昨日・今日・明日J
2013年(平成25年)
12月18日(水)
ボロ市品物を選ぶ眼力が必要!?
 400年の歴史を持つ世田谷のボロ市に行ってきました。3年連続ですが,どうやら毎回同じ場所に同じ物が売られていることに気がつきました。それほど骨董に興味があるわけではありませんが,本当に安いのか気になります。たいへんな賑わいですが,商品を選ぶ眼力が必要だと思います。来年1月16日の最終日に行くと,一気に値が下がると予想します。
12月6日(金)
チラシ国策紙芝居『チョコレートと兵隊』
 ずいぶん昔,紙芝居を見た記憶があります。駄菓子を食べながら見たのですが,戦後のことなので国策紙芝居とは無縁の世界でした。どこで見せていたのかというと,神社や工場などですが,子どもが租界し,大人は徴兵され,見る人も演じる人も作者,画家も都会からいなくなるのです。
 先ごろ神奈川大学・非文字資料研究センターの膨大なコレクションの展示,実演が行われました。実演というのは,放送研究会の学生が,擬音を交えて熱弁をふるいました。
 『チョコレートと兵隊』は研究者の間で評価が分かれ,米国でも研究されたようです。一部には反戦をテーマにしているのではないか,という意見もあったとか。高峰秀子主演で戦意高揚映画にもなりましたが,結末は大きく変えられたようです。
11月23日(土)
チラシ大奥を裏で支えていた男たち
 江戸城の大奥については数々の資料や文献が残されており,いまさら見に行くつもりもなかったのですが,ちょっとついでにのぞいてみました。幕末といえば,大河ドラマ『篤姫』でも少し描かれましたが,皇女和宮と篤姫の葛藤が有名です。
 今回,意外にも大奥で働く武士団にも注目。いわゆる御留守居役(おるすいやく)のことです。将軍が不在のときに留守を預かる旗本や御家人です。大奥での役割は表の「政治」との橋渡し役,大奥の裏方などの仕事をしている武士団のことです。つまり大奥の運営は,留守居役が行っていたことになります。実におもしろい視点でした。
11月15日(金)
2階建てのトイレ高尾山のトイレはウオッシュレット
 紅葉の高尾山に行ってきました。で,驚いたのが山頂下にあるトイレです。1階が女子,2階が男子,女子となっているのですが,何より驚いたのが,すべてにウオッシュレットが設置されているのです。なぜこんなことができるのか,というと2年前に東京都が水道水を引けるようにしたからです。トイレはもちろん,茶店などの水もすべて水道水です。何億というかなりの金をかけたようです。トイレだけでも1億5千万円。そのせいか内部はかなりきれいで,木の香りがします。
 高尾山はミシュランに三つ星を付けられたせいか,いまや観光客も年間300万人近くになるとか。この日も,山道は歩行者天国並みの混み具合でした。
11月1日(金)
館内は撮影が自由でした岡本太郎記念館内は撮影OK
 「芸術は爆発だ」など数々の名言をはいた岡本太郎氏の記念館に行ってきました。南青山の自宅兼アトリエを生かした記念館です。驚いたことに館内の撮影は全くの自由なことです。これは極めて珍しいことです。多分,「多くの人たちに芸術を身近に感じてもらうためにも,撮った画像を自宅や職場でも触れてもらうことができればいい」ということかも知れません。
10月21日(月)
横手市増田町増田と所子が伝建地区へ
 秋田県横手市の増田地区(写真)が重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。増田地区は町をあげて,町並みの整備を行っています。しかも改築する場合は,地元産の木材を使用することを決めており,補助金も出すそうです。広告用看板が取れると,良い町並み風景が見られるでしょう。
 また,もう一つは鳥取県大山町所子(ところご)の町並みです。手つかずの美しさが残されており,楽しみなところです。所子は近々出かける予定です。これで全国で106地区が選定されました。
10月11日(金)
1964年東京オリンピック前の美化運動
 1964年に東京オリンピックが開催されましたが,その数年前から日本国中,美化運動が広がります。その一つにゴミの問題があげられました。セキスイもポリバケツをすでに販売しており,東京都がその利点に目を付け推奨したことで一気に広がりました。ポリバケツはセキスイの商標登録でした。
 江戸東京博物館の『オリンピックがやってくる』展で,ポリバケツが展示されていたのです。今は角形や手提げ付きなどが販売されていますが,なぜ青色なのかがわかりません。清潔感があったのかも。
ポリバケツ
10月9日(水)
明治のこころ『明治のこころ』は江戸末期と重なる
 モ−スは大森貝塚を発見した人として有名ですが,もう一つ日本から庶民の生活道具,陶器,撮影した写真,スケッチなどを持ち帰っていました。その数は約3万点にも及ぶとか。いまは米国のボストン美術館,ビーボディー・エセックス博物館に収納展示されています。今回,その中から320点を厳選して展示されました。
 珍しいものでは,“生き人形”や厨子ごと背負い,家々をたずね歩いた“巡り地蔵”などがあります。しかし大半は日本各地の郷土資料館に行けばゴロゴロと転がっているものが多いようです。むしろ,スケッチにモース自身の日本に対する好奇心と愛情が感じられます。カタカタと響く下駄などは,詳細にスケッチしており,形や種類も説明されています。もうひとつ写真にも明治初期の庶民の生活ぶりが描かれており,実に興味深いものがありました。同時に明治初期といえども,庶民の生活は江戸時代からの延長線上にあるもので,すなわち江戸末期の生活と重なる部分があるのもおもしろいものです。
9月29日(日)
鉄が溶解します/永瀬留十郎工場。永瀬家はこのあたりでは名門で,洋館や和館などが今でも残っています『キューポラのある街』を体感
 吉永小百合主演『キューポラのある街』の舞台となった川口市金山町に行ってきました。最盛期には鋳物工場が700軒近くあったそうですが,今は激減。ましてや鉄を溶かして型にはめ込む行程を行うところは10軒に満たないそうです。工場の跡地にはマンションが林立。金山町から本町にかけての高層マンションは鋳物工場だったそうです。
木造トラストの美しい工場は文化財級です
 独特の工場の匂いと音,まさしく物作りの原点といえます。防塵メガネをかけ,あらかじめ工場長から火玉が飛ぶ可能性にも注意がありました。確かに小さな火玉が飛び散る様子は迫力満点です。工場の外壁には,準工業地帯の表示もありました。この日は3軒の工場を見学。なかでも線路沿いにある山本鉄工所の工場は,木造トラストの美しい造形でした。まさに文化財級といえます。
 ところでキューポラというのは,コークスで熔解するための炉のことです。鋳物工場にある排煙筒は川口のシンボルでした。
9月22日(日)
近代建築か!?近代建築と偽岩の歴史
 上野動物園のサル山は昭和6年に房総の山々を参考にして建てられました。だからサル山は近代建築である,と言う人もいます。本気なのか冗談なのかわかりませんが,サルが住んでいるのは事実です。
 もう一つ,サル山は偽岩(ぎがん)の歴史の始まりとも言えます。そこで,「偽岩の出現で日本の景観は守られてきた」という意見と,「景観を壊しても,偽岩があるから大丈夫」という意見がありますが,結局のところどちらも主張していることは同じ。偽岩は所詮ニセモノです。
9月9日(月)
『夢千代日記』(20話)を一気に見ました
 NHK人間模様『夢千代日記』の三部作(合計20話)を一気に見ました。CSのチャンネル銀河でまとめて再放送していたからです。約30数年前の番組です。吉永小百合が被爆2世で余命わずかという芸者を演じるせつない物語です。最後の3作目『新・夢千代日記』では,松田優作がリングで倒れ死を予感させ,金魚(秋吉久美子)は絶望の末,愛人と入水自殺,その金魚が育ていた子どもアコちゃんは,雪の降る日1人で大阪の実母に会いに行く,菊奴(樹木希林)は旅役者(ピーター)と駆け落ち,そして夢千代は息絶え絶えになりながら窓外の暗い夜の吹雪を眺める……。
 舞台や映画にもなりましたが,テレビも半分ほどしか見ていなかったので,実に懐かしく見ました。余部鉄橋が暗い裏日本と明るい表日本の境目のような描かれ方をしていたのが印象的。また湯村温泉はこのドラマで一躍知られるようになり,平成16年に夢千代館なるものもできました。なかは舞台となった旅館など昭和の町並みが再現されています。ただドラマ自体を知らない人が多いので,入場者数はイマイチとか。
▲夢千代像は湯村温泉(兵庫県美方郡新温泉町)にあり,吉永小百合は名誉町民となりました。民謡貝殻節は,ドラマのおけがで,知られるようになったとか。
9月4日(水)
花開く江戸の園芸江戸時代,「植木鉢」の与えたインパクト
 この手の展覧会は,実際の花が並ぶのではなく,花の描かれた浮世絵や屏風,園芸書などの展示が中心になるのです。やはり思った通り,江戸時代の各種印刷物を並べているだけでした。そこには「これで勉強しろよ」という企画担当者のおごりが感じられ,おもしろみに欠ける内容になっています。これは常々気になっていました。
 それはともかく,内容に関していうと「植木鉢」の登場が世の中に与えたインパクトはかなり強かった,ということです。園芸が流通にのり,花を売り歩くことが可能になったのはいい視点です。
9月1日(日)
「かかしコンクール」にもあまちゃんブーム
 たいへんな『あまちゃん』ブームです。甲子園での高校野球応援団の演奏する楽曲もあまちゃんのテーマソングが盛んに流れていました。下記の写真は,深川江戸資料館前の通りに展示されていた「第16回かかしコンクール」の作品の一部です。夏場の案山子もおもしろいものです。それにしても良くできた案山子で感心しました。『あまちゃん』ブームの一端を紹介しました。
▲あまちゃん/アキ ▲あまちゃん/夏ばっぱ ▲あまちゃん/母・春子
8月24日(土)
和様の書のチラシ信長,秀吉,家康の直筆が並んで展示
 和様の書というのは,漢字が中国から伝わってきたとき.日本文化のなかで独自に発展させた日本風の書のことです。そして平安時代に仮名が生み出され,独特の和様の書が生み出されたのです。それらはともかく,戦国時代天下を治めた3人の書が展示されていたのです。
 入口から入ってすぐのところに,織田信長,豊臣秀吉,徳川家康の書が並んで展示されていました。家康の書が残っていても不思議ではありませんが,世は戦国時代の信長の書が残っているのは奇跡的と言わざるをえません。尊大で簡潔な文書と言いますが,神経質だったかもしれません。それにしても三天下人の書が並んでいるのは不思議な光景です。
8月20日(火)
通天閣歌謡劇場が秋から復活しそうです
 大阪・通天閣歌謡劇場が6月末に閉館になりましたが,どうやら地元の串カツ振興会が中心になって,雑居ビルの5階を借りて復活させるそうです。それは良かったと思いながら,全盛時代のプログラムがゴッソリ出てきました。NHKの朝ドラ『ふたりっ子』が放映される以前から通っていたのですが,朝ドラの影響は大きく,一気に観光客が増えたのを覚えています。昔はカメラを持って“じゃんじゃん横丁”を撮るだけで,その筋の人が寄ってきて「兄ちゃん,何,撮っとんねん。許可とってんのか」とすごんできました。それから思えば,環境はずいぶんよくなりました。
 新劇場は通天閣歌謡劇場の名前を変え,演歌だけではなく他のジャンルのミュージシャンも登場させるべきだと思います。
1991年演歌祭りのプログラム。
▲入場者に渡される1991年のプログラム。一般的には無名ですが,歌手と客の距離が近いのが特徴です。また必ずレコードやCDを出したことがある歌手です
8月19日(月)
市民からのおくりもの展のチラシ橘右近直筆の『笑点』額がユニーク
 毎年欠かさず見に行くのが「市民からのおくりもの」展です。東博の重文クラスの新收品展の内容には劣りますが,江戸博のほうが実におもしろい内容です。徳川慶喜着用の陣羽織などもありますが,なんといっても『笑点』の額です。昨年,約7800点もの寄贈品,購入品のなかでもユニークさはピカイチ。
 橘右近は落語家で書家ですが,どちらかといえば寄席文字の家元といったほうがいいかもしれません。その作品群は膨大な量ですが,この直筆の笑点は昭和41年(1966)の作品で,テレビの人気番組にまで成長しました。橘右近師匠もあの世で驚いていることでしょう。
8月5日(月)
壇上の講師から携帯音が聞こえてきた……
 講演会やシンポジウムなどに参加すると,開始前に必ず「携帯の電源を切るか,音のでないマナーモードにしてください」との注意。ところが開始すぐに,壇上の講師のポケットから携帯音が聞こえてきました。あわてふためいた講師の様子に,場内は爆笑の渦。で,さらに続きがあるのです。
 1時間ほどして話しは佳境に入ります。そこでまた講師のポケットの携帯音が鳴りだしました。最初の携帯音が鳴ったとき電源を切らなかったようです。客席はその音に緊張しました。ところが講師は携帯音を完全無視です。あきらかに講師のからだから聞こえているのに。講師はどうするのかと客席は緊張と沈黙。もはや内容は頭に入りません。多分,講師も自分で何を言っているのかわかっていないのではないでしょうか。
 約1分,やっと鳴り止みました。このとき客席からホッとしたようなため息が聞こえてきました。そのあと何事もなかったように講演会は続き,そして終わりました。 
7月21日(日)
何十年ぶりかでプラネタリウムを観賞しました
 前回見たのは明石天文台だったと記憶しています。それも何十年前かも忘れてしまいました。最新の機能はスゴイと聞いていましたが,それほどでもないようでした。最も価格によって,機能はかなり違うようです。2年前製造の新型だそうですが,それほどでもないようでした。自治体が購入したので,予算の制約があったのかもしれません。
 ただ,館内が暗くなり,かろやかな音楽が聞こえてくると,自然と眠くなってくるのです。で,自分の“瞬間いびき”で目が覚めたようです(笑)。 
7月20日(土)
アオバズクの巣立ちの瞬間を狙う人たちアオバズクの巣立ちを待つ
 何日も前から何人かのアマチュアカメラマンが大木にレンズを向けているのが気になっていました。ところがその数がとうとう大人数になりました。話しを総合すると,フクロウの一種のアオバズクのヒナの巣立ちを撮ろうとしているとか。2羽のヒナを確認したそうです。場所は佐倉城趾公園の一角です。無事に巣立つといいですね。
7月18日(木)
文楽と近松のチラシナマのドナルド・キーンさんを見ました
 ナマのドナルド・キーンを見たさに,早稲田大学の大隈記念講堂に出かけました。野次馬根性丸だしです(笑)。大講堂はあっというまに満員になりました。橋下大阪市長の文楽に対する言動に腹を立てたことなどを含め,日本人すら忘れられていく文楽をはじめ,能など古典芸能を,京都大学留学時代を含めて,ユーモアも交えて語られました。それにしても91歳とは思えない元気さに驚きました。かなり節制をされているのでしょう。
7月14日(日)
猛暑,酷暑,どっこいしょ!!
 連日の猛暑,からだにこたえます。エアコンはつけっぱなし,しかし外気温の3〜4度程度低くければ,意外と涼しく感じるものです。節電なんていう意識はありませんが,室温27,28度程度で十分。この暑い中を,都心近郊の古い町並みを探して歩いています。帽子,タオル,うちわ,水筒,を持って旧街道,古街道と思われるところを歩きますと,意外と古民家が続いている場合があるのです。そして古寺を見つけてはひと休みします。暑くてもなかなか楽しいものです。
7月7日(日)
セザンヌセザンヌの意外な一面を知りました
 先日,近くの図書館で「セザンヌに見る親のスネのかじり方」というテーマの講演会に行ってきました。講師は勅使河原純さん(美術評論家)。
 ひとことでいって偏屈で傲慢な人だそうです。洞察力は深いが超陰気な性格。パリで暮らしていましたが,絶えず仕送りを要求するのですが,友人にまで「○月○日まで送れ」と命令口調。超天才ですが,反面俗っぽく人間くさいところもあったようです。絵だけで生活できるようになるのは,晩年になってからだとか。エピソード満載の画家でした。
6月29日(土)
チラシ今年は天皇陵からの出土品が展示
 これも毎年楽しみにしている展示会です。いま日本列島では1年間に約8000件もの発掘作業が行われています。どれもが重要な事実をもたらしてくれるのですが,とにかく数が多すぎます。この展示会では,そのうち特に重要な出土品を選んで紹介してくれているのです。そのなかでも珍しいのが宮内庁が管理する陵墓,すなわち天皇陵の発掘も行われており,多数の埴輪が展示されていました。もちろん堺市の仁徳天皇陵も含まれています。
6月27日(木)
圧倒的な迫力です。東博に寄贈された作品群を見ました
 この迫力! 浮世絵にもこんな躍動感のある作品があったのです。これは東京国立博物館が昨年,一般から寄贈を受けた作品を「平成24年度新收品」と称して展示している作品群です。毎年楽しみにしている展示会です。いつも思うことですが,ある所にはあるものです。重文クラスがズラリと展示されているのですから。池大雅や藤原俊成(藤原定家の父親)自筆の書が並んでいるのです。
 ところでこの浮世絵は,歌川国芳を人気絵師に押し上げたシリーズで,今回3枚を寄贈されたそうです。この絵のおかげで江戸町民のあいだで,「水滸伝」ブームを引き起こしたとか。
6月26日(水)
不祝儀袋黄色と白色の水引は今でも元気です
 先般,奈良に葬儀のために出かけてきました。葬儀には使いませんが,法事等に使うのが黄色と白色の水引の不祝儀袋です。昔からあることは知っていましたが,時代とともに慣習も少しずつ変化してきているのかな,と思いましたが,今でも仏具屋さんの店頭に置かれていました。
 黄色の不祝儀袋は,全国的は珍しいと思います。黄色は尊い色をあらわしているのですが…。でもこれを東京で使うと奇異な目で見られます。やはりその土地で使われている色を使うべきなのでしょう。
6月5日(木)
改築オープンした歌舞伎座歌舞伎座にコンビニも出店
 オープンしてから歌舞伎座を見たのは初めてです。ピカピカです。特に外壁の白色がまぶしいくらいです。来たついでに地階の物産コーナーに寄ってみました。そこは年配の女性たちであふれかえっていました。地階には各種グッズや甘味店,カフェなどのなかにコンビニもテナントとして出店。それはセブンイレブンですが,高級志向の売店の建ち並ぶなかで異彩を放っているように見えました。
6月1日(金)
チラシ第3の年代測定法の論文発表がまもなく
 奈良文化財研究所の年輪年代法,歴史民族博物館の炭素14・年代測定法と考古学では大変な進歩をとげているのですが,これを古民家に応用した研究の最前線の発表が行われました。民家は伐採年と築年のずれや,修復などがあってなかなか決定出来ないのも事実です。しかし重文指定の民家を丹念に研究しながら,精度をあげていく様子に感動しました。
 ところで,第3の年代測定法について,まもなく論文発表が行われるそうです。これはセルロースのなかに含まれる酸素同位体を使うとか。ただ測定には大量の部材を必要とするので,「文化財の破壊」という反対論がわき上がりそうです。
5月28日(火)
1階のロビーの片隅で開かれる病院コンサートを始めて見ました
 病院コンサートなるものを始めて見ました。たまたま知人に連れられて行ったのですが,3人のプロミュージシャンで約1時間のジャズ演奏でした。ジャズといっても誰でも知っている曲をアレンジしたもので,美空ひばりの曲まで披露されました。車いすの患者,点滴を打ちながらの観賞はユニークな演奏会でした。月1回の行事で,退屈している入院患者を対象に実施。実際は外来患者もも含めてけっこう賑わっていました。
5月18日(土)
重要伝統的建造物群保存地区に津和野と津山が決定しました
 とりあえず,今春発表された分は津山市と津和野町の2カ所にきまりました。いずれも申し分ないところです。津和野は30年前に申請しようとしたようですが,断念されたとか。多分,一部の住民による反対があったと推定します。今回は宮城県村田町が“東北の復興”の意味を込めて決まるのではないかと予想していました。東北地方では,宮城県と山形県が空白地区だからなおさらと考えたのですが……。今秋,さらに追加発表されるものと思われますので,村田町を含む数地区が決まるでしょう。
津和野の町並み 津山市・東城地区
▲島根県津和野町 ▲岡山県津山市・城東地区
5月10日(金)
最後の同潤会アパート上野下最後の同潤会アパートが消える
 最後の同潤会アパートの上野下アパート(昭和4年築)が6月に解体されることが決まったようです。東京と横浜に16棟ものアパートがありました。関東大震災復興をこめて造られたのですが,とうとう最後の上野下も無くなるわけです。風呂なしのアパートですが,裏に銭湯があって,賑わっていたとか。なんとなく寂しいものです。
4月28日(日)
大神社展のチラシ国宝,重文の展示数に圧倒されました
 それにしても国宝,重文の展示数がハンパじゃない,ということです。チラシには「空前絶後」とあります。200点以上の国宝や重文の集まった展覧会を始めて見ました。神社の数は,明治維新後は19万社ありました。その後合併などでどんどん減り,今では約8万社になりました。いま8万に迫るのが約7万軒のコンビニだとか(笑)。今回の展覧会は神社本庁が総力をあげて協力したようです。
 男~や女~,童形~などこれほどの数の神々が全国に散らばっているとは予想もしませんでした。個人的には,宗像大社(福岡県)の三角縁神獣鏡(国宝)が見られて良かったなあ,と思っています。 
4月21日(日)
大倉集古館大倉集古館に始めて行きました
 日本には個人運営による美術館がたくさんありますが,そのほとんどがビルの一画や自宅を改築した建物ばかりです。今回見てきました大倉集古館(国の登録文化財)は,明治から大正期にかけて財をなした実業家大倉喜八郎が集めた美術品,典籍類が収蔵されています。で,スゴイのが日本で最初の私立博物館として設計された美術館ということです。しかし関東大震災で展示館と一部の展示品を失い閉館。そして昭和2年(1923)に伊東忠太設計による展示館が完成しましたが,ホテルオークラ東京建設のために,展示館を残して解体されたのです。
 2階建てで天井が高く,この日は国宝や重文指定の多い「大倉コレクションの精華T」が展示されていました。今回は中世から近世の絵画が中心で,宗達派や狩野探幽らの作品が圧巻です。ところで,設計者の伊東忠太は,他に湯島聖堂,築地本願寺などを設計し東洋風デザインを得意としていました。場所はホテルオークラの前にあります。
4月9日(火)
美空ひばりの妹が歌っています美空ひばりの妹が歌っています
 噂に聞いたことがありますが,レコードも何枚も出したそうで,すべて姉の美空ひばりの歌だそうです。今回たまたま,あきる野市を歩いていたら,実妹・佐藤勢津子さんが,冠二郎さんと一緒に『演歌ひばり歌謡 熱唱競演』と題したポスターを見つけたのです。年齢も70歳近いのではないかと思いますが,ひばりファンは妹に姉の美空ひばりを重ねて見ているわけですね。6月12日に開かれるのですが,S席3800円は高いか安いか。
4月7日(日)
国宝「花下遊楽図屏風」を見てきました
 東博には国宝室があり,月替わりで極上の文化財1点をじっくり観賞するために設けられた部屋です。そこで今月は「花下遊楽図屏風」(かかゆうらくずびょうぶ)で,早速見に行ってきました。やはりというべきか,右側の2枚分が真っ白でした。関東大震災で焼失したのですが,かろうじて当時撮影した写真が残っていたので,解説で写真付きで紹介されています。
 狩野派の絵師・狩野長信が描いた絵で,風景は水墨に近い落ち着いていて,人物は金箔を使ってあでやかに描かれているのです。江戸幕府の御用絵師で,人物の動きや表情が生き生きと描かれています。現在,残っている作品が少ないそうで,残念です。 
花下遊楽図屏風の左隻/八角堂らしき寺院前で繰り広げられる風流踊りとそれを眺める人々を描いています。 花下遊楽図屏風の右隻/中央の2扇が関東大震災で焼失。大正期に撮影した白黒写真で知ることができます
▲風流踊りと見物人を描いています ▲中央2枚が関東大震災で焼失
4月5日(金)
重要伝統的建造物群保存地区がそろそろ発表されるころです
 平成25年度選定の重要伝統的建造物群保存地区が文化庁から発表される時期がきました。何カ所になるかわかりませんが,多分次の6カ所あたりから選ばれるのではないかと思います。
@秋田県横手市増田地区,A宮城県村田町,B群馬県甘楽町小幡地区,C滋賀県彦根市河原町,芹町,本町,D岡山県津山市・城東地区,E島根県津和野町。特に津和野などは選ばれ当然と思っていましたが,多分地元の意見を調整することができなかったのでしょう。それにしてもいずれも重要伝統的建造物群保存地区に選定されてもおかしくない町並みです。
横手市増田町 村田町 小幡
▲秋田県横手市 ▲宮城県村田町 ▲群馬県甘楽町
彦根市本町あたり 津山市・城東地区 津和野
▲滋賀県彦根市 ▲岡山県津山市 ▲島根県津和野町
3月26日(火)
入浴料金銭湯の入浴料金は450円!!
 銭湯に行かなくなって何十年になるでしょうか。最近では「銭湯ツアー」が解説者付きで行われています。それほど希少価値になったといえます。自分で覚えてている入浴料は大人140円ぐらいだったと思います。学生時代は風呂付きのアパートなんて贅沢でした。いまは風呂付きがないと生活できません。しかし今は大人料金がなんと450円です。家族で行くと1ヶ月いくらかかるのでしょうか。右上の写真は,江戸東京たてもの園にある子宝湯で見つけました。昭和28年当時は大人が15円だったそうです。
3月25日(月)
復興小学校の展示会東京・港区の復興小学校
 学校建築という分野があります。これは関東大震災(1927)で多くの学校が壊れました。その後の復興期に,安全性を重視した堅牢な構造を持った学校が大量に造られたのです。しかし耐用年数が過ぎたことから,どんどんと建て替えられていきました。それでも現在でも使用されている事例があります。「復校小学校」として生きているのです。
 慶応大学・建築プロジェクトは港区(東京都)からの助成金も得て,港区内の復校小学校の現況を調査し,その結果を展示されました。慶応大学第一校舎(昭和12年築),麻布学園普通教室棟(昭和7年築),平成14年に一部改修された高輪台小学校(昭和10年築)があります。建設当時の校舎が現存するのは旧東京市愛宕高等小学校のみで,現在は閉校後東京都財務局が管理しています。全国的にも近代建築として価値ある学校は消滅の危機にあります。少子化の流れで消えつつありますが,一等地にある場合が多く,保育所などに転用できないものかとつくづく思います。
3月19日(火)
ラッキー! 東急東横線の記念弁当が半額でした
 メディアのあいだでたいへんな話題になりました東横線と副都心線の相互乗り入れですが,東急ストアから2種類の記念弁当が発売されました。記念弁当には関心がなかったのですが,夜の9時半頃東急ストア二子玉川店に入ったら,記念弁当が半額で売られていました。「半額なら安い!!!」というわけで,2個買いました。残りがわずかだったので,ここで逃せば後悔すると焦ったわけです。売れ残ったというのは,たくさん作りすぎたのかな。半額にぶち当たったというのはラッキーでした。
正式の名前は「東急東横線・東京メトロ副都心線相互直通運転記念弁当」です 正式名称は「85年分のありがとう東横線渋谷駅記念弁当」
▲総合直通運転記念弁当1000円 ▲東横線渋谷駅記念弁当850円
3月17日(日)
八重の桜藩主の松平容保と綾野剛は似ている?
 『八重の桜』展を見てきました。今回の大河ドラマは“復興”をテーマにしているそうです。震災後,福島県の観光担当者は,何をテーマに掲げたらいいのかわからなかっただけに,NHKからの大河ドラマの話しがきたとき,喜ぶと同時にホッとしたそうです。
 今回の展示の説明方法にいささか奇異を覚えました。一般に展示物の横に解説文を貼り付けますが,『八重の桜』では,手前の展示ガラス上に貼っているのです。だから奥行き感はでますが,展示物を見るとき,ちょっと目障りという感じもしました。慣れないこともありますが,どのような反応がでますか……。
 幕末が時代背景にあるだけに,たくさんの写真が残されており,結構古写真が展示されています。藩主の松平容保の写真も残っており,俳優の綾野剛さんに似ている(!?)ように見えるから不思議です。このあと,展示会は会津,京都へと回るそうです。
2月27日(水)
日比谷図書文化館日比谷図書館から東京生活
 何十年ぶりかで日比谷図書文化館に行きました。いま『徳川将軍家の器』展を見に行ったのですが,明暦の大火で焼けて壊れた器を展示しているからです。でもこなごなに割れた器をいくら目をこらして見ても,おもしろいものではありません。ただあちこちの美術館などから借りた名品を展示していたので,助かりましたが。
 ところで昔は日比谷図書館と呼んでいました。受験生だったころ大学合格を確認したあと,即この日比谷図書館に駆け込みました。新聞閲覧室に置いてあるたくさんの新聞の求人広告をでバイト先を見つけるためです。しかも住み込みで,食事付きという条件でしたが,その日のうちに面接して決めました。高度経済成長のころです。仕事はいっぱいありました。学費,住まい,食事はそれで決まり,ということです。そんな日比谷図書館は,東京での生活の第一歩だったところです。
2月25日(月)
階段でのひな飾り今年も両国駅の階段でひな飾り
 恒例のJR両国駅階段でのひな飾りがはじまりました。これは勝浦のひな祭りや佐原へのひな祭り号運行の宣伝の一環としてです。
 全国各地でひな飾りを店頭や玄関に飾って,お披露目する風習をよく見かけます。神社の石段全体を使って人形を飾る大がかりなものまであります。両国の駅は臨時列車の利用以外は使われないホームがあるので,そこに上がるための階段を利用しているのです。階段は奥まった所にあるので,そこまで足をのばす人は意外に少ないのが実情のようです。
2月21日(木)
隅田川と本所・向島−開発と観光目からウロコの明暦の大火後の本所開発
 「明暦3年(1657),江戸の大半を焼き尽くす大きな火災が発生し,江戸城本丸,二の丸,三の丸までもを焼失しました。事態を重く見た幕府は,本所など,すなわち隅田川の左岸の開発を進めました。大名屋敷なども強制移転,町は碁盤の目のような町造りを行なったのです」というのが定説でした。ところがどっこい,それだけではなかったのです。

すでに旗本に与えるべき土地が枯渇
 今回のシンポジウム参加者の1人中山学(墨田区文化財保護指導員)さんの研究発表によれば,大火が起こらなくても本所は開発されることが決まっていたそうです。大火以前から,幾つかの大名や上級武家たちの土地の取得が始まっており,幕府も積極的に進出しようとしていたというのです。というのも家光・家綱政権期に新に採用された旗本たち(大名や旗本の次男以下),新参幕臣たちなど多数に与えるべき土地が江戸市中に無いからです。そこで幕府は川向こうの本所村に目をつけたのです。
 旗本といえば,幕府直属の武装集団です。手厚い政策が必要となってくるからでしょう。そこで明暦の大火が本所進出をいっそう促進させたといえるのです。逆にいえば,明暦の大火が起こらなくても,本所の開発は進んだわけです。
 今回のシンポジウムは実におもしろい内容でした。                    
2月17日(日)
雑誌展で改めて雑誌のことを考えさせられました
 日本で雑誌が発行されるようになったのは,近代以降です。特に明治,大正は『ホトトギス』,『改造』など文学,思想などの雑誌,主婦向けの雑誌など多彩でした。しかし最も花開いたのは,戦後になってからでしょうか。あらゆる分野の雑誌が発行され,まさに時代の鑑と言えます。近年はネットによる影響で,衰退の一途をたどっています。「雑誌に見る東京の20世紀」展は改めて雑誌のことを考えさせられました。
平凡パンチ創刊号/若者文化に大きく影響を与えました/当時「右手に平凡パンチ,左手に朝日ジャーナル」という言葉も生まれた時代でした ポパイ創刊号/巻頭のコラムの表現法は,当時の雑誌編集者に大きな影響を与え「ポパイ方式」なんて言葉も生まれました 週刊ポスト創刊号/当時,出版界では最後発の週刊誌といわれました。広告部員が営業に回ると,「どちらの郵便局ですか」と言われた逸話が残っています。創刊からしばらくはかなり苦労したようです
▲平凡パンチ(平凡出版) ▲ポパイ(講談社) ▲週刊ポスト(小学館)
2月15日(金)
円空のチラシ木彫りの仏様に魅了されました
 円空展に行ってきました。一本の木から彫ったという木彫りの仏を展示されているのですが,あまり期待しないで行きました。しか三十三観音立像は三十一体の群像の圧巻ぶりは言葉で言い表わせませんでした。中には立木に彫ったという金剛力士立像は,根本部分が腐って仏像が離れたので展示できたそうです。千手観音菩薩立像の手は別の木で彫って本体に貼り付けたそうです。また柿本人麻呂座像は現在4体が現存しているそうですが,そのうちに1体が見られました。木彫りの人物像はけっこう珍しいのではないかと思います。おもしろいのは,チラシの表紙(写真右)にも使われている両面宿儺(すくな)座像は,背後霊のように後ろからもう一つの顔を見せているのです。
 ある仏教美術の学芸員は「思ったほどたいしたものはなかった」といいましたが,そんなことはありません。確かに京都や奈良の洗練された仏像と違い,田舎っぽい感じですが,素朴で力強い仏様です。今回は木彫りの仏様にすっかり魅了されました。
2月10日(日)
復元した銅鐸で演奏謎の多い銅鐸の演奏を聞く
 奈良県立橿原考古学研究所(橿考研)が14個の銅鐸を復元したうちの4個を使って演奏会が行われました。銅鐸は突然現れて突然消えたという,考古学史上謎の青銅器と言われています。音色は寺の梵鐘と違って,余韻がなく,どちらかといえば半鐘に近い感じでした。梵鐘は外側から叩き,銅鐸は風鈴のように内側から叩きます。西洋の教会の音色などとの比較など,コンピュータでの波形を示しながらの,実におもしろい催しでした。銅鐸は現在500点以上も出土されていますが,50点が奈良県で発掘されています。
 何に使われていたのか,弥生人は何と呼んでいたのか,なぜ急に消えたのかなどがよくわかっていません。それでも近年は少しずつ謎が解かれてきたようです。銅鐸はおもしろい!
1月28日(月)
昭和残侠伝シリーズ2作目の唐獅子牡丹のポスター高倉健の大ヒットした映画と主題曲
 風邪でダウンしたおかげで,録画していた2時間ドラマや映画をまとめて見ることができました。そのなかのが『唐獅子牡丹』は昭和残侠伝シリーズの2作目で,まさしく大ヒット作ですが,B級映画としてもおもしろく見ました。義理と人情で命をかけるという単純なストーリーですが,栃木県の大谷石採掘場が舞台です。1966年の公開ですが,劇場から出てくる観客の多くが,高倉健になったつもりになっているとか。上映時間は1時間半足らずでロケ地は採掘場とその付近の堤防。あとはスタジオです。多分,高倉健の拘束時間がわずかなため,短時間で作ったのでしょうか。
 それよりも劇中に流れる唐獅子牡丹の主題歌がヒットして,いまでもたまにカラオケで歌う年配者がいます。
1月24日(木)
とうとう風邪を引いてダウンしました
 とうとう風邪を引きました。熱は微熱ですが,咳は止まらず,体はだるい。医者にみてもらいました「家で休むように」といわれました。今週のスケジュールはすべてキャンセル。情けない話しです。インフルエンザでなくてよかった。
1月20日(日)
企画展の音声ガイドがタッチペン式になっていました
 博物館や美術館の企画展などに行くと必ずあるのが,音声ガイドの受付けです。1回500円なので,けっこう利用しますが,音楽が入っていたりして,わかりやすく解説してくれます。欠点は,解説している美術品だけじっくり見て,他の展示品には見向きもしないということになりやすい。たとえじっくり見るとしても,解説している展示品に音声ガイドを聞いている人が集中して,実際の展示品が見づらいということもあります。
 で,それはともかく,最近の音声ガイド機は軽いペンタイプで,案内シートの絵や写真にタッチするだけで聞こえるという風になっています。イヤホーンでガイドを聴くというのは変わりません。それにしても押しボタン式と違って間違えることも少なくなりました。3年前ぐらいから出回っているようで,便利になっていくものです。
1月17日(木)
ボロ市この冬,初の転倒!!
 世田谷のボロ市に行ってきました。積雪後の日ですが,道路の中央にはカチンカチンの雪氷が残っており,それに足を取られて転倒。除雪されているだろうと安心していました。何度か滑りかけたことはありましたが,この冬初めての転倒でした。気をつけないと。
1月13日(日)
尾張徳川家のチラシ「よろいかぶと」と「孫の手」の意外な関係
 今年初の博物館詣でです。早速,尾張徳川家の至宝展に行ってきました。尾張家初代が着用したという銀色に輝く甲冑はすばらしいのひと言です。ところで,解説していただいた学芸員で今回の企画担当者・淡谷友子さんは,「この具足には,もう一つ“孫の手”が付いているのです」という。いわば,具足を着用した殿様は,背中などがかゆくなったら,孫の手でかくそうです。「ああ〜,気持ちいい〜」と言ったかどうかはさだかではありませんが,なるほどと思わせました。その孫の手も展示してほしかった。
1月1日(火)
2013年最初の富士山2013年元旦の富士山です
 今年もベランダから美しい富士山を見ることができました。そして無事に新年を迎えました。昨年は4種類のがん検診を受けましたが,一発でクリアしました。「これで4,5年は大丈夫だろう」と言うと,医者が怒りました。毎年受診しないといけません,と。今年も何事もなければいいのですが。 

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