昨日・今日・明日K
●2018年(平成30年) 
12月29日(土) 
  目赤不動ってどこにあるの?
 目白不動や目黒不動は鉄道の駅名があるので知られていますが、目赤不動は一般的には無名。「江戸五色不動」のひとつで本駒込にあります。
12月22日(土) 
いわなみ線に乗りました
 名古屋の金城ふ頭から名古屋駅までですが、バスで行くよりも乗り換えた方が早いことに気がついたから。朝晩は混んでいますが日中はガラガラ。 
 
12月16日(日)
  吉祥寺は文京区にあります
 武蔵野市には吉祥寺はありません。実際にあるのは文京区。明暦の大火後、幕府の命令で吉祥寺周辺の人たちは今の所に移転させられた。
12月9日(日)
討ち入りに陣太鼓を鳴らす
 娯楽映画の王道・『忠臣蔵』(1958)を久しぶりに見ました。大映映画で長谷川一夫、市川雷蔵、鶴田浩二、勝新太郎が若い。近年の忠臣蔵はリアリティに重きを置いていますが、この作品はまさに伝説など虚構の世界を描いています。討ち入りに陣太鼓を鳴らすなど娯楽映画の王道の作り。なかなか面白い。
 
12月6日(木) 
新選局長・近藤勇の二つのそっくり坐像
 新選組局長・近藤勇は、現在の調布市野水1-6で生まれました。豪農の三男で、養子に出されます。ということで、近藤勇に関する古文書、碑などは市内各所にあります。毎年あちこちで「近藤勇ゆかりの地めぐり」が実施されています。当然坐像、胸像などもありますが、西光寺の坐像と調布市立郷土博物館の坐像がそっくりなのです。
 それもそのはずで、博物館の坐像は強化プラスチック製で、元々は鋳型でもあったのです。軽いのであちこちにイベント用に貸し出しているそうです。 
   
▲西光寺にある近藤勇坐像  ▲郷土博物館にある近藤勇坐像 
12月5日(水) 
  まるで“清水の舞台”
 大田区の多摩川浅間神社は、多摩川からの景色が一望できるビューポイントです。対岸の武蔵小杉のタワーマンション群や東急東横線も間近です。 
12月1日(土) 
「浅野さま 殿中ですぞ!」と叫んだ梶川与惣兵衛の墓
 元禄14年(1701)の赤穂事件は、その後の波紋の大きさに幕府は驚いたことでしょう。現代にあっては、お祭り騒ぎの泉岳寺、ひっそりと静まりかえった吉良上野介の眠る萬昌院は対照的でもあります。そしてもう一つ、松の廊下で「浅野さま! 殿中ですぞ!」と叫びながら浅野内匠頭を羽交い締めにした梶川与惣兵衛(かじかわ よそべえ)に対する風当たりも強かったそうです。500石加増されたものの、肩身は狭かったとか。
 早稲田通り(中野区上高田)沿いの天徳院本堂の裏手にひっそりと佇む墓があります。『梶川家先祖代々墓』の名の通り、いまも梶川家の人たちが墓を守られています。案内板がないので探すのに苦労しますが、歴史研究家や忠臣蔵ファンなどがときおり訪れるそうです。 
   
▲天徳院/早稲田通り沿いにあります  ▲梶川与惣兵衛が眠る墓です 
11月27日(火) 
建物内部からもれてくる薄明かりを生かす
 「紅葉とたてもののライトアップ」という催しをやっていたので、江戸東京たてもの園に行ってきました。学芸員の米山さんは「建物にライトをガンガン当てるのではなく、建物自体の明かりを生かすためのライトアップです」と解説。だから園路はとても暗いです。そのため懐中電灯を無料で貸し出しています。
 たてもの園には何度か訪れていますが、こんなに混んでいるのは初めての経験です。入館券を購入するするのに行列ができ、警備員が人員整理する光景にビックリです。でも従来のライトアップと違って、建物内部からもれてくる薄明かりを生かすライトアップは、とても魅力的です。 
   
▲書店や花店などの看板建築群  ▲前川國男邸/明かりが素敵です 
11月22日(木) 
天皇皇后両陛下が高輪に引っ越してくる!
 もともと熊本藩細川家の下屋敷でした。ココで赤穂浪士の大石内蔵助ら17人が切腹をしました。明治以降は皇族邸となり、昭和天皇の皇太子時代は東宮御所として使われました。その後高松宮邸となりましたが、高松宮廃絶後は使われていませんでした。2019年4月、今の天皇が退位後はここを仮住まいとされます。皇居改修後に新天皇が皇居に移り、その後の今の東宮御所を改修して仙洞御所となります。その仙洞御所に今の天皇が旧高松宮邸から仙洞御所に移るという段取りです。それにしても旧高松宮邸のある高輪地区の住民の皆さんは、天皇皇后両陛下が近くに引っ越してくるのだから、うれしいでしょうね。 
   
▲現在改築中の旧高松宮邸 ▲在りし日の旧高松宮邸2012年撮影 
11月18日(日)
カツラ着用の坊主が死去
 東京都港区高輪2丁目に桂坂があります。桂の木が生い茂っていたというのが表向きの理由。実は寺の坊主が、夜な夜な頭にカツラを付けて、品川宿の遊郭に通っていました。ところが遊郭の帰途、この坂で急死! なぜ? 
 
11月16日(金) 
   ●『リーガルV』のロケ地です
 テレビドラマ『リーガルV』(主演・米倉涼子)のロケ地です。場面では東京地方裁判所として登場します。東急東横線大倉山駅から徒歩15分ほどの「横浜市大倉山記念館」です。
11月15日(木) 
カバンの自販機を見てきました
 養父市(兵庫県)の大杉重要伝統的建造物群保存地区に行くついでに豊岡市のカバンストリートに行きました。カバンの自販機があるというからです。カバンは布製で1500円均一。透明の筒型ポットに入れられており、買い物袋といった感じのものです。いろいろなデザインがあるようです。自販機は豊岡駅やコウノトリの郷公園にもあるとか。まあさすがに買いはしませんが、いろいろな自販機があるものです。 
   
▲中央がカバンの自販機です  ▲すべて1500円均一でした 
11月13日(火) 
塩まみれの「塩かけ地蔵尊」
 新宿2丁目に太宗寺という浄土宗のお寺の境内に珍しい地蔵が祀られています。「塩かけ地蔵尊」というのですが、胸から下が塩まみれになっています。お願いするときは、地蔵さまの塩を少しいただき、願掛けの返礼には塩を倍にしてお返しします。
 
11月12日(月) 
  調布飛行場に伊豆七島のみやげ自販機
 
大島は三原椿油(1050円)と海の精あらしお(660円)、新島はペペロンオイル(650円)と新島焼くさや(660円)、神津島はあしたばみそ(500円)と岩のり(530円、三宅島はあしたば佃煮(530円)とあしたば炊き込みごはんの素(500円)の4島のみ。つまり運航便があるところだけ。帰宅時、みやげの買い忘れにいいですね。
11月7日(火) 
『かわさき宿交流館』に行ってきました
 旧東海道品川宿に次が川崎宿。その川崎宿に行ってきました。しかし旧街道らしき面影はまったくありません。そのかわり市が建てた『かわさき宿交流館』という立派な施設がありました。茶屋を復元したり、宿場を再現したり展示と解説でかなり充実しています。休憩室もありました。 
 
11月5日(月) 
  正徳太子の飼い犬・雪丸は念仏を唱える?
 しかも臨終の際に「自分を達磨塚の丑寅(北東)に葬るように」と言い残したとか。人の言葉もわかる雪丸はさすがに正徳太子の愛犬。いまは達磨寺に雪丸像として祀られています。そして奈良県王寺町のマスコットキャラクター。実は奈良まほろば館での「正徳太子と大和川」といテーマの講演でのひとこまでした。  
11月2日(金)
ちくわの穴に紅しょうが
 ちょっと変わったそばを食べました。「紅しょうが入りちくわ天そば」(450円・富士そば)がソレ。ちくわの穴に紅しょうがを突っ込んだだけのシンプルな具材。でもこれがとても美々なのです。関西には昔から紅しょうが天(または赤てん)がありました。
 
10月29日(月)
新宿追分の名を残すのは、だんご、交番、バス停……
 新宿は甲州街道と青梅街道の二つの街道が分かれる所です。これを「追分」といいます。そして新宿3丁目交差点あたりを「新宿追分」と呼んでいました。いまでは交通量の多いところで、人々の買い物や観光で賑わっています。追分は正式な地名ではありません。あくまで通称名です。いま追分の名を残すのは、「追分だんご」、「追分交番」、バス停の「新宿追分」ぐらいです。ちょっと寂しい気がします。 
   
▲追分だんご本舗は昭和20年創業ですが、団子自体の歴史は江戸から続く  ▲追分交番は1971年新宿クリスマスツリー爆弾事件で一躍有名に
10月22日(月) 
  川崎大師に大横綱・北の湖の銅像
 北の湖は2015年に死去、銅像は2017年に建立されました。なぜ川崎大師かというと、檀家だったそうで、1985年から毎年参拝、10年に一度の大開帳奉修にも訪れていたとか。像の高さは2m5cm、重さ900kgと特大。名所が一つ増えました。それにしても大きい!
10月19日(金)  
江戸川区の文化財2件・地獄絵図と目黄不動尊
 江戸川区の文化財2件を見学しました。一つは光福寺の『紙本着色地獄絵図3幅』です。江戸時代のものですが、(写真左)左から「阿鼻地獄」(あびじごく)、「閻魔王宮」(えんまじごく)、「等活地獄」(とうかつじごく)の3場面です。細かく観察しますと、かなり残酷な様子が描かれていて、なかなか面白く見ることができます。
 もう一つは最勝寺ですが、目黄(めき)不動として知られています。江戸五色不動のひとつで、目黒不動、目白不動、目赤不動、目青不動と並ぶ不動尊です。桧の寄せ木造りで、向かって右目がカッと開き、左目が薄開きになっています。目黄不動尊は台東区の永久寺にもあります。江戸五色不動は徳川三代将軍・家光の帰依を受けたと言われていますが、由来は定かではありません。 
   
▲「紙本着色地獄絵図」です。江戸川区登録有形文化財 ▲「木造不動明王坐像」。江戸川区登録有形文化財
10月15日(月) 
このところ毎日飛来するカワセミ
 東京都内最大の親水公園・水元公園(葛飾区)に行ってきました。久しぶりですが、今回はカワセミの里を訪問。ここのところ毎日飛来しているそうです。掲示板には昨日は8回やってきたとか。今日はすでに3回。池の周囲にはアマチュアカメラマン10数人が超望遠で狙っています。実物のカワセミを見たことがないので、行ってきたのですが、そう簡単に出くわすわけがありません。で、あきらめました。ところで水元公園のイチョウも塩害にあっていて、葉の半分が枯れていました。 
   
▲事務棟にカワセミの飛来時刻  ▲人工で飛来地を造成 
10月14日(日) 
今年は無事に開催されました
 多摩川花火大会は、やや冷え込みましたが、賑やかでした。世田谷区と対岸の川崎市との共同開催だけに両方でポンポンとにぎやかに上がりました。
 
10月7日(日) 
   ●ビルの谷間の福徳神社
 最近、外国人観光客も多くなった日本橋室町。そのビルに囲まれ神社です。大正時代に現在地に移転し、「源義家や太田道灌、徳川家康も参拝した」とか。日当たりが悪そう。
9月26日(水) 
●回る、回る狛ネズミ
 横浜市西区役所近くの戸部杉山神社はちょっとおかしい。狛犬ではなく白い狛ネズミのです。しかも手で押せばまわるのです。なぜネズミなのかは、大国主命(おおくにぬしのみこと)がネズミに助けられたという神話に基づいているそうです。コンクリート造りのネズミですが、軽く押してやるとゆっくりまわります。回っているあいだに願をかけるといいそうです。 
   
▲右側がオス、左側がメスです  ▲男は時計回りに女は反対に回す 
9月24日(月) 
高度な開削技術を駆使した玉川上水
 江戸時代初期、町が発展するとどうしても不足するのが水です。神田上水などではまかなえず、多摩川から引くことになり、全長43kmの傾斜の少ない、平坦な地形をほぼ1年で完成させたのです。当時の高度な開削技術があったわけですが、それらを模型を使って展示、解説していました。
 
9月20日(木) 
相撲ファンの“入り待ち”から大きな声援が飛ぶ
 連日、両国で行われている大相撲秋場所が賑わっていますが、久しぶりに国技館に近寄って見ました。 午後2時半ごろになると、上位の力士たちは、タクシーで国技館の関係者入口に乗り付けます。そこから4〜5mほどの歩道を横切るわけですが、そこを狙って歓声が飛びます。歩道脇には、あらかじめ午前中に取り組みを終えた付き人たちが、関取衆の乗ったタクシーの到着を待っているのです。タクシーに乗れない下位の力士は、遠くの方から歩いてきますが、そんな姿にもファンは大きな声と拍手で声援を送っています。それにしてもなかなかおもしろい光景でした。
   
▲カラフルなのぼりがはためきます  ▲ 声援を送る“入り待ち”のファン
4月6日(金)
  看板建築は日本を代表する建築
 看板建築展なるものに出かけてきました。ここに登場するのは、よく見かける看板建築ではなく“芸術的”とでもいおうか、すばらしい建築なのです。一般に関東大震災後、東京を中心に誕生したといわれていますが、実際は全国各地に建っています。第二次世界大戦の空襲被害を受けた地域にも看板建築は建っています。ただいえるのは商家が多かったことでしょうか。それにしても“看板建築”が、学術用語になっているとは知りませんでした。また日本を代表する建築なのです。 
1月1日(日) 
元旦から富士山を見られました
 今年も無事に新年を迎えることができました。からだはいたって健康です。さて今年は岩手県と島根県を回る予定です。さらに小旅行(1泊)や日帰りが幾つかあります。今年も富士山が見られました。 
 
2017年(平成29年) 
11月5日(日) 
新たに2カ所の重要伝統的建造物群保存地区
 下の写真通りに2カ所が選定されました。いずれも数年前に出かけていますが、まだ重伝建に選定されていないのが驚きでした。少なくとも住民の8割以上の賛成が必要で、しかも保存するための条例制定も必要となります。けっこうハードルが高いのですが、観光客が四季を問わずに訪れることを考えますと、町おこしにはうってつけかと思います。
   
▲大分県杵築市/坂の町です  ▲広島県福山市鞆町/江戸時代散見 
10月22日(日)
東京の歴史的建造物の写真展
 今回は『東京の教会』です。世田谷区若林にカマボコ型の教会があります。アントニン・レーモンドの設計ですが、そのレーモンドの作品もまとめて展示しています。また都内でも珍しい木造建築の聖オルバン教会(港区)やカトリック神田教会など文化財に指定されている教会も珍しくありません。 
 
7月31日(月) 
国会議事堂(衆院)を見学しました
 はじめての体験です。一度も見学したことがないのも珍しいでしょうね。衆議院ですが、気がついたのは参院と衆院は、一般職員も厳格に別れていて、お互いに足を踏み入れた事が無いそうです。廊下は一本でつながっていても、見えない境界線があるそうです。また衆院議場に参院の議員は入ることができないし、見学用の傍聴席を利用しなくてはいけないそうです。考えて見れば速記方式も違うから当然といえば当然か。小学生の団体客がくると、とたんににぎやかになります。帰りは国会議事堂正面から出ました。 
   
7月16日(日)
すっかりハマった生中継で見る将棋
 最近ちょっとした将棋ブームですが、ここ2回ほど藤井聡太4段の生中継を見ました。将棋の生中継がこれほど面白いとはわかりませんでした。先日の加古川青流戦は、最後の最後の土壇場で逆転する様子は、2人のプロ解説者も予想を上回る展開にあたふたするだけで、解説になっていませんでした。実におもしろくハマりました。次回は7月21日の上州YAMADAチャレンジ杯です。 
5月27日(土) 
  眼鏡なしの立体テレビ、シート状の極薄テレビ
 例によって、毎年開かれているNHK放送技術研究所の技術公開に行ってきました。確かに4Kと8Kの違いを比較して見せられると明確にわかります。でもそこまで必要なのかと思います。医療用の内視鏡などには役立ちそうです。次は16Kだそうで、技術屋さんたちの生きがいを失わないようにしているのでしょうか。眼鏡なしで見る立体テレビもかなり進んでいました。将来丸められるシート状の極薄モニターも面白いです。立体絵本も実際にさわって(?)きました。テレビの世界はますます変わっていきます。 
3月30日(木) 
地形改変と都市化で災害も変化
 明治、大正と災害があったのにも関わらず、ほとんど知ることがありませんでした。やはり人口が極端に少ないことと、中央までその声が届きにくかったことがあげられます。
 ところが、昭和40年代以降の大規模開発を経た多摩地区と多摩ニュータウン区域では、地形が大きく変わることで災害も変わってきました。同時に都市化の影響も大きい。特に地震による土砂災害と河川による水害です。いま河川の改修があちこちで行われていますが、やってもやっても切りが無い! という感じです。 
 
2月26日(日) 
  せたがや大根カレーって!?
  
世田谷区(東京都)は意外に農業の盛んなところです。行政も世田谷産野菜をPRしていますが、なんと言っても生産量が少ない。大蔵ダイコンもたまに学校給食に提供するだけです。今回のカレーはイベントで無料で食べられたのですが、認知度は低い! 隠し味に豆乳を入れており、汁のほとんどないカレーが特徴
1月9日(月) 
久しぶりに重要伝統的建造物群保存地区が新たに選定
 しばらく遠のいていました重要伝統的建造物群保存地区の選定が2カ所決まりました。いずれも数年前に行った所です。戸隠(とがくし)は茅葺き屋根の大型家屋が印象的でした。宿坊が中心になったようです。一方の出羽島(てばじま)は漁村集落で、伝統的な「ミセ造り」が多く見られます。連絡船で渡りますので、少し時間がかかります。日本にはまだまだ古い町並みが残されているのです。また住民の反対で、選定作業が進まないところもあります。これで全国で114地区が選定。 
   
▲長野市戸隠集落 ▲徳島県牟岐町出羽島集落
1月1日(日) 
富士山は輝いています
 今年も富士山を見ることができました。昨年は医者のすすめもあって、かなり体重を落としました。さて今年は、山形県、岡山県、新潟県を前半に行く予定にしています。昨年末の糸魚川大火で古い町並みの一部が消えたのは残念です。 
 
 ●2016年(平成28年)
12月6日(火) 
  初日3000人の来場者でまずまずの出足
 戦国大名が登場したのは、応仁の乱にはじまった戦国の争乱のなかから…が通説です。しかし最近の学説では、その前の関東での享徳の乱が最初ではというのが定説となり、教科書もそのように直されています。
 そんなことを頭に入れながら『戦国時代展』を見てきました。多くの武将の解説が詳しく、特に花押がおもしろい。この展覧会の企画は5年前に立案、3年前から準備したそうです。初日は3000人の来場者があったので、まずまずの出足とか。 
11月26日(土) 
何より両国駅が元の姿にもどったのが良かった
 しばらく工事中でしたが、幕を開けると新たな駅ビルに変わっていました。その名は『江戸のれん』。11月25日はオープン記念のイベントで、通常営業は翌26日からです。建物の中央は天井まで吹き抜けにしたため開放的です。中央に土俵を再現し、その周囲に“和”を中心にした飲食店12軒がオープンしたのです。すし、そば、もんじゃ、ちゃんこなど和食中心です。JRが開発したそうです。ただ本場所のないときは、閑古鳥の鳴く地域だけにうまくいくか楽しみです。
 ただそれよりも、両国駅(外観)が元の美しい姿にもどったことがうれしいです。上野駅よりも2年ほど古い歴史ある駅だけに、今後は何かと注目されるでしょう。  
   
▲土俵の周囲に店舗を配置  ▲リニューアルした両国駅 
10月25日(火) 
  新築の長屋門を見つけました
 もともと武家屋敷などの長屋の一部で屋敷内の出入口として造られ、その後有力農家にも長屋門を造ることが許されました。過去の建築かと思いきや、新築の長屋門を見つけました。大阪府和泉市黒石町です。驚きました。
10月21日(土) 
中原街道の“源流”を訪ねました
 江戸時代、東海道が整備される以前は主力の街道でした。虎ノ門から平塚市の中原までですが、今は途切れ途切れにつながっていました。寒川町では、団地や工場に遮られながらも歩きました。墓地横の急坂では軽自動車1台がやっと通れる広さ。でも解説板がありました。
 
9月17日(土) 
  美しい幽霊画を見てきました
 伊藤晴雨(いとう せいう)の1本の筆で描く美しい幽霊画を見てきました。歌舞伎や落語に出てくる怪談の一場面を描いています。『四谷怪談』、『牡丹燈籠』や皿屋敷など19点の画幅。思い出すと怖かったはずの妖怪が、実に美しいのです。もともと落語家・五代目柳家小さんがコツコツ集めていた幽霊画のコレクションを、谷中(台東区)の全生庵に寄贈したもの。
 もちろん晴雨は幽霊ばかり画いていたのではなく、江戸の風俗なども描いていました。
8月22日(月) 
多摩川花火大会を感じました
 毎年恒例の花火大会です。ものすごい爆発音が脳天に突き刺さります。風向きによっては、火薬の匂い、燃えかすのようなものまで飛んできます。ものすごい人出ですが、花火にひかれる気持ちがよくわかります。で、今年も夏が終わりました。 
 
8月1日(月)
突然の「震度7」の警報音に驚がく!
 夕方の5時ごろ、我が家の地震緊急警報装置が、突然「地震、震度7、17秒前、16」と秒読みをはじめました。震度7に身震いし、身構えました。すぐにNHKテレビを見ましたが、全く報道しないので、誤作動かと思い、ひと安心。で、夕方のニュースでは、気象庁の鉄道会社向けの地震警報が誤作動したという。それにしてもはじめての「震度7」の警報音に、驚きました。本当に誤作動で良かった……。 
7月28日(木) 
  保存状態が最高にいい土器が大量出土
 毎年、全国で約4000件もの発掘調査が行われています。大部分は何年にもわたって行われていますが、今年も発掘調査展に行ってきました。おもしろ物がいろいろありますが、実物の黒曜石を見たのははじめてで、実際に触ることができました。先が尖っていて切れやすく、へたすると血みどろになります。また六反田遺跡から大量に出た土器の美しさに目を見張ります。保存状態が良かったからでしょう。熱した炭を使った古代のアイロン(?)もユニーク。 
7月14日(木) 
「浦賀の渡し」は健在です
 久しぶりに「浦賀の渡し」に乗ってきました。といってもいまはエンジンの着いた小型船です。現代は「渡船」として運営。これでもれっきとした市道2073号線で、運営は業者に委託しています。歴史は18世紀初頭までさかのぼるとか。大人200円 
 
7月10日(日) 
  江戸時代の妖怪が一同に出現
 江戸時代は、奇っ怪な姿を描いた浮世絵やふすま絵、屏風絵などかなりの数が見つかっています。それも葛飾北斎や伊藤若冲など高名な作家たちが描いているのです。ただよくよく見てみますと、背筋がゾッとするような絵は無く、どちらかといえばお茶目でかわいい感じの作品が多いように思えます。
 今回の大妖怪展は夏の企画で、時期的にはピッタリです。国宝や重要文化財なども展示されており、見応えは十分ありました。最終コーナのアニメ「妖怪ウオッチ」はご愛敬か! なお展示物の大半が江戸時代のもの。
6月1日(水) 
看板が取れてスッキリした両国駅
 飲み屋の看板が取れてスッキリした姿を見せてくれました。多分、耐震化工事のためと思いますが、これが本来の近代建築の姿です。昭和4年(1929)に竣工。3つのアーチ型窓デザインが印象的。実は上野駅(昭和7年竣工)よりも歴史が古いのです。残してほしい駅舎です。 
 
5月26日(木) 
  シート状のテレビや立体テレビも開発が進む
 今年もNHK放送技術研究所の公開日がやってきました。初日からたいへんな混みようでした。いつも楽しみにしているのが、立体テレビの研究がどこまで進んでいるかということです。もちろん眼鏡なしで見る立体テレビです。昨年までは地下の片隅で公開していましたが、今年は1階の中央エントラスホールに昇格していました。幾つかの方式があるようですが、いずれも詳しく解説。
 今回おもしろかったのが、シート状テレビです。丸めたり折ったりできるテレビのことで、いまは材料探しに追われているとか。ただ全体としては、8K一色でした。今年中に試験放送を始め、東京オリンピックまでには実用化を目指すそうです。8Kができたら、4Kは一気に値下がりしますね。それとすでに16Kも開発が始まっています。
5月14日(土) 
NHKの大河ドラマ『真田丸』特別展
 この手の展覧会は、古文書を並べ、屏風絵を飾り、だいたいそれでおしまいです。何か工夫できないかと思います。古文書を読みこなす人がどれほどいるのか疑問です。で、企画を担当した田原昇学芸員は、「遺品などはきわめて少ないですが、入口近くの(プロローグ)に六文銭の旗、頭形兜など実物を展示しています。そこが一番の見ものです」と言われます。六文銭は当時の地獄感からか、三途の川の渡し賃だとか。ただ真田信繁が本当に活躍したのは、2年程度だったそうです。あとは父や兄のサポートに徹していたとか。 
 
3月24日(木) 
  「今日は帝劇、明日は三越」
 呉服商から百貨店へと変わっていくとき、販売法も革命的に変わりました。いわゆる三越の変遷を詳しく解説しています。座売りから陳列販売、ポスターによる宣伝。さらに各種の博覧会、展示会を店内で実施。これも人集めの方法です。かつて「今日は帝劇、明日は三越」のキャッチコピーを生み出したほど、“百貨店文化”を確立。またアメリカの小売りを参考にしながら、近代百貨店へと脱皮していく様子を、歴代の経営者の姿も紹介しています。ユニークな企画です。 
3月16日(水)  
NHK朝ドラ『あさが来た』の広岡浅子展
 日本女子大の創立に関わった人ですが、その実像に迫る催しが成瀬記念館で開かれています。創立者・成瀬仁蔵は俳優の瀬戸康史が演じています。@広岡浅子と三井家、A広岡浅子と加島屋(大阪)、B広岡浅子と成瀬仁蔵、C広岡浅子と三泉寮、D広岡浅子と井上秀(女優・吉岡里帆)、E広岡浅子と小橋三四、F晩年の広岡浅子とコンパクトにまとめられています。それにしても会場は満員でした。聞けばふだんの10倍以上の人出だそうです。
 
3月7日(月) 
  石原裕次郎の異色作を見ました
 北支派遣軍の陸軍少尉(石原裕次郎)が終戦時、満州から北朝鮮の輸送船の出る図們駅まで、中国人ゲリラと戦いながらSL機関車で逃亡するアクション映画です。裕次郎の作品のなかで異色作といってもいいのでは。この作品だけはDVD化されていないのは、中国人の描き方や差別語が出てくるからか。
 1966年の作品で、当時の国鉄小海線沿線でロケが行われたそうです。若き日の十朱幸代、小松方正、中尾彬が登場します。満州に残された日本人たちを考えさせてくれます。  
2月29日(月) 
小倉あんトーストを体験しました
 名古屋でモーニングセットを食べてきました。もちろん小倉あんトーストです。店は地元で最も知られたコメダ珈琲店です。トーストにバターがあらかじめ塗ってあり、好みに応じて小倉あん(写真右)をのせるだけです。上品な感じの味ですが、小倉あんトーストは名古屋の各店によっていろいろ違うそうです。 
 
2月25日(木) 
  今年も両国駅階段にひな人形
  JR両国駅の階段にひな人形がずらりと並んでいました。前にも一度見たことがあるな、と思い出したのです。これは房総半島の勝浦市の恒例『ビッグひな祭り』の一環。つまりJRを利用して勝浦へ行こうというキャンペーンなのです。臨時ホームへ通じる階段だから展示でたのか。
2月9日(火) 
NHK『番組技術展』に行ってきました
 。「全方位集音+指向性可変マイクアレイ」や「水深1000m耐圧4K深海カメラ」、「ビックデータの視覚化システム」はすでに放送されていますが、実におもしろくユニークです。これら28もの展示、解説が行われたのです。現場の技術者たちの意気込みが伝わってきました。
 
1月31日(日) 
  町人地の動物性食料の出土傾向って?
 江戸遺跡研究会の研究発表をのぞいてみました。なかなかおもしろく、地域差(中山道の巣鴨と東海道の日本橋・三田)や身分差(武家地と町人地)で食べているものが違ってくるそうです。特に動物性食料に違いが出るとか。これは発掘から動物遺体を調べ、さらに食料残渣か否かを調査。さらに調理されたものなどから詳しく調べます。いまは科学の力で詳しくわかるそうです。ただ動物性といっても魚介類、鳥類が多いのですが、狸、猪、鹿、イルカ、鯨などが食料残渣として出土しています。やはり東海道沿いの発掘現場からほ乳類などの食料残渣の出土が多いようです。 
1月29日(金) 
タンスの中身の資料80点を展示
 天璋院はNHK大河ドラマでも知られた篤姫のことです。実はこの用箪笥のみの展示かと思ったら、予想と反して、用箪笥に収納されていた短冊や手紙、文具、各種資料などの展示でした。10個の引き出しからごそっと資料が出てきたうちの幾つかを並べています。天璋院の物だけではなく、歴代の徳川宗家の夫人たちがゆかりの品々を追加し、また整理したりしているのです。つまり単なる用箪笥ではなく、江戸から明治にかけての歴史の証言が詰まった宝箱といえるでしょう。
 
1月18日(月) 
  久しぶりの積雪でしたが……
 昨夜からの雪が早朝になっても続きました。そこで暗いうちから出かけ、久しぶりに雪風景を撮りにでかけましたが、やはりクルマの轍が気になりました。これが日曜日ならよかったのにと思いながら、早朝のマクドナルドへ直行。 
1月12日(火) 
檜原村の旧小林家住宅へ
 今年最初の古民家巡りは、奥多摩の檜原村です。特に昨年4月に修復事業が終了した旧小林家住宅を見るためです。ところが同年12月に、大雪でかやぶき屋根の一部がV字型に陥没。大騒ぎなったとか。近年、広大な土地と建物を1500万円で村に売却。ふだんは、麓から簡易モノレールで行けるのですが、この日は点検中でストップ、歩いて登りました。ものすごい急坂を45分。ホントに疲れました…。
 
▲旧小林家住宅/重要文化財 
1月1日(金) 
今年も初富士を見ることができました
 今年もきれいな富士山を見ることができました。今年から少しまじめに、もっとブログを書き込んでいこうかと思っています。  
 
●2015年(平成27年)
11月26日(木) 
いま話題のマイナンバー通知書が届きました
 昨日の夕方にいま話題のマイナンバー通知書が届きました。で、早速自撮りし、パソコンで写真とデーターを送付。あっという間に完了しました。気持ちの悪い制度ですが、決まってしまったものは、早く処理したいという即決即断の精神です。来年1月に個人番号カードが受け取れるそうです。 
10月23日(金) 
早々にインフルエンザの予防接種を受けました
 今年も早々にインフルエンザの予防接種を受けました。毎年受けていますが、そのせいかまだ一度もインフルエンザにはかかっていません。本当に効き目があるのかわかりませんが、とりあえず受けておきました。料金は2500円でしたが、“安心料”とでもいいましょうか。 
10月16日(土)
「伝建地区はまだまだあります。あと450カ所……」
 重要伝統的建造物群保存地区を創設されてから40周年を迎えたのを記念してシンポジウムが文科省の講堂で開催されました。こういうお堅い催しでおもしろいのは、いろいろな人が集まって語る最後のシンポジウムです。ついつい本音が出るものです。現在110カ所が選定されていますが、まだ450ぐらいの選定にふさわしい集落があるそうです。それはともかく今後の選定方針に、「建築物が連なっていなくても、地域全体として歴史的価値があればいい」という。となると対象地域は一気に増えてきます。おもしろくなってきました。 
10月1日(木) 
大相撲『部屋別総当たり制度導入50年』
 相撲博物館に行ってきました。今回は『部屋別総当たり制導入50年・昭和40年1月場所』展を開催していました。以前は、一門というのがあって、兄弟部屋、親子部屋などはお互い対戦しないという方式でした。しかし対戦相手が限られてきて、面白みがなくなってきたことから低迷。そこで部屋別総当たり方式を導入したのです。いまでは当たり前ですが、50年前当時は相撲を取りにくい、という思いもあったようです。写真や当時の雑誌、化粧まわし、手形など、こぢんまりした博物館ですが、ユニークな内容でもあります。
     
▲相撲博物館入口  ▲国技館の正面出入口 ▲チラシ 
8月13日(木)
巨大ターミナルは歩くだけでも飽きることがありません
 最近、東京駅を利用することが多くなっています。よく見ていますと旅行客やビジネスマンが中心ですが、丸の内側に立つ東京駅舎は多くの人たちが写真を撮っています。八重洲側はレストランが多いのですが、外国人が一昔前に比べて目立つようになりました。丸の内と八重洲の様相の違いはおもしろい。ほかに高速バス乗り場も整備されました。巨大ターミナルを歩くだけで、いろいろな様相を目の当たりにできます。小さな駅もいいですが、日本を代表する巨大ターミナルの面白さは、飽きることはありません。 
8月10日(月) 
     ●本丸の実態は倉庫でした
 なかなかおもしろい展覧会でした。江戸城だけだはなく全国を統治するために、各地の大名に命じて「天下普請」を行ったのです。この企画は、約1年前にNHKから持ち込まれました。スーパーハイビジョン4KでCGで表現した江戸城を一つのヒントにして、企画が練られたそうです。また静岡県立島田工業高校の駿府城の天守模型が、最新のCGを利用して四季の風景から炎上するシーンまでがユニーク。
 ところで、各地のほとんどの本丸が倉庫として使っていたそうです。政治の場や家族の住まいは、本丸とは別に建てられた御殿を使用。江戸城が明暦の大火で焼け落ちたあとも、建てられなかった理由がわかりました。 
7月11日(土)
今年も目玉展示がいっぱいでした
 今年も『発掘された日本列島2015』に行ってきました。日本では年間8000カ所もの発掘が行われていますが、そのうち画期的な約20カ所を展示しています。解説する文化庁の担当者も興奮気味で、時間も大幅に延長していました。気になったのが、解説本が朝日新聞から共同通信社に変更されたことです。どうも内容が写真点数も少なく、薄くなったようなきがします。
 けやき平団地遺跡(岩手県滝沢市)縄文時代後期  中沢遺跡(滋賀県草津市)古墳時代前期
▲人体紋付深鉢/妊娠した女性像 ▲腰掛/人の座る腰掛けは珍しい
甲塚古墳(栃木県下野市)古墳時代後期  太宰府関連遺跡群(福岡県太宰府市)飛鳥時代から平安時代
▲織機型埴輪/全国初の出土 ▲戸籍木簡/日本最古の木簡
7月6日(月)
パソコンとソフトを8年ぶりに一新
 8年ぶりにパソコン、ソフトなどを一新しました。特に同じソフトなのに中身は一気に進化しており、四苦八苦という感じでした。またウインドーズ8.1ではスキャンが使えなくなって廃棄することになったりと、たいへんでした。
6月14日(日)
「龍馬・立会川」駅に改名の噂
 立会川には坂本龍馬像や土佐藩抱え屋敷跡,浜川砲台跡など幕末の遺跡が残っています。浜川砲台は駅近くの品川区新浜川公園に大砲を含めて復元されます。幕末のスーパースターの遺跡があるのに,イマイチ人気がありません。そこで,ずいぶん前から駅の改名を要望していたそうです。
 ところがここにきて駅の改名が現実味を帯びて来たそうです。実はJRが在来の貨物線を使って,羽田に乗り入れる「羽田空港アクセス線」構想を発表したことが報じられました。この一報に青くなったのが京急。そこで,対抗策の一つに駅の改名があるのだそうです。となると,京急は東急を引き込んで「蒲蒲線」構想を本気で検討する余地が出てきたのではないでしょうか。これで駅改名も含めて羽田空港周辺がにぎやかになってきました。
6月6日(土)
花燃ゆのチラシそれにしても文(ふみ)の遺品が少ない
 6月4日のオープンで,早速行ってきました。前回の関ヶ原と違って,かなりの遺品が並べられていました。特に高杉晋作が愛用した小ぶりの三味線はどこか色気があるように思えました。また吉田松陰の自画像が1枚ではなく,6枚もありました。これは「オレもほしい,オレもほしい」といって描かせたものだそうです。また松下村塾を再現しており,土足で入れるようにしてあったので楽でした。杉文(すぎ ふみ)の遺品が少ないのが気になります。
 幕末動乱後は群馬県に移りますが,それにしても杉文なるものが,何をしたのか,何かを成し遂げたのか,という疑問は最後まで残りました。ただ山口県と群馬県は,歴代総理大臣の輩出地。「NHKの苦労のあとがうかがえます」というのも,ゲスの勘ぐりでしょうか。
5月28日(木)
会場の一角に設けられた立体テレビのコーナーは長蛇の列でしたメガネ無しの立体テレビに行列
 今年もやってきましたNHK放送技研の発表会。今年は「8K祭り」の様相で,8Kスーパーハイビジョンを2016年に試験放送,2018年実用放送に向けてまっしぐらという感じです。でも昨年に発表されましたが,その先の16Kの研究にすでに入っているのです。医療用には絶対に必要な技術です。8Kでは0.04ミリの手術用糸が画面で判別できるのですから。
 でも今回の一番の見どころは,メガネ無しで見られる立体テレビです。今年で4年連続見ましたが,昨年よりはかなりの奥行き感が出ていて,「2030年に本放送に持ち込みたい」という目標もかなえられるのではないでしょうか。
4月8日(水)
大関ヶ原展のチラシ迫力満点の『関ヶ原合戦屏風』(重文)
 チラシを始めて見た人は,これを大関(おおぜき)と読んだ人が多いとか。企画担当者の高橋伸一さん(学芸員)は笑わせます。国宝や重文クラスがたくさん展示されていますが,イチ押しは,大阪歴史博物館所蔵の『関ヶ原合戦屏風』(重文)。いま日本には10セットの関ヶ原合戦屏風があるそうですが,このイチ押し展示品は国内最古の屏風だそうです。実際にじっくり見ますと,首無しの遺体や逃走シーン,追跡シーンなど実にリアルに描かれています。また関ヶ原で実際に使用した家康の具足(重文)も展示されています。この催しは,京都,福岡と巡回するそうです。
3月30日(月)
三遊亭竜楽さんの“通訳なし,字幕なし”の現地語で落語
 ヨーロッパ各国で,“通訳なし,字幕なし”の現地語で落語を披露している三遊亭竜楽さんの話しをうかがう機会を得ました。スペイン語,ドイツ語,フランス語,イタリア語,ポルトガル語,英語などを駆使して公演を開くそうです。演目は『味噌豆』と『ちりとてちん』(江戸落語では『酢豆腐』)などです。でもいきなり始めるのではなく,あらかじめ簡潔にストーリーを言っておくそうです。
 国によっては反応がかなり違うそうです。イタリアのミラノ大学では,「ブラボー」などの声がかかり,騒がしくなる。演者も身振りを大きくする。フランスのパリ第七大学では,あまり笑わない,しかもしっかりと演者を見ている。ドイツのライプッィヒ大学では,ドイツ在住の日本人が絶対に笑わないところで,笑うのもおもしろい。
 いままで英語落語や字幕を使った落語はありましたが,“通訳なし,字幕なし”の現地語で落語は珍しいのではないでしょうか。パックンマックンのアメリカでの英語漫才など,伝統文化の異文化発信はまだまだ続くようです。 
2月19日(木)
チラシ地方の博物館に浮世絵1300余点
 足立区立郷土博物館に行ってきました。浮世絵展を見るためですが,それよりも興味を引いたのが浮世絵の所蔵点数が1300点を超えるということです。もちろん松方三郎コレクション(約400点)が中心ですが,それにしても財政が豊かでない地方の博物館が,なぜこれだけの浮世絵を集めることができたのでしょうか。
 専門員の小林優さんは「足立区はもともと農村地帯で,鉄道の施設や道路の拡張,開発で旧家を取り壊したのですが,そのときにあちこちから出てきたのです」と言われました。また旧家から民具などとともに,美術品も引き取ってほしいといわれたそうです。「そのせいか他館から借りることなく,館蔵品だけで展覧会が開ける力がついてきた」と自慢。
 とにかく市民からの持ち込みが多いそうです。これは市民と博物館の良好な関係があったことも原因の一つといえます。だいたい地方の博物館に美術専門員がいること自体が珍しい。
2月12日(木)
納豆そばを食べるのは難行苦行でした
 納豆そばという,メニューがあります。あってもおかしくないのですが,食べるのに一苦労するのです。いままで3度も巡り会いましたが,いつも前回の反省をふまえながら箸で納豆をつまみに行きます。つまり,納豆のネバネバは水溶性。ダシ汁のなかでは,粘りけがなくなり,一粒一粒がバラバラの状態になり,しかも丼の底に沈んでいくのです。納豆は粘りけが命です。だからこそ今まで簡単に食べてこられたのです。

底に沈んだ納豆の一網打尽を狙う
 バラバラの状態になった納豆を箸でつまんで食べる苦労は想像を絶します。真っ黒な丼の底の見えない状態のなかを,箸でゆっくりと探りながら納豆を探します。箸でつまむのですが,空振り状態が続きます。結局2本の箸を斜め横にしながら,一気に斜面に沿ってすくい上げるようにして一網打尽を狙うのですが,ほとんど効果なし。納豆も塊のうちは,値打ちもありますが,粘りけのないバラバラ納豆は,ただのマメ。

店主たちは納豆を残さずに食べたのであろうか,と聞きたい
 納豆探しに時間をかけるのは,あまりにもみっともないので,底に沈んだ納豆をあきらめることにします。それにしても,それぞれの店主たちは,どのようにして食べたのか聞いてみたい。一粒も残さずにたべたのであろうか…と。難行苦行の納豆そば食レポでありました,ハイ。
▲なっとうそば(340円・神楽坂そば/飯田橋駅前) ▲納豆そば(370円・おくちゃん/志村坂上駅) ▲納豆そば(340円・ホーチャン/池尻大橋駅)
2月3日(火)
地名資料室に行ってきました
 川崎市の溝の口にあって,地名を標榜する資料館はここだけ。初めて行ってきました。隣の部屋が,日本地名研究所で川崎市から若干の補助金が出ているようです。さすがに全国各地の地名に関する書籍がぎっしり並んでいました。全国郡誌や市史なども充実しており,驚きました。将来は地名博物館を建てたいとのことですが,それは無理なようです。
1月30日(金)
そこそこの雪景色残念!
 都心で5cmの降雪があるというので,期待をしましたが,湿った雪なので,すぐに溶け出して積もりません。撮影に出かけようかと準備はしたのですが中止。やはり前夜から降り出さないと,雪景色は撮れないので,中止にして良かったです。もう一回ぐらい大雪があると思います。 
1月28日(水)
チラシ数の少ない展覧会でしたが,表情は豊か
 京都や奈良の仏像と比較して,確かに力強い感じがします。荒々しいというか,素朴というか,おもしろい仏像展でした。東北地方に散らばる国宝,重要文化財指定の仏像を中心に展示されたのです。山形県の慈恩寺所蔵の十二神将立像にひかれたのですが,解説文をみると中央の仏師が掘ったとあります。やっぱり都の仏師か…,と思いましたが,むしろ文化財指定をうけていない,他の仏像の方が表情が豊かな気がしました。ただ全体として展示数が少なく,一室のみでの展覧会でした。
1月21日(水)
●“せんとくん”を越えられない!?
 またまた奈良県に2つのゆるキャラが登場しました。右が斑鳩町のぱごちゃん。左奥が奈良市観光協会のしかまろくん。「かわいい,かわいい」と声がかかっていましたが,ただかわいいだけです。多分ほとんどの人は,忘れてしまうでしょう。「かわいい」と称するゆるキャラは全国に1000体(種類)はあるのではないでしょうか。
 思い返せば,2010年に平城遷都1300年祭のマスコットキャラクターせんとくん(頭から2本の鹿の角が生えた童子)が発表され,さらに翌年,奈良県の公式キャラクターに認定。一気に「気味が悪い」,「税金のムダ」という大反響を呼びました。しかし,いま多くのゆるキャラと並べて比較すると,その秀逸さはずば抜けています。しかも目立つのです。それでも奈良県の仏教界はいまだに反対しているそうです。往生際が悪い! とはこの仏教界のことをいうのでしょう(笑)。
1月17日(土)
ボロ市ボロ市は今年も盛大でした
 世田谷ボロ市に行ってきました。特に何を買うということもなく,ブラブラと歩いたのですが,スゴイ混んでいます。なかには,100円ショップのほうが安いというキッチン用品もありましたが,おもしろいものです。いまはメインの通りだけではなく,周辺の道路や路地にまで店が広がっています。神棚や着物,薬莢などいろいろです。でもやっぱり食べ物屋さんが多いということと,外国人客が例年になく目に付きました。
1月1日(水)
富士山が見えない富士山は大荒れ(?)
 今年は富士山が見えませんでした。スカッと青い空ですが,富士山周辺は大荒れのようです。昨年の秋は多摩地区を含む都内とその近郊だけで20カ所近く歩きました。まだまだ知らない古い町並みが残されているようです。
●2014年(平成26年)
12月2日(火)
国宝展のチラシ100点以上の国宝が一挙に見てきました
 これだけの超有名な国宝を一度で見られるとあって,早朝から並びましたが,正門前で10分ほどですみました。でも帰りの午前11時ごろには,すでに50分待ちの表示がしてありました。
 特に興味をひいたのは土偶関係です。「縄文のビーナス」,「空中土偶」,「縄文の女神」,「合掌土偶」,「仮面の女神」などで,本物を目の当たりにして,血の気が引くような感じがしました。また「日本書記」,「土佐日記」などもスゴイ! 法隆寺金堂の「広目天立像」も見ることができました。いずれにせよ,100点以上の国宝を見てしまうと,これから先の展覧会を見るとき,「物足りなさ」を感じてしまうのではないか。そんなことはないと思いますが……。
11月14日(金)
設計/警視庁総監会計営繕係,施工/間組昭和初期の消防署をブラリ見学
 外観は何度か撮ったことがありますが,中には一度も入ったことがありませんでした。1人でフラッとでかけ,「見学したい」というとあっさりOK。署員1人が付きっきりで解説してくれました(親切!)。望楼は階段がもっと急なので,いまは閉鎖中とのこと。3階は簡単な資料室になっていました。
 いま年間約1200人ほどが見学にくるとか,大部分が団体だそうです。昭和8年(1933)建築,現在は東京都選定歴史建造物に選定されています。二本榎(にほんえのき)と読みます。正式名は高輪消防署二本榎木出張所。古代東海道沿いの高輪警察署向かいに立ちます。
▲3階円形講堂/8本の梁と10個の窓部アーチ。ドイツ表現主義という意匠 ▲2階事務室/細かく見ると天井と壁の間に蛇腹の装飾が見られます
▲急階段/階段の床と腰壁は大理石とセメントで煉って固めて研磨 ▲消防ポンプ自動車/昭和16年製,高輪消防署に配属(ニッサン180型)
10月27日(月)
チラシ発展し続けた銀座の裏表が見られます
 日本を代表する繁華街で、戦前から流行の発信地としての役割を持っていた銀座。その銀座を昭和の初めから50余年にわたって撮り続けた写真家・師岡宏次(1914-1991)の撮りためた写真展が開かれました。
 興味を引くのは、焼跡の様子よりも、銀座の裏道、路地などで、そこには町家、下駄、着物、芸者、人力車などの世界が広がっているのです。いまでは消滅したもうひとつの銀座が見られました。戦後のフイルムの不足時代によく撮れたなあと思いましたが、写真雑誌社・アルスにいたことが大きかったようです。
10月21日(火)
稲荷山の町並み稲荷山地区は駅から遠かった
 新しい重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)が誕生しました。長野県千曲市の稲荷山地区です。江戸時代は善光寺街道の宿場町で,参拝客でかなり賑わったようです。数年前に訪れましたが,JR篠ノ井線稲荷山駅から歩いたのですが,あまりにも遠いので,息も絶え絶えになったような気がしています。当時,よくこれだけまとまって古民家が残っていたものだ,と感心したのを記憶しています。
9月14日(日)
花子とアンのチラシ村岡花子はまったく酒を飲まなかった!
 NHKの朝ドラ『花子とアン』もまもなく終わろうとしています。先日、村岡花子の孫に当たる村岡美枝さん(翻訳家)、村岡恵理さん(作家)のトークセッションが行われ、村岡花子の実像が話されました。で、特に強調されたのが、
@花子はまったく酒を飲まないこと。
A夫婦は歩くときは必ず肩を並べる。
B花子は格闘技(特に拳闘)好きで、力道山との交流があった。
C一時、短歌の創作をめざし、佐々木信綱に弟子入り。その後、歌人片山広子に師事した。この片山広子は女性で最初に書斎を持った人といわれています。
白蓮と伝右衛門は意外に仲が良かった!?
 話はさらに進み、花子の家の隣に住んでいたガキ大将「ひさいきちゃん」が舞台に登場。ガキ大将から見た「花子先生」の逸話をたっぷり話されました。特に「家庭図書館」を開いたときがおもしろい。しかし何より興味を持ったのは、福岡県飯塚市市役所勤務の経済部長・伊藤氏が客席から参加。伊藤伝右衛門の遠縁にあたるかたで、松原忠義太田区長が代弁しながら、ドラマとまったく違い、白蓮と伝右衛門は結構仲がよく、二人で収まった写真が多いという。また伝右衛門の地元に対する貢献度は極めて高く、学校を造ったり、河川の改修、育英会の創設など限りないそうです。
8月31日(日)
京浜東北線『使用不可』の貼り紙
 JR京浜東北線で見ました。電車のなかで『使用不可』の貼り紙は,最近では珍しいので,思わず撮ってしまいました。実際に座るとどんな感じかを試したかったのですが,ちょっと恥ずかしいのでやめました。いままでの例だと,クッションのバネが故障して,おしりが沈むということが多いと思われますが,果たして……。
8月10日(日)
今回,撮り放題だった宮内庁所轄の鏡2体宮内庁所轄の鏡をバンバン撮影
 奈良県の佐味田宝塚(さみだたからづか)古墳・新山(しんやま)古墳から出土した2点の鏡は宮内庁所轄。そのため一切の撮影禁止でした。ところが,『発掘された日本列島2014』展の20周年記念「日本発掘」に展示されたのですが,他の展示品は撮影OKなのに,この2点だけは「撮影不可は無理」ということで期間中だけ,撮影OKになったいわくつき展示品です。
 だいたい出土品に著作権があるわけでもなく,東博などを含め撮影はフラッシュを使わなければ自由でした。宮内庁だけがNO!と言い張るのですから変,だったのです。そこでバンバン撮った(笑い)というわけです。展示解説されていた文化庁の職員も苦笑していました。 
8月3日(日)
新宿に生きた縄文人のチラシ新宿から発掘された「東京縄文人」の複顔
 一昨年の平成24年(2012)に新宿区加賀屋町の防衛省北側近くで縄文時代の人骨16体が発掘されました。そのうち10体は良好な保存状態で,ほぼ全身の骨格が残されていたのです。
 それらはともかく,人骨から製作した複顔像を展示しています。縄文人の複顔は,珍しくもありませんが「東京縄文人」というキャッチフレーズが,なぜか新鮮に感じます。だいたい酸性の土壌である武蔵野台地に人骨が発掘されること自体が珍しいので,興味津々ではあります。
7月31日(木)
国立故宮博物院のチラシ“國立”爆笑騒動を吹き飛ばす程の感動
 あれだけ並んだ故宮博物院展もやっと楽々入館できるようになりました。館内も意外とガラガラ状態で,やはり「翠玉白菜」(すいぎょくはくさい)の期間展示が終わったからです。台北でも行列が絶えないそうですから,在台湾人も駆けつけたのでしょうか。
 それはともかく,書画,青磁,工芸品など清代までの悠久の輝きを持った所蔵品を一気に見てきました。ポスターの“國立”爆笑騒動がありましたが,そんなものは吹き飛ばした感じです。
7月13日(日)
『花子とアン』に登場する炭坑王“嘉納伝助”の邸宅
 NHKの朝ドラ『花子とアン』が好調です。実は蓮子(仲間由紀恵)の嫁ぎ先である嘉納伝助邸に,4年前に訪れていました。筑豊の炭坑王・伊藤伝右衛門の邸宅です。明治30年代後半に建造。その後,大正,昭和と数度の増改築が行われました。贅の限りをつくした内装に驚きました。ここで柳原Y子(あきこ/白蓮)が伝右衛門の妻として約10年間過ごしたゆかりの地でもありました。
 それはともかく,今たいへんな賑わいだそうですが,4年前に訪れたときも「炭坑王の邸宅」として知られており,行列ができるほどの賑わいでした。クルマを停めるのに苦労したことを覚えています。
旧伊藤伝右衛門邸
▲回遊式庭園から見た北棟 ▲畳敷きの大きな廊下
7月5日(土)
170分待ちは異常です
 台湾の故宮博物院展が,たいへんな人気です。台湾政府が“国立”を付けろ,付けない問題が報道されたのも,大きな宣伝になったと思います。しかし170分待ちというのは異常です。この前のキトラ古墳壁画展に続き,見ないで引き返しました。改めて出直します。それにしても開幕10日目で入場者数が10万人を越えたというからスゴイ人気。
6月21日(土)
映画のポスター映画『有楽町で逢いましょう』を見ました
 公開された1957年(昭和32年)当時の有楽町や新橋付近が登場します。日劇や朝日新聞社,線路沿いの多くの近代建築など線路沿いの車窓風景が流れるのです。この映画は,デパートそごうの東京進出に合わせて作られた同名の歌謡曲(歌手・フランク永井)がヒットしたことで,すぐに映画化されました。実にお手軽な作品になっています。でも登場人物は一流です。
 そごう本店のある大阪の通天閣も登場しますが,周囲は何もなくニュッと塔が立っているだけです。1950年代の映画を見ていますと,当時の町の様子がよくわかります。B級映画のおもしろところでしょうか。
6月8日(日)
軍師官兵衛展のチラシおもしろかった『軍師官兵衛』展
 おなじみのNHK大河ドラマの『官兵衛展』に行ってきました。意外だったのは官兵衛の実際に使った刀が展示されてており,国宝に指定されていました。鎧や兜,刀などが展示されても,武将が実際に使っていたかどうかの確証があるわけではないのですが,今回は官兵衛の武具なのです。そのほか福岡市博物館から多数の官兵衛関係の武具などの作品が出品されていました。鎧(よろい)を見ますと,官兵衛は小柄だったことがわかります。一方,兜(かぶと)は盛岡市が所蔵しており,今回の展覧会で鎧兜が揃って展示されたことになります。
 『軍師官兵衛』の主演・岡田准一さんも実際に鎧兜を着用したら,周辺にいたスタッフがクスッと笑ったとか。特に兜が似合わないそうで,頭にチョコッと乗った感じだったそうです。そこで,ドラマのトップシーンでの姿から鎧兜を排除したとか。もとろん,劇中では,岡田さんのサイズに合わせた鎧兜が造られています。関ヶ原の戦い以降は,徳川方につくのですが,実際の官兵衛は江戸には入っていなかったようです。 
6月1日(日)
今年の放送技研は8Kテレビ一色でした
 1年に1回,NHK放送技術研究所の研究内容を展示説明してくれるので,出かけています。今年は8Kテレビ一色でした。あとはメガネ無しで見られる立体テレビです。立体テレビに関しては2030年ごろを目標にしているとのこと。
 この前の新聞発表で16Kの開発が始まったと報じていました。量販店の店頭では4Kが並び,8Kがまもなく店頭に並ぶとか。8Kスーパーハイビジョンなんかは,大画面で見る画質は驚くべき精密さです。カメラ,録画機,伝送システムなど8Kワールドが展開されていました。このあと16K,32K…と続くのでしょうか。技術者の「画質至上主義」もいいですが,折りたたむとポケットに入るようなテレビなど,楽しくなるようなものを考えてほしいと思うのですが。
5月28日(水)
京都→新宿の1000円昼行高速バスを体験しました
 夜行の高速バスが苦手なので,ほとんど乗ることはなかったのですが,「昼行なら大丈夫かな」と思い,京都→新宿間の昼行バスに乗りました。しかも1000円です。京都駅前を昼の12時50分出発し,新宿には夜の9時10分に到着しました。車内はほぼ満員で,圧倒的に学生さらしき若者が多く,しかも女性客のほうがが多いのです。途中の休憩は3カ所で,ほぼ毎回20分前後。お茶やおにぎり,パン類を買っていたようです。運転手は2人で,休憩するたびに交代していました。
新東名の車窓風景があまりにも退屈でした
 各座席にはモニターが付いて,映画,BSテレビ,音楽,ゲームが楽しめます。1000円バスなので,これで文句はありませんが,走るコースの車窓風景が退屈なのです。新名神,伊勢湾岸,新東名高速を走るのですが,特に新東名は全体が山の中なので,車窓風景は山ばかり。飽きました。東名の渋滞を避けるためです。つまり定時発着を守るためです。今後はこのことを考えて乗らなくてはいけないと思いました。でも料金は激安でありがたいのですが,疲れました。やはり夜行向きコース? 新東名は寝て通過するところかな。
5月16日(金) 
宮城県と静岡県で,初の重要伝統的建造物群保存地区が誕生
 平成26年度上半期の重要伝統的建造物群保存地区が2カ所選定されました。大方の予想通りで,村田などは何年も前から選定の噂がありました。宮城県で初めての選定です。また焼津市の花沢は街道沿いの山村集落で,かなり交通の不便なところです。駐車場も少なく,クルマの停めるところに苦労するかも知れません。花沢も静岡県で始めての選定地区です。これで全国で108地区となりました。
▲宮城県村田町の蔵の町並み ▲静岡県焼津市花沢の山村集落
5月14日(水)
本館に入るのに110分,入ってから展示室まで30分,合計2時間20分並びますキトラ古墳壁画に2時間以上も並べない
 キトラ古墳壁画の展示の最終日が近づいていたので,あわてて東博に行きました。午後3時現在で,2時間以上も並ぶことになるというのです。つまり本館に入るだけで110分,館内に入ってから展示室入り口まで30分で,合計140分の長時間。驚きました。
 1983年,奈良県明日香村で発見された古墳から極彩色の壁画が見つかりました。高松塚古墳に続いて2例目。現在は保存と修理のため,全面的に取り外されており,明日香村以外で公開されるのは始めてだから殺到したのでしょう。このあと2016年度完成の明日香村保存施設で公開されるとか。で,結局,この日は並ぶのをあきらめ,トボトボと帰りました。
5月5日(月)
八女の町並み映画『まちや紳士録』上映会
 福岡県八女市は重要伝統的建造物群保存地区に選定された古い町並みです。ここに住んでいる映画監督・伊藤有紀さんが,古民家や町並みを現代に残すとともに,それに関わる人々の思いや活動を描いた作品『まちや紳士録』ができました。すでに福岡,東京,大阪と上映され,5月10日からは,名古屋・シネマテークで公開されます。地道な取り組みですが,ぜひ応援したいものです。
映画『まちや紳士録』ホームページ http://www.yame-machiya.info/
5月3日(土) 
二つの『風神雷神図屏風』が見られて,お得感いっぱい
 たまたま「栄西と建仁寺」展に行ったら,俵屋宗達の『風神雷神図屏風』(17世紀)を展示。いわば最大の目玉展示ともいうべきでしょう。ところが別室の「日本美術の流れ」展で,今度は尾形光琳の『風神雷神図屏風』(18世紀)も展示されていました。それぞれで何度も見ていますが,一度で両方見られるのは始めての体験。何やら得した感じです。
▲尾形光琳『風神雷神図屏風』(重文) ▲俵屋宗達『風神雷神図屏風』(国宝)
4月22日(火)
浅草を走る人力車婚礼人力車「時代屋」の勢い
 浅草の観光人力車の数はかなり多いですが,とうとう結婚式の余興にまで利用されるようになりました。人混みの多いなかをゆっくりと“走る”のですが,この場合は新郎新婦だけでした。ところがこのあと,10台近い力車を連ねている光景を見たときは,「時代屋」も新たな収入源として,うまく考えたものだと感心しました。「時代屋」の勢いを感じた光景でした。
4月17日(木)
両国駅歴史展両国駅歴史展を見ました
 両国駅が開業して110年だそうで,その歴史写真を展示されていました。おなじみの臨時列車以外は使わない3番線ホームへの通路で実施。イベントのときはいつも赤じゅうたんを敷いてあるなかを,あわただしく見ました。内容は写真,地図,図面が中心です。
4月13日(日)
今年の重要伝統的建造物群保存地区はどこが当選?
 今年も文化庁の重要伝統的建造物群保存地区が発表される時期が来ました。村田町は毎年候補にあがっていながら,地元民のまとまりがイマイチということで見送られてきたようです。一方,鞆の浦の景観論争も一段落したところなので,このあたりで住民の盛り上がりを期待したいのですが…。
 毎年,1カ所ぐらいは予想外の町が選定されたりするので,ワクワクします。今年も意外な町が選定されるかもしれません。
▲宮城県村田町の蔵の町 ▲広島県福山市鞆の商家群
4月11日(金)
大丸心斎橋店あの大丸心斎橋店が建て替え!
 大阪は比較的古い建物が残っているところです。しかし,あの大丸心斎橋店が取り壊されるとは想像もしませんでした。東京・日本橋にある三越,高島屋は“歴史的建造物”を逆手にとって,多くの客を集めています。周辺に幾つものの高層ビルができようが,まったくその信念はビクともしないようです。
 多分,大丸東京店が“ピカピカ”に改装して成功したからでしょう。東京店はもともと歴史的価値のない建物なので,どのように建て替えようが客はくるでしょうが,心斎橋店は果たして2匹目のドジョウとなるでしょうか。これで大丸には行かなくなるでしょう。
4月8日(火)
おつりに1円玉が多くなりました
 どうも気になるのが1円玉です。消費税増税後,財布の中をのぞくと増えているような気がしています。1円の端数を数えて差し出すのが面倒なので,どうしてもおつりをもらいます。そのときに1円玉が入っているのです。
 また1円玉があれば良かったという状況にも出くわします。それにしても,この1円玉はたまる一方です…。 
3月30日(日)
さくら通り八重洲口にも桜の名所があります
 東京駅八重洲口近くのさくら通りが、桜が満開でした。こんなところに桜の名所があるなんて知りませんでした。もちろん酒盛りはできませんが、沿道の飲食店は満員。狭い一方通行の道路ですが、ほとんどの人は車道に出て、道の真ん中から写真を撮っています。
 最近、目黒川沿いの桜見物で、住民と見物客のトラブルが多発しているとか。八重洲口のさくら通りもどうなることか。
3月24日(月)
日本橋界隈が何やら騒がしいですぞ
 最近、日本橋界隈が騒がしいと思いましたら、「コレド」と称する高層ビルが林立し、買い物客や見物客であふれかえっています。飲食店も有名店も顔を見せています。しかし、この手のビルは数年たつと飽きられてしまうものです。六本木ヒルズは見る影もありません。最近では丸ビルも集客数で落ち込んでいましたが、東京駅のライトアップで救われました。でも新しいビルが誕生すると,なにやらワクワク感が抑えられません。いいものです。
3月20日(木)
豪華なパンフの割りには寂しい展示
 明治維新後の明治6年(1873)に岩倉使節団がヨーロッパを訪問し,さらにベネチアでは,すでに250年前にヨーロッパに渡った日本人がいると聞かされて驚愕したといわれています。その人こそ仙台藩の武士,支倉常長(はせくらつねなが)でした。藩主・伊達政宗の命により,慶長遣欧使節団の代表として訪欧したのでした。ヨーロッパの人が始めてみた「武士」でもありました。きらびやかな伊達男にふさわしい衣装で謁見したそうです。
 それはともかく,東博の展示会場は狭い部屋で,わずか3点の展示数。2点は大航海図屏風(いずれも重要文化財),もう1点は支倉常長の肖像画。これはイタリアのボルゲーゼ美術館が収蔵しているもので,これがタイトルの“南蛮美術”にあたるものと推定。しかし8ページ仕立ての豪華なパンフレットの割りには寂しい展示ではないかと思いました。 
2月23日(日)
年配の女性客が多かった第一級の伝統工芸品を楽しみました
 第一級の工芸家,すなわち人間国宝の認定を受けた人たちの作品を展示した『人間国宝展』に行ってきました。ほかに古代から中世,近世へと伝わる国宝や重要文化財も展示されており,まさに伝統工芸品の競演といった感じでした。古代の「火焔型土器」は超有名ですが,「十日町博物館が所蔵しているのだ」と,別の方に注目したりしましたが…。
 年配の女性客が多かったのですが,友禅などの着物や,各種の生地が展示されており,その美しさに注目されていました。各分野を代表する伝統ある工芸品は,現代とも深く結びついているように思えました。
2月12日(水)
「オヌシもワルよのう」……
 三越日本橋本店の壁面に,どでかい垂れ幕が下がりました。時代劇の定番セリフ「越後屋,オヌシもワルよのう」をもじった垂れ幕です。もちろん越後屋は三越の前身です。なにやら春のイベントらしいのですが,目立ちます。
2月1日(土)
テントの張り出しが消える……
 浅草の公園本通りの名物の飲み屋街が衰退(?)するかもしれないそうです。店の前に椅子やテーブルを出し,さらに風よけのテントも張り出した店が,江東区から撤去せと言ってきたのです。
 この通りは毎年花見のあとの飲み会として20数年,欠かさず利用してきました。緊急車両が通れないとかいうが,十分な幅はあります。多分,他の一般飲食店から区議会議員に陳情,そこから圧力がかかったのでしょう。この手の話しは「屋台を撤去させよ」など数多くあります。ただ土地が浅草寺からの借地であることが,店が弱みになっているようです。
 それにしても「ホッピー通り」と呼ばれていたとは知りませんでした。「煮込み通り」という話しは聞いたことがあります。
1月18日(土)
東海道五十三次展のチラシ江戸時代の旅行ガイドブック
 歌川広重の『東海道五十三次』展に行ってきました。広重の絵は江戸庶民には人気が高く,版元の保永堂も何度も刷り増しをしたとか。
 広重の作品は,遠近法で表現,雨や雪などの天候の変化も取り入れたとか,夜や夕方の風景も表現しています。だから臨場感にあふれた絵となったわけです。なかなか旅に出られない江戸庶民が買い求めるのも道理。さらに土地の名物や名所も巧みに織り込んでいるところは,まさしく旅行ガイドブックといえます。
1月15日(水)
浮世絵展のチラシ400点近い浮世絵に堪能しました
 これだけの数の浮世絵を見たのは始めて。実はこの展覧会は,昨年に開催される予定でした。東日本大震災で,海外の美術館などが,日本のあらゆる展覧会に対して貸し渋りだしました。そこで,『大浮世絵展』も前もって1年延期することで,気持ちよく貸してあげよう,という雰囲気を作って借りたとか。難しいものです。
 特に海外で保存されている浮世絵が大挙して展示されているのがうれしいですね。それと誰もが見たことのある浮世絵も展示されており,久しぶりに堪能しました。
1月4日(金)
チキンクリスプとコーヒーで200円
チキンプリスプとコーヒー ここ1年ほど,コーヒーショップよりもマクドナルドに入ることが多くなりました。注文メニューは「チキンクルスプとコーヒー」で,代金は200円ポッキリ! 格安なのですが,時間帯によっては,高校生集団,子連れのママさんたちであふれていると,店内がたいへんうるさくなります。そいういときは,他のカフェへ行きますが……。
1月2日(木)
1月2日の富士山,ややもやがかかっていました/ニコンF90 270ミリ今年も富士山からスタート
 毎年,自宅のベランダから富士山を撮っていますが,今年はややもやがかかっています。でも気持ちのいいものです。元旦は寝坊したので撮影が遅くなり,昼頃は富士山がもやで見えなくなりました。
 今年の古い町並みの撮影では,多摩地区,相模地区に力点を置くつもりです。

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