え気味に報道されたのです。
 ただ,森下恵介さん(奈良市埋蔵文化財調査センター所長)は,「そんなことは絶対に存在しない」と断言されています。この話しは東京新聞ファーラム「よみがえる古代の大和 平城遷都1300年」で聴いたのです。考古学での論争はおもしろく,野次馬根性丸だしで聴いていました。
 この十条は,発掘で発見されたのですが,また埋め戻された跡も見つかっており,しかも遺物もなく,まさに「幻の十条」となったようです。
8月19日(木)
日本の山々を買いあさる中国人たち
 最近,中国人の日本買いがあらゆる方面で行われています。マンション,ペンション,ホテル,別荘地,技術力のある企業などですが,とうとう山林までに迫ってきました。これは日本の山林を伐採して,中国に木材を輸出して儲けようという魂胆です。この話しは総務省の高官(局長)から直接聞くことができました。この高官も非常に危惧しており,国土の荒廃がはじまるかもしれません。
8月18日(水)
全国高校野球選手権大会甲子園に行ってきました
 甲子園で高校野球を見ました。といってもほんの3時間ばかりですが,めちゃめちゃ混んでいました。外野席は無料なので出たり入ったりすることが自由なのです。外野席のおもしろいのは,とりたてて応援するチームの無い人が多く,高校野球が大好きな人たちばかりです。だから“にわか解説者”がいて,けっこうおもしろく解説しています。
 ビールは600円,名物かちわりが200円といろいろです。カレーライスや酒のつまみも売っています。炎天下でのビールもいいですが,やはり飲み屋で飲む方がうまいですね。 
8月13日(金)
観光バスもやってきます
 5回目の訪問です。今日で408mでした。とにかく毎日のように“成長”するせいか,いつも持参するコンパクトカメラの画角に収まる範囲が違ってきており,撮影位置がどんどんと後ろのほうに下がらなければいけません。
 また成長につれ,訪れる人たちが確実に増えてきており,いろいろな観光バスが立ち寄っています。また護岸工事がすすむ北十間川沿いの道路は,完全な歩行者天国状態になっています。工事中からの人気に,完成したらいったいどうなるのでしょうか。いまでも都営地下鉄,東京メトロ,東武鉄道の3社の最寄り駅は,混み合っていますが,もっとたいへんなことになりそうです。
▲表の大通りには観光バスが2台停まっています
8月6日(金)
東京復興展のチラシアメリカ兵が撮ったカラー写真の展示
 昭和20年(1945)3月の東京大空襲から始まる終戦,米軍占領,復興と続く激動の時代を,鮮やかに読みがえりました。特にカラーフィルムが貴重な時代だけに,アメリカ兵が撮ったカラー映像は貴重です。焼け跡の写真は結構見ていますが,この企画展で始めて見る写真が多く,興味深いモノでした。というのも,アメリカ兵の興味の先が写っているので,とてもおもしろいです。カラーの16ミリフィルムで撮った映像も貴重です。
 映像だけではなく,DDT噴霧器,引揚証明書,米穀通帳,子供服なども展示。当時の生活の様子がわかります。おりしも今日は広島の原爆の日です。
8月4日(水)
イタリアンやっとイタリアンを食べました
 新潟市のB級グルメで有名なイタリアンなるものを「みかづき」(320円/新潟市・万代シティバスセンター店)で初めて食べました。自家製の焼きそば(うどん?)に独特のトマトソースというか,ナポリタンに近いソースをかけためん類です。麺はちょっとモチモチしています。値段も手頃ですが,東京よりも「粉もん文化」の先端地・大阪なら売れるかもしれないと思いました。

1000円を超えると抵抗感が生まれます

 B級グルメはやはりリーズナブル,と言うのが第一条件です。ところが,同じ新潟の「たれかつ丼」は1000円を超え,セットで1500円なる店もありました。もちろん安い店もあります。
 佐渡市のB級グルメとして名を売りたい「天然ブリカツ丼」も1200円と1000円を超えます。新たなグルメで町おこしをする所が多いですが,1000円を超えると,一気に抵抗感が湧きます。できる限り1000円以下で考えてほしいものです。
8月2日(月)
「池袋モンパルナス」っていうことばを知っていましたか?
 池袋に文化的な賑わいを取り戻したい,という人たちが立教大学に集まって「池袋 いま むかし−池袋モンパルナスと池袋をはぐくんだ文化」のトークショーを聞きました。モンパルナスとはパリ・モンパルナスに若き芸術家たちが住んでいたところですが,まさか池袋にモンパルナスという言葉が付いて,池袋モンパルナスがあったとは驚きです。
 昭和初期から戦後まもなく,多くの芸術家のタマゴが集まったそうです。やはり家賃が格安であったからでしょうか。立教大学が池袋の土地を買った時の地代が,1坪1円50銭だったそうです。江古田に日大芸術学部ができたり,トキワ荘があったりと貧乏芸術家やタマゴには住みやすいのかも知れません。しかし名が売れてくると池袋を離れていきます。
 それにしてもトキワ荘が壊されたのは,返すがえすも残念です。建物自体には価値はなくても,聖地としてそこに集まる若者たちのエネルギーは大きいものがあります。
 池袋モンパルナスが人々の記憶から消えていこうとしています。記憶をつなぎとめるには,継続しながらいろいろな知恵を出さなければならないのは当然です。幸いにも池袋のど真ん中に立教大学という知の集積があります。研究者と地元,行政が一緒になって考えればいいアイデアが生まれてきます。10年,20年というサイクルで考えなくてはいけませんが。
8月1日(日)
音濠コンサート2010江戸城の外堀で聞くコンサート
 外堀でボートに乗りながらジャズを聴くという「音濠(おとぼり)コンサート2010」が開かれました。初めての体験ですが,ボートに乗りながら音楽を聴くというのも結構体力がいるものだなあ,とつくづく思いました。

法大・陣内秀信研究室が主催
 このコンサートは今年で4回目で,法政大学大学院の陣内秀信研究室が,都会の人が水辺に親しむ機会を作ることが大事ということで,飯田橋駅近くの外堀の一画にある東京水上倶楽部「カナル カフェ」で開いたのです。ここは1918年創業の東京で最も古いボート場でもあります。戦前,戦後の一時期,一般人は立ち入り禁止の時代がありました。外堀そのものは,徳川3代将軍家光が江戸城を守るために各藩に命じて造らせました。いろいろな歴史を秘めた外堀であります。
7月24日(土)
ショクダイオオコンニャク昨日のレベンジ,やっと「花」を見られました
 昨日,入園できなかった小石川植物園ですが,早朝7時から入園券を発売するとわかったので,早めに出かけました。しかし8時50分に到着,実際に花を見ることができたのが12時10分,なんと3時間20分も並んだことになります。しかも見た時間は,わずか40秒でした。花の状態は外側の「仏炎苟」の部分は萎れて広がりがなくなっていました。なんかちょっと寂しい感じ。そのうえあまりにも早く通りすぎたので,例の悪臭をかぐこともできませんでした。
 今日は1万人分の入園券を用意,しかもかなり早くから開園,それでもあまりの混雑ぶりに文芸春秋の例の著名カメラマンや朝日新聞の記者などが取材にきていました。まあそれにしてもてんやわんやの一日でありました。
7月23日(金)
東大・小石川植物園小石川植物園に入園できず
 世界最大の花を咲かせるショクダイオオコンニャクが東大の付属施設・小石川植物園で開花し,一般公開するというので行きました。ところがどっこい,すでに午前10時30分に当日の入園券(5000枚)は売り切れとなり入園できなくなりました。まさか,1日の入場者数が決まっているなんて思いもよりませんでした。
 正門前はたいへんな混雑ぶりで,パトカー,消防車,救急車まで出てきていました。入園できない人たちが激しい抗議をしているのですが,特に他県からきた人たちの怒りは納まりそうにありませんでした。それはともかく明日,早朝からでかけるつもりです。
7月22日(木)
猛暑,酷暑,どっこいしょ。目ざせ41度越え,日本新!
 先日,多治見市(岐阜県)に行ってきました。とにかく暑かった。昨年は埼玉県熊谷市と並んで40.9度の日本新のでたところです。こうなれば単独日本新を目ざそうと,市民は内心願っているように思えました(?)。熊谷のようになんのとりえもない町は,気温で町おこしを考えているようです。これもアリかなと思います。
7月11日(日)
木製仮面(レプリカ)やはり居館には卑弥呼が住んでいた
 また同じ展示会に行ってきました。特に奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡から発掘された大規模な居館あとは,いままで奈良県内では発掘されていなかっただけに,邪馬台国の九州説を唱える人たちの吉野ヶ里遺跡に負けていました。纒向遺跡の周辺は,宅地開発が目の前に迫ってきているだけに,さらなる発掘が急がれます。
 やはり同時に発掘された木製の仮面(写真)は,農耕に関するマツリに使用されたと思われるそうです。
7月9日(金)
欧米人に理解できない里山の深い意味
 里山とは,人と自然が織りなす里と定義するそうです。だから美しい自然があるだけではダメ,自然を敬う人の営みがそこになくてはならないのです。これはNHKスペシャル『映像詩 里山』で訴えかけるテーマです。
 先日,製作したNHKプロデューサー村田真一さんと共に『里山』を見ました。数々の国際的な賞をとっていますが,果たしてどこまで欧米人に理解してもらえたか疑問だそうだ。アメリカ人には自然は自然,人間の生活は別物という考えがあります。多神教の日本人の考えは全く理解できない。ヨーロッパではかろうじてわかる人たちもいるそうです。フィンランド人です。いずれにせよ,里山にあたる英語はないとかで「SATOYAMA」とタイトルに記したそうです。
7月6日(火)
列車のなかで郵便の仕分けをしていた時代がありました
 考えてみれば,昔は郵便の仕分けを列車のなかで行なっていたことを教えてもらった記憶があります。今回改めて『鉄道と郵便』展(逓信総合博物館)で,鉄道と郵便との関わりを写真や映像で紹介しています。いまはすべてトラック輸送になりました。鉄道のほうがエコ対策になるのに…と思ったりもしました。それにしても50円のはがきが離島を含めて全国各地に届くシステムはスゴイのひと言です。展示を見ながら改めて考えさせられました。
6月27日(日)
語りかける風景のチラシ風景が何を「語りかける」のか
 フランス・アルザス地方の豊かな文化都市ストラスブールにあるストラスブール美術館が所蔵している風景画が一挙に公開展示されたのです。風景画というのは,誰もが好きになれる分野で,どのような家にでも1枚は飾ってあるものです。
 モネ,ピカソ,コローなどおなじみの画家が描いた80点が,それぞれのテーマに沿って展示。窓辺の風景,都市の風景,水辺の風景,田園の風景など実におもしろく,それぞれの画家たちの風景のとらえ方,見つめ方が見る人に伝わってきました。風景画はわかりやすくていいものです。
6月26日(土)
大昆虫博ゴキブリやシロアリも昆虫ですゾ
 「ゴキブリやシロアリも昆虫です」という説明を聞かされたドキッとしましたが,さすがに展示されていません。
 なんといっても,珍しい昆虫標本の数は圧巻です。これらは岐阜市の名和昆虫標本館から持ってきた大型標本箱です。さらにやくみつるの「東京の昆虫」や養老孟司,池田清彦,奥本大三郎各氏自慢の「昆虫書斎」を再現。虫好きオヤジたちの一面が見られました。また,また3Dモニターで見る昆虫も迫力がありました。
6月25日(金)
邪馬台国論争が再燃するのか?
 毎年楽しみにしているのが『発掘された日本列島2010』です。今年は邪馬台国(?)に関する出土品と騒がれた纏向遺跡(奈良県桜井市)からの展示がありました。
 また群馬県太田市では,日本最大級の古代の役所跡が発掘されたのです。としかく最新版の発掘状況がわかるのです。
6月22日(火)
タマゾン川といわれ,熱帯魚が遊泳する多摩川
 ブラジルのアマゾン川をもじったものですが,熱帯魚が年を越せるぐらい川が温かくなっているそうです。これは,都市住民の使う台所の湯,風呂の湯がそのまま下水に流れ,浄化しても温かさは変わらないそうです。水の環境を研究している木内豪准教授(東工大大学院)は,「東京都心の下水道管は魔法瓶状態」だそうです。多摩川も下流に近づくにつれ,熱帯業の生息にふさわしい環境になっているそうです。
6月18日(金)
北島三郎ショー昭和の香りがいっぱいの北島三郎ショー
 演歌歌手の歌謡ショーは初めてです。デビューして49年で74歳の北島三郎です。それにしてもスゴイ声量でした。たいしたものです。ファンも年配の人たちばかりで,一緒に年をとっていった感じです。1部は芝居で座長公演,2部が歌謡ショーです。
 いま演歌界で1ヶ月公演で毎日満員にできる歌手は,北島三郎と氷川きよしだけだといいます。来年は50周年,すでに日生劇場の公演が決まっています。それと懐かしいのは白木みのるが出ていたことです。御年75歳だそうです。
6月15日(火)
佐藤允彦トリオのジャズ生演奏に酔いしれました
 20代のころ,ジャズに夢中になっていました。ボーカルではサラボーンのファンでした。それはともかく,久しぶりにナマのジャズ演奏を聴く機会を得ました。東工大に佐藤允彦とトリオによるジャズコンサートが開かれました。司会が日本文化研究家で,同大の講師,ジャズピアニストでもあるマイク・モラスキー氏。会場はデジタル多目的ホール(定員280人)に立ち見がでるほどいっぱいになりました。
 ジャズのおもしろさや曲名の付け方,幼い頃のバッハに対する「恨み辛み」などのやりとりに場内は爆笑。また,即興のおもしろさのなかで,バッハはもちろん,落語の出ばやし(古今亭志ん生)をアレンジしたときは,大拍手でした。アンコールを含め8曲を披露されたが,最後に司会のマイクさんが一曲ピアノで演奏。さすがCDを発売するぐらい,スゴイ腕前でした。
 ジャズ喫茶は減少の一途,しかも先日,月刊『スイングジャーナル』誌が休刊になりました。マイク氏によれば,ジャズの本場・アメリカではジャズの売り上げはアメリカ全体で2%だそうです。なんだか寂しい話しばかりですが,でも久々の生演奏に酔いました。
6月14日(月)
江戸時代のかけそばが16文,蒲焼きは200文…
 蒲焼きの発祥は,室町時代,京都の宇治であったそうです。ただしウナギの丸焼きで,あぶって焼いたあと輪切りにして,醤油と酒を混ぜて付けるとか,山椒味噌を付けたりしたそうです。裂いたウナギが登場するのは元禄時代,蒲焼きとご飯がセットになるのが「付めし」と称して,天明2年(1782)ごろと推定。
 うな丼は一般にご飯の上にのっているものですが,当初は京・大坂も江戸もご飯の間に入っていたそうです。江戸はその後上にのるようになり,関西はそのままご飯の間に入るようになったとか。よく昔からいう,「まむし」の語源は「間で蒸す」というのは本当なのか?
 それにしても江戸で流行ったというのは,金持ちが多く住んでいたからでしょう。かけそばが16文の時代,蒲焼きは200文というから,高価な料理だったのでしょう。
5月31日(月)
厚焼玉子(400円/福喜)ただいま389m
 今回で4回目の訪問です。いつも京成橋から撮っているのですが,画角のなかに納まらなくなりそうです。夕方近くでしたが,大勢の見物客がいました。おもしろいのは,周辺各地からもスカイツリーが見えるという声が出て,さらにツリーの見えるマンションの価格が上がっているというのです。驚きました。
この日は389mです
5月28日(金)
永井荷風の『神橋夜話』を読みました
 なぜ『神橋夜話』(しんきょう やわ)かというと,明治末期の東京の情景がきちんと描かれているからです。もともと短編をまとめたもので,新橋の花柳界を中心に,芸者たちと客の生活を描いたものです。その芸者たちと主人公が都内を動き回ることで,町の様子を知ることができるのです。
 「掛取り」では,待合の女中が,大久保に住む客に借金を督促にいく物語。市電やカフェ・ライオン,車内の風俗,どこで乗り換えるかなどが登場しますが,いちばんのポイントは山の手を走る車内で,下町以外に住んだことにない女中が違和感を覚えることでしょうか。
 ほかに「四ツ目牡丹」や「松葉巴」などそれぞれの町をきちんと描かれているのです。町の様子がおもしろく,アッというまに読み終えました。
5月27日(木)
不慮の死の1位は自殺,2位は交通事故,3位は殺人事件
 殺人事件など犯罪を研究している,東工大の景山任佐教授のユニークな話が聞けました。
その@ 日本の殺人事件で殺される人は年間約700人で,世界でまれにみるほど少ないそうです。欧米の研究者は,日本は徴兵制度がなく戦争を行なっていないのが原因だと推定しているそうです。
そのA 都会と地方では,地方の方が殺人事件が多いのです。これも欧米と反対の結果がでています。地方の殺人事件のほとんどが顔見知りで,犯罪者も被害者も酩酊状態が多いそうです。
そのB 片親の場合は,母の愛情が薄い子どもの場合は犯罪発症率がきわめて高くなります。逆に母親の愛情が濃い場合は,子どもの犯罪発症率はグーンと低くなるそうです。では両親が不仲の場合,子どもの犯罪発症率が上がります。また3世代同居家庭の子どもの犯罪発生率が低いのは,忙しい両親に変わって祖父母が愛情を注いでいるからとか。
そのC 子殺しの母親は,子どもの頃にいじめや虐待を受けているというデータが出ています。
そのD いちばん多い死亡原因は自殺者で年間3万5000人前後,2位が交通事故で約6000人,3位に殺人事件で約700人となります。自殺者では50歳代が急激に増えているとか。
そのE 傷害者は男性がどんどん減っているのに,10代女性が逆にどんどん増えているそうです。
 そのほか,家庭内暴力などいろいろなデータがありますが,景山教授は犯罪も中性化しているそうです。男性の女性化,女性の男性化だそうです。
5月22日(土)
江戸町人の好物・天ぷらと消えてしまった金ぴら
 おもしろい話を聞きました。江戸町人の好物の1つに天ぷらがあります。衣を付けて屋台で揚げるわけですが,江戸も末期になって,屋台間の競争が激しくなってくると,特徴を出すために卵黄を衣に混ぜて「金ぴら」として売り出したら,富裕層に大当たりしたという。つまりタマゴがまだまだ高値の時代だったからこそ,天ぷらとの差別化ができたのです。
 ところが明治に入ってタマゴが徐々に安くなり衣にタマゴを混ぜるのは当たり前になってくると「金ぴら」も消えていったそうです。平成になって,幾つかの店で「金ぴら」をメニューに出している店があるそうです。探し出してぜひ行ってみたいものです。
5月19日(水)
ファイナル公演『化粧』のチラシ『化粧』の渡辺美佐子さんの講演会
 つい先日,渡辺美佐子主演のひとり芝居『化粧』を終えましたが,その10日後東工大で講演会が行われました。息子さんが東工大の卒業生という縁もあったようです。後援のテーマは大きく分けて2つです。
 1つは,28年間続いたひとり芝居『化粧』の原作者でもある井上ひさしさんとの出会いからのいきさつ。渡辺さんは井上ひさしさんが私を育てくれたと言います。地方の興行先で訃報を聞いたとき,ショックのあまりしばらく立ち上がれなかったそうです。
 2つ目は,原爆や戦争にまつわる朗読劇のこと。渡辺さんは60年安保の世代。新劇時代は毎日のようにデモに参加したそうです。いまは多くのベテラン女優陣と組んで「夏の会」を結成,朗読劇『夏の雲は忘れない』を全国巡回しています。いまは反戦・平和を声高に言うのではなく,舞台を通じて訴えたいと思っているそうです。
5月17日(月)
単なる「お土産観光地」,「運河は死んだ」の小樽はどうなる
 最近の小樽は死んだ,という地元の人たちの声が聞こえてきます。また高層マンションが増え,その持ち主のほとんどが東京,横浜などの首都圏の住民だそうです。いまの小樽は観光客が激減しているのも事実ですが,本土資本に独占されつつあることからの恨み辛みが言わせているのかもしれません。かつては町造りの手本とされ,全国の町造りを目指す人たちの教科書とされた小樽が,かつて地元で運動に携わった人たちから批判の的になっているのは皮肉な話です。確かに街づくりのの運動は,分裂を繰り返したのも事実です。
 ただ最近の「小樽・雪あかりの路」運動で,世代間の断絶や各運動団体の意見の違いを埋めつつあるようです。もともと札幌の雪祭りから出た発想で,最近ではすっかり定着しつつあります。
▲札幌や本土資本に独占(?)され,お土産観光地になったという堺町本通り ▲舟も通らない運河は死んだ,という地元民もいるのも事実です
5月16日(日)
南インド音楽にちょっとだけ触れることができました
 一般的にインドの音楽といえば,インド映画に登場する音楽ぐらいしかわかりません。ましてや南インド音楽と言われてもさっぱりわからないのであります。どうも南インド音楽は紀元前一千年半ばの『サーマブエーダ』が最古の賛歌集だと言われているとか。しかも楽譜というものがなく,すべて口頭伝承,すなわち口伝えで教えられるのです。そのため師弟のきずなは強く,親子以上で「神と人間」との関係である,といわれてもよくわからないのが実情です。
 ただ今回の3人の演奏家は,いずれも古典芸能復興の拠点・カラクシェートラ芸術大学の講師も兼ねている南インドを代表する奏者でもあります。両面太鼓,笛,ボーカルの3人がゆったりとした感じの音を出されます。北の音楽は序破急がはっきりしていますが,南インド音楽はさほど顕著ではないそうです。それでも北と南の違いがよくわかりません……。
5月15日(土)
歌舞伎座歌舞伎そばは裏手で再開
 歌舞伎座の前を通りました。工事用の白の板囲いがしてあります。先日,閉場式が行われ,劇場前はたいへん賑わったそうです。まもなく取り壊しがはじまり,平成25年の完成に向けて工事が始まります。歌舞伎座は国の登録文化財で,いろいろな団体から保存案が出たようですが,老朽化の前に消えてしまいました。歌舞伎座には入ったことがありませんが,横にある歌舞伎そばは何度も食べたことがあります。
 カウンターだけの店(10人ほど)ですが,かき揚げ天ぷら(かき揚げもりそば)は人気があって,手でちぎってそばの上にのせてくれるのです。このかき揚げは6種類の野菜が詰まっており,かなりしっかりした天ぷらです。その歌舞伎そばも工事の対象で消えました。しかし,歌舞伎座の裏手に空き店舗が見つかり5月24日からオープンするそうです。すぐに出かけるつもりです。
5月11日(火)
「聖書考古学」でも炭素14年代測定法は賛否両論!?
 「聖書考古学」という言葉を初めて聞きました。100年ほど前からエルサレムで発掘調査が続けられているそうで,当初は信者たちが中心でした。しかし最近は,世界中の考古学者による本格的な発掘調査が行われているのです。旧約聖書時代の集落や洞窟,大規模な墓場など新事実がどんどん発見されているとか。日本では立教大学がその一翼を担っています。
 今回テル・アビブ大学名誉教授のD・ウシシュキン氏が来日され,「聖書考古学」の成果を聞くことができました。詳しい内容は省きますが,最後の質疑応答で,数年前日本の考古学会を混乱させた「炭素14年代測定法を利用しているのか」に関しては,賛否両論でそれぞれが主張している状況でまとまっておらず,年代判定には決定的な方法ではないとのことです。どこの国でも難しいですね。 
5月9日(日)
ホテルリバージュ アケボノバイキング専用の皿が登場!
 これはなんでしょうか? という質問に食事用の皿か重箱の変形かなど,さまざまな答えが返ってくるでしょう。実はバイキング専用の皿なんです。
 ホテル,旅館の朝食はバイキングが主流になっていますが,その場合,大皿,小皿,小鉢などが用意されています。ところが福井市内のホテルでは,バイキング専用の皿を用意されていたのです。縦横約30cmで9カ所のくぼみがあるので,9種類の料理を取ることができます。バイキング専用皿なんて初めて見ました。いろんな皿があるものです。

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